シャルロット・カリヨンの思い出・下
―1―
「では、ウィル。ホレイシオ船長が用意した部屋へと向かおうじゃないか」
私とカリヨンは用意された部屋へと向かう。
そして、カリヨンがその部屋に入った瞬間、それは起こった。
部屋の奥からナイフが飛んできたのである。
「カリヨン!」
私は叫ぶ。しかし、カリヨンは動こうとしない。それどころか、少し含みを持ったような表情で笑っている。
そして、カリヨンの方へと飛んできていたナイフは、その後ろから伸ばされた剣によって防がれていた。
「さすがはAランクの冒険者」
カリヨンが――私たちが振り向くと、そこには、この船に乗っていたAランクの冒険者である紫炎のバーンの姿があった。
「ちっ。世話の焼ける」
「助かりました」
カリヨンは分かっていたと言わんばかりに口の端を楽しそうに歪ませている。
「今回の事件、その話が終わるまでの間、見て貰ってもよろしいですか?」
「冒険者は報酬のない仕事は受けない」
国が仕事を依頼することもあるAランクの冒険者である紫炎のバーンは、尊大に、そして面倒そうにため息を吐いていた。
「ええ。ですから、あなたの自由、解放される時間が報酬です」
バーンはカリヨンの言葉に、もう一度ため息を吐き、嫌そうに髪を掻き上げる。そして、そのまま、部屋の中へと入り、中の安全を確認していた。
「ウィル。さすがは最高峰の冒険者だと思わないか!」
「そうかね」
「うむ。無駄な会話がない」
カリヨンは楽しそうだ。
「しかし、カリヨン、私たちを先回りして、こんな罠を仕掛けるということは……」
「ふむ。ウィル、楽しくなってきたということだろう?」
「しかしだな、カリヨン……」
「今回の事件、死体を片付けずにそのまま放置するような、わざと見つかってくださいと言わんばかりのお粗末さ、しかし、凶器の魔法杖は見つからない……証拠は丁寧にも隠滅されている。そう、何処かちぐはぐな印象を受けないかね?」
そして、部屋に主要な人物が集まった。
船長のホレイシオ、
船員にして被害者の子どもであるアンペア、
8号客室、露出の多い服装の女性、キク、
9号客室、魔法使いのクラス持ちで貴族の女性、カテジナ、
15号客室、恰幅の良い裕福な商人風の男性、ワイルド、
20号客室、礼儀正しいが貧相な少女、カーニデヤス
23号客室、Aランク冒険者の男性、バーン、
以上の7名だ。
「こんなところに集めて何をするつもりだ」
「犯人は、そこの女に決まっている!」
「何ですって!」
集められた人々は口々に好きなことを言い争っている。それを見てもカリヨンは何も言わない。
「船長、こんな失礼な話がありますか! 国に帰ったら訴えさせて貰いますからね!」
「この船も堕ちたものだ!」
争っても意味がないと思ったのか、今度はホレイシオ船長に食ってかかっている。
「喚くな!」
と、そこで大きな声が上がった。見れば、冒険者のバーンが苛々とした表情でこちらを、集まった人々を見ていた。
「おい、茶番のために俺を呼んだわけじゃないだろう? 早くしろ」
バーンは、こちらに――いや、カリヨンに視線を向ける。冒険者らしい、荒くれ者のような物言いだ。
「ふむ。では、話を進めさせて貰おう」
カリヨンが口を開く。
「おい! 何の権限があって、お前のような……」
と、口を開き、汚くしゃべり始めたワイルドの、その口にカリヨンが魔法杖を突きつける。
「だまらっしゃい」
そして、カリヨンは周囲を、皆を見回す。
「まずはじめに名乗ろう、私はシャルロット・カリヨン、探偵だ。そして、これからする話は、この中だけの話になるだろう」
カリヨンが話し始める。
「今回の事件、そのことの起こりから話し始めよう」
カリヨンの推理が、答え合わせが始まる。
「事件の始まりは、故人であるチャーリー氏がとある鉱山を手に入れたところから始まる」
「おい、あんた! そんな話は関係ないだろう。親父が、いや、チャーリーが殺された、魔法で殺されたってだけの話だろう!」
何故か船員のアンペアがカリヨンの話を止める。
「ふむ。そうだ、チャーリー氏は魔法で殺されている」
「なら、犯人は魔法使いだろう!」
これはアンペアの言葉だ。
「そ、そうだ! 犯人はそこにいる女、カテジナだ!」
これはワイルドだ。
「そう、魔法で殺されている。それは、まあいい。話を戻そう。事件の発端は真銀鉱山からだ。カテジナ女史は、その件でチャーリー氏と揉めていたということだが、間違いないだろうか?」
「え、ええ。でも、私は殺していない!」
「ああ、そうだろう。そんなことでは殺さないだろうな」
カリヨンの言葉に表情を変えたものが三人。怯えたような表情のカーニデヤス、にらむような表情のアンペア、安堵したような表情のカテジナだ。
「それで、カリヨン、どういうことなんだい?」
「ふむ。ウィル、真実は簡単なことなんだよ。そう、真実は何時だって簡単な答えだ」
そう言ってカリヨンは、何処からか、長細い箱を取り出した。
「それは!」
それを見たカーニデヤスが表情を変える。怯えた表情から困惑した表情へ。
「失礼、お嬢さん。少しだけ借りているよ」
「しかし、鍵が」
「これかね」
カリヨンが小さな鍵を取り出す。それは落とし穴のあった部屋に隠されていた鍵だった。カリヨンが鍵を差し込むと長細い箱が開いた。中に入っていたのは非常に精緻な細工が施された魔法杖と一枚の紙だった。
「カリヨン、まさか、その魔法杖で殺人が!」
「ウィル、よく見たまえ、この魔法杖には、ここ最近使った痕がないだろう? 重要なのはもう一つの紙の方だ」
カリヨンが長細い箱から紙を取り出す。
「先ほど話していた真銀鉱山の権利書だ」
そのカリヨンの言葉に皆が驚きの声を上げる。そして、カリヨンは、何処からかもう一つのものを取り出す。それは折れた木の棒だった。
「それは……!」
カーニデヤスが驚きの声を上げる。カリヨンは、そんなカーニデヤスの前へと歩いて行く。
「言いにくいこともあると思うが、全て話して貰っても良いかな? チャーリー氏を殺したのは君だね?」
「話す必要はない!」
船員のアンペアがカーニデヤスの前に、彼女を守るように立つ。
「いいんです」
しかし、カーニデヤスは首を横に振る。
「しかし!」
「いいんです。はい、私がやりました。全てお話しします」
カーニデヤスは顔を下げ、ぽつりぽつりと話し始めた。
「カリヨンさんはお気づきのようですが、私は、元々、真銀鉱山の権利を持っていた貴族――その娘でした。しかし、その権利は奪われてしまい、それが元で貴族社会を生きていくことが出来なくなりました。地位が無くなり、心労で父が、慣れない仕事で母が亡くなりました。その時、チャーリーさんから話があったんです、父が持っていた魔法杖と交換でお金を工面しようって。お金に困っていた私はわらにも縋る思いで、魔法杖を持ってこの船に乗り込みました」
カーニデヤスの表情は見えない。
「そして、あの日、チャーリーさんの客室に話があると呼ばれました。そして、そして……」
カーニデヤスが顔を上げる。
「私は殺すつもりなんてなかったんです! 私が、私がチャーリーさんの部屋に行くと、チャーリーさんが私に襲いかかってきて、思わず、その場にあった魔法杖を使って……」
「彼女は悪くない!」
アンペアが叫ぶ。それを聞いたカリヨンは微笑みを深くするだけだ。
「ふむ。私はね、最初に言ったと思うのだが、この事件を、この中の話だけにしようと思っているのだよ。私はね、謎を解くことが好きなだけだからね。というわけで、だ。全ての謎と誤解を解こうじゃないか!」
カリヨンがニヤリと笑う。
「まず最初に、チャーリー氏の部屋に魔法杖を置いたのはキク、君だろう? チャーリー氏の愛人である君は、カーニデヤスが持ってくる魔法杖と入れ替えるために、その魔法杖を用意して渡した、間違いないかな?」
「ええ、そうね。あのクソ野郎が私に頼んだことです。何故、あいつが魔法杖を用意させたのかは分かりません」
カリヨンは頷く。そして、次にカーニデヤスの方を向く。
「チャーリー氏を殺してしまった後、慌てた君は、魔法杖をそのままに、そして偶然、目に入った真銀鉱山の権利書を箱に入れて逃げようとした。しかし、慌てていた君は、その鍵を落としてしまう。間違いないかな?」
カーニデヤスは頷く。そして、カリヨンは次にアンペアとキクの方を見る。
「その部屋から鍵と魔法杖を持ち出したのは、あなただ、キク」
キクは腕を組み、カリヨンをにらみつける。
「処分をしようとしたのはアンペア、君だね。この折れた魔法杖を探すのは、なかなかに楽しかったよ」
「どうやって!」
アンペアが叫ぶ。しかし、カリヨンは楽しそうに笑っているだけだ。
「キク、あなたも魔法使いのクラス持ちだろう? この部屋にナイフを仕掛けたり、落とし穴の上に幻影魔法をのせたり、なかなかに楽しかったよ」
「よく分かったね」
キクが憎々しげにカリヨンを見ている。
「そして、キクとアンペア君、君たちの誤解を解こう。君たちは、そこのカテジナ女史に罪をなすりつけるために杖を隠したね? カーニデヤスの為に、同じように真銀鉱山を巡って争っていたカテジナも敵だと思ったのだろう?」
次にカリヨンはカテジナの方を見る。
「カテジナ女史、あなたは、今回、その真銀鉱山の権利書を取り戻すために、この船に乗ったのだろう? チャーリー氏を呼び出すほどだ、何か、その時の弱みを握ったのでは無いかね」
「お見通しのようですね。私は貴族的に、その役目を果たそうとしただけです」
「チャーリー氏が用意した、いや、用意しようとした魔法杖は、あなたとの交渉のためですね。無理矢理、カーニデヤスから奪うつもりだったのか、すり替えるつもりだったのか、そんなところでしょう」
「ええ。私は魔法杖を集めていましたから、そういうところでしょう」
「ワイルド氏も、キクとアンペア君も誤解していたようだが、彼女も、カーニデヤス少女のために動いていたのだよ」
「この女が、ですか!」
ワイルドが驚きの声を上げる。
「そして、ホレイシオ船長。あなたは、その真銀鉱山の護衛兵をしていたのでは?」
「何故、それを!」
ホレイシオ船長が驚きの声を上げる。
「ホレイシオ船長、軍式の礼と言ったがね、私が分かるのは神聖国の礼だけだよ。あなたは神聖国の出のようだ。そして、その真銀鉱山と絡んだチャーリー氏と、あなたは、この船で共同経営をしている」
「恐ろしい洞察力です。その通りです。私はあの時のことを悔やんでおり、いつか力になりたいと思っていたのです」
「それだけではないでしょう」
「ええ。私は、チャーリーに真銀鉱山が渡る時に裏から手助けしました。そのことでずっと、彼に強請られていたのです」
ホレイシオ船長は帽子を取り胸元で強く握りしめていた。
「つまり、これが全てでしょう。だから、最初に言ったように、ここだけの話になるのです。全員が全てを知っていて共犯だったということです」
カリヨンが皆を見回し、そしてニヤリと笑った。
「ちっ。茶番は終わりか。俺は部屋に戻るぞ」
冒険者のバーンは髪を掻き上げ、そのまま部屋へと戻っていった。
私たちも部屋に戻ろう。
「カリヨン、彼女は大丈夫だろうか?」
「ウィル、アレを見たまえ」
私たちの背後では集まった集団で話し合いが行われていた。
「ぐふふふ、彼女は私が引き取りましょう。商会で面倒を見ます」
「何を言う。彼女に必要なのは貴族の教えだ」
「僕は君を知っていたんだ。力になるよ!」
「私もさ、あんたと同じ境遇でさ、力になるよ」
「悲劇のヒロイン、彼女は人気者だな」
カリヨンはニヤニヤと笑っている。
「殺人事件は起きたが、事件は起きなかったという訳か……なんだか、やるせないよ」
「ウィル、暇な船旅の良い時間潰しになったじゃないか」
「君はすぐにそれだ」
こうして、グロリアス・セシリア号で起きた、酷くやるせない殺人事件は幕を閉じたのだった。
犯人はヤス。