12-1 本当の意味での魔法使いに
―1―
目が覚めたら、よくわからないことになっていた。
視界がおかしい。
元々、余り視力の良い方では無かったが、今はもう本当に薄ぼんやりとしか見えないくらいに目が見えなくなっている。その上、視界がおかしなコトになっている。
まるでパソコンのマルチディスプレイのような視界――右三つ、左三つの画面がある感じになっている。もうね、見える箇所は増えたけれど何処を見ていたら良いかわからなくて頭が混乱する。
考えれば考えるほど思考が追いつかない。
とりあえず本能に従って足下一杯に広がっている巨大な葉っぱを食べる。
もしゃもしゃもしゃもしゃ。
再度、現状確認。
昨日の夜露が溜まって出来た水たまりに写る自分の姿を見る。青い外皮に節のある身体、腕なのか足なのか左右四本ずつの手足――まんま芋虫です。って、どういうことだー!? なんで芋虫!? ま、まぁ、深く考えずに葉っぱを食べよう。
もしゃもしゃもしゃもしゃ。
更に現状確認。今、自分は大きな一枚の葉っぱの上に乗っているようだ。そして葉っぱは美味しく戴けるみたい。
もしゃもしゃもしゃもしゃ。食っちゃ寝の素敵な生活です。
更に気づいたコト。足下の葉っぱを幾ら食べても(と言っても葉っぱのサイズから言うと自分が食べた分なんて葉っぱに小さな穴を開けるくらいだけれど)次の日には復活している。翌日、起きてみると食べて開けたはずの穴が無くなっているんだよね。つまり食料に困ることは無いッ! ということで!
もしゃもしゃもしゃもしゃ。
さてもしゃもしゃ食べているだけでは何なので色々現状を考えることにする。
寝て起きたら今のようになっていた。
黙々とストレスの溜まる真っ黒な仕事を終え、コンビニで晩ご飯とショートケーキを買って――そうだよ、思い出したッ!
もしゃもしゃもしゃもしゃ。
あれは誕生日の前日のはずだ。一人寂しく誕生日の為にコンビニケーキを買って、ついに自分も魔法使いの仲間入りか、とさめざめと布団の中で泣きはらしていたんだったよな。もうね、まさか自分が魔法使いになるとは思っていなかったので本当に哀しかったのを覚えているよ。うん? 覚えている?
いや、話を戻そう。ちまたには三十路になっても童貞だと魔法使いになれるなんて馬鹿話が流れている。それだけ、希少で貴重なことだってはずなのにッ!
ナノニ、ナンデ、ネンレイ=カノジョイナイ、ニ。
ナゼダ。
自分で言うのもなんだけど、それほど容姿が悪かったとは思わないんだよね。ちょっと中性的で背もそれほど高くは無かったけれど年齢よりも幾分か若く見られる程度のさ、普通に中程度の容姿ではあったはずだ。
性格もそこまでは悪くなかった――うん、多分、大丈夫だったと思う、思いたい。確かに結構、皮肉を言っていた覚えはあるけれど、うん、それくらい普通だよね? ね?
確かに、仕事先の後輩の子とは、少しすれ違いがあったけどさ、それでも慕われていたし――いや、あいつは飯を奢ってやった時だけ「流石、先輩です。私も先輩みたいになりたいです」と調子の良いことを言ってくれるが、すぐに「え、先輩、そんなだから、その年で彼女の一人も居ないんですよー」「一緒に帰って誤解されると困るのでー」なんてからかってくる『死ねば良いのに』側の人間だった。え、俺ってもしかして、そんなに慕われてなかった? え? いや、でも、俺は、そういう態度を――無かったことにしてくれる向こうからの歩み寄りだと思っていた。そう思っていたのは、俺の方だけだったのか? いや、まぁ、色々と話が脱線した。
うん、だから、誕生日の前日までの記憶はあるんだよなぁ。
それがどうしてこうなった。
まぁ、よくわからないので葉っぱを食べよう。
もしゃもしゃもしゃ。
―2―
飽きもせずにもしゃもしゃと食べては寝てを繰り返している。
そして変化は突然に訪れた。
視界に『もや』がかかるようになったのだ。最初は霧でも出てきたのかな、と思ったが、どうにも霧とは違う感じだ。色が赤かったり、青かったり、黒かったり――もうね、最初はついに気が狂ったかッ! と思ったね。
本能に従って、その霧? を吸い込む。お腹の中にある不思議器官に取り込むことを意識して吸い込む。どんどん吸い込む。何故、自分でもそうするのか分からない、まるで、かつて、そうすることが当たり前だったかのように吸い込む。
どれくらい吸い込んだだろうか。溜まりに溜まった謎の霧を謎器官の中で精製し吐き出す。
――《糸を吐く》――
口から糸が吐き出される――で? と、とにかく考えよう。
これ、口から出てるぽいけど口ではなく謎器官からだよねぇ。
何度か糸を吐いて色々確認してみる。
連続で糸を吐くことは出来ない。これはゲームで言うところのリキャストタイムみたいなモノなんだろうか?
糸を出すのは疲れる。なんというか心的なモノが削られている気がする。
自分の意志で糸の長さを変えられるし、吐き出す勢いも変えられる。長く伸ばせば伸ばすほど疲れる気がする。
糸を吐き出したまま(口に繋げたまま)だと糸は粘着力を持っており、色々なモノにくっつけることが出来る。まるで某蜘蛛の人みたいなことが出来そうです。
糸を切ると粘着力は消える。とても丈夫で綺麗な絹糸みたいな感じになる。
糸を吐き疲れたら、足下の葉っぱを食べ、寝て、起きたら糸を吐き、実験を繰り返していく。
何度も何度も糸を吐いていると待ち時間的なモノが短くなって連続で糸が吐けるようになってくる。これもゲーム的に言えばスキルレベルアップって感じだな。
何度も何度も糸を吐いて気付いたんだけど、これ魔法的な何かじゃね? 周りからだと口から出しているように見えるのだろうけれどさ、これ不思議エネルギーを溜めた謎器官から出しているし『通常の物理法則ではない』だよね。
芋虫? の本能に従って糸を出しているけど上手くすれば他の何かを生み出せるんじゃね? それは心の奥底から呼び出された知っていたはずの必然。
もし、この世界が創られた異世界風の何かで、漂っている霧のようなモノが魔力的な何かだとするのならば……!?
そう、それは必然。
まずは氷をイメージしよう。ゲームでは不遇なコトが多い氷魔法が自分は大好きなので、氷をイメージする。
そして糸を吐いたときと同じ感覚で氷を精製しようとする――しかしすぐには上手くいかない。が、謎器官に何かが生まれそうな感覚。イメージ力が足りないのか、方法に何が足りないのか、まぁ、足元の葉っぱを食べよう。
もしゃもしゃもしゃ。
何度か試行錯誤を繰り返し、なんとなく手応えを感じる。多分、コレ、イメージ力だな。そうだよ、何で、すぐに思いつかなかったんだ。
まずは水をイメージする。そして水が凍ってつららのようになっていく力をイメージする。
――[アイスニードル]――
何時の間にか自分の目の前に手のひらほどの小さな氷の槍が浮いていた。
で、出来たッ!
うおおぉぉぉぉ、魔法です。魔法ですよッ!
目に見える形で現実に魔法がぁッ!
その瞬間、俺は本当の意味で魔法使いになる。
そして何かにごっそりと力を持って行かれる感覚とともに俺は気を失った。
俺は人よりも大きな巨大な葉っぱの上に居る。
そこで、俺は、糸を吐き、魔法が使える、ちょっと変わった芋虫になっていた。
そう、ここは巨大な葉っぱの上だ。
俺がサイズを見誤ることはない。
だって、この葉っぱには、何故か一本の槍が刺さっていたからだ。それは、明らかに、自然物ではない人の手による制作物。これがあったから、俺はサイズを見誤ることはない。
俺の薄ぼんやりとした視界の先に、まるで聖剣か何かのように、一枚の巨大な葉っぱに刺さった槍があった。
ここは、何処だ?
まぁ、考えるよりもご飯だよね。
もしゃもしゃもしゃ。




