12-3 還らざる時の果ての果てで
―1―
女盗賊が紫の火の玉を飛ばしてくる。
俺はとっさに糸を吐き出し、飛んできた火の玉を回避する。よちよちと這っていたら回避なんて出来ないからな。
俺は浮かべた氷の塊を女盗賊の足元へと飛ばす。当てるのが目的ではなく、牽制だ。まぁ、これでこちらを恐れて逃げてくれればって気持ちもあるけどさ。
しかし、女盗賊たちは動かない。静かに飛んできた氷の塊を見ているだけだ。
そして、次に動いたのは金属鎧の戦士だった。長剣を滑らせるように駆ける。が、その瞬間、女盗賊が動き、戦士の動きを止めていた。もしや、こちらに戦う意思がないことに気付いてくれた?
しかし、俺の予想は外れた。
女盗賊が火の玉を浮かべる。一、二……四つか。呪文とかを唱えている様子はなかった。この世界、やはりというか魔法は呪文無しなんだな。まぁ、俺が氷を作るときも呪文とかを必要としていないもんな、当然か。最初の時だけ、文字が浮かんだから、それが呪文の代わりかと思ったけどさ、今は、それもなくなったし、ホント、よく分からない世界だぜ。
にしても、俺は格好から盗賊かと思っていたけどさ、もしかして魔法使いなんだろうか? うーむ。言葉が通じればなぁ。って、考えている場合か。
今は女盗賊の浮かべた火の玉だ。一個なら、糸を吐き出して回避出来るだろう。でも、糸は連続では吐き出せないからな。ワンクッション置いて、次を吐き出そうとした時には火の玉を喰らっているだろう。
どうする、どうする?
しかし、女盗賊は俺に考えている時間をくれないようだ。
女盗賊から火の玉が発射される。俺は糸を吐き、火の玉を回避する。しかし、そこに次の火の玉が飛んでくる。どうする、どうする?
俺はとっさに氷の塊を浮かべ、相殺を狙って飛んできた火の玉へと放つ。しかし、無情にも火の玉は氷の塊を消滅させ、そのまま俺へと飛んできた。俺の体に――青い外皮に火の玉が炸裂する。
痛いッ!
痛い、痛い、痛いッ!
青い外皮が溶け、中からどろりと液体がこぼれ落ちている。痛い、痛いッ! なんとなく、これは夢で、痛みなんて感じないかもとか思っていたのに、そんなことを考えて真剣に回避する手段を探さなかった俺をあざ笑うかのように――ああ、くそ、痛い。あんな火の玉なのに、なんて威力だよ! それとも俺が弱いのか? こんなの次に喰らったら死ぬぞ。火の玉では死ななくても痛みで死ぬ、発狂する。
くそ、どうする、どうする?
その時だった。
俺の足元の葉っぱから植物のツタが伸びてきた。葉っぱからツタ?
そして、そのツタは一瞬にして俺に絡みつき、俺の動きを止める。ま、まさか? これは目の前の奴らの魔法か? や、やばい、逃げることも出来なくなった。
女盗賊が火の玉を浮かべる。またも四つだ。おいおいおいッ! こんな回避が出来ない状態で、それを喰らったら……。
喰らったら死ぬぞッ!
考えろ、考えろ、考えろッ!
氷の塊を浮かべて飛ばしても、火の玉は防げなかった。俺の方が威力が弱いからか? いや、でも壁なら……?
女盗賊が火の玉を飛ばす。
死が迫る。
いや、違う、壁だ。
防げえええぇぇぇッ!
――[アイスウォール]――
俺の諦めない意思が生んだのか、言葉が浮かび上がり、俺の目の前に氷の壁が作られる。そして、氷の壁が飛んできた火の玉を防ぎきった。よ、よかった。壊れなかったし、ちゃんと防いだぞ。
ん、あ。
氷の壁を作ったからか、俺の中の何かが、お腹の中で貯めている何かが、ごっそりと持って行かれる。MP的な何かか? 殆どなくなったような気がする。こ、これ、次は作れないぞ。
どうする、どうする?
次に放たれた火の玉も作った壁が防ぐ。しかし、この氷の壁が何時まで持つか分からない。くそ、くそ、くそ。俺が出来ることは糸を吐くことと、氷のつららや塊を作ることだけ。もうガス欠で氷の壁は作れない。こんなの無理だろ。無理ゲー過ぎる。
そして、無慈悲な一撃が放たれた。戦士の長剣による一撃で氷の壁が破壊された。壁はなくなった。終わりか、終わりなのか!?
しかし、幸運も訪れた。俺を拘束していた植物のツタが外れた。効果時間が切れたのか? くそ、釣り合わない幸運だぜ。
そして、俺は絶望する。
俺の目の前には長剣を構えた戦士、その向こうでは紫の火の玉を浮かべた女盗賊、赤い風刃を浮かべている魔法使いの姿があった。おいおい、俺相手に、それはないだろう。オーバーキルだよ。
俺は糸を飛ばした。
逃げる。
逃げるしかない。
俺は糸を飛ばし、刺さっている槍の後ろに隠れる。くそ、このまま他の葉っぱへ飛ぶか? この槍を盾にして、その隙に……?
俺が逃げたことで戦士が一歩下がる。そして、火の玉と風の刃が放たれた。火の玉と風の刃が槍ごと炸裂する。あんなに俺が頑張っても抜けなかった槍が、その攻撃によって吹き飛ぶ。その背後にいた俺ごと――俺を巻き込んで吹き飛ぶ。俺の体がちぎれ飛ぶ。
あ、終わった。
こんな、あっさりと終わるのか。
俺は、こんな、よく分からない姿に変わって、
気持ち悪い芋虫の姿のまま、
終わる……のか?
俺は手を伸ばす。
それは無意識の行動。
俺が手を伸ばした先には――一緒に吹き飛んだ槍があった。
槍?
いや、
そうだよ。
真……紅……。
真紅妃ッ!
俺の意識が戻る。
そうだッ!
俺の相棒、真紅妃ッ!
俺の中に色々な思いが、想いが、記憶が、駆け巡る。
そうだ、俺は、俺は……。
いや、まずは、この状況だ。
俺の体は半分以上が吹き飛び、死にかけている。
体を治せ、諦めるな。何が出来る、今の俺に何が出来る?
思い出せッ!
――《超再生》――
かつての記憶を呼び覚ます。《超再生》スキルによって体が再生、作り替えられていく。そして、それにあわせて周囲の魔素を取り込む。貯めていく。
――《サイドアーム・アマラ》――
俺はもう一つの手を作成し、真紅妃を握る。
――《永続飛翔》――
一瞬だけ《永続飛翔》スキルを発動させ、先ほどの葉っぱへと戻る。
無傷で戻ってきた俺に三人が驚いている。いや、死ぬほど大変だったんだからな!
よし、まずは、ここを片付けようか。