11-53 深淵をのぞき込む覚悟を
―1―
薄暗い実験施設をLEDライトの明かりを頼りに歩いて行く。事前に中心部までの空洞があることは確認済みだもんな。俺たちは失敗できないんだから、確実に破壊する為にそこまで向かうのは当然か。
ある程度歩き続けると、周囲の雰囲気が変わった。機械機械した装置群がなくなり、円筒状のガラスケースが増える。ガラスケースの中には何か薬液が詰まっているのか、濁っており、中を見通すことは出来ない。そして、時折、ガラスケースの中で何かが蠢くような影が見えた。
何だ、コレ?
『マスター、危険、危険。フィア反応が周囲に満ちています』
抱えたゼロがうるさいくらいに警告を発している。
「少し黙っていろ。ここは敵地なんだからな」
まったく警告を出すにしても、時と場合を考えて欲しいもんだぜ。
って、ん?
「もしかして、このガラスケースの中って……」
と、そこで俺たちの物音に反応したのか、ガラスケースの中の何かが動き、一瞬だけ、その姿を俺たちの前に見せる。
それは、人と、触手の生えたヒルが絡み合ったような姿をしていた。
異形……!?
俺たちが杭の前で戦っていたような異形なのか?
「この中に詰まっているのは瘴気のようです」
巴がガラスケースから目を背ける。
「おいおい、人工的に化け物を作っていたのか!」
優が思わず叫ぶ、が、しかし、すぐに円緋のおっさんに口を塞がれる。敵地でうるさくするのはNGだからな。にしても、だ。人工的に、瘴気に浸して化け物を作っていたのか?
俺たちは無数にあるガラスケースを避けるように進んでいく。何だよ、何だよ、コレ。どれだけの数があるんだ? 10や20って話じゃないぜ。100とか1,000って規模じゃないか? おかしいだろ、おかしすぎる数だろ。
「おいおい、俺は嫌な予感しかしないぜ。背水の陣に突っ込んでるじゃないのかよ!」
背水の陣に突っ込むって、意味が分からない、どんな意味だよッ!
「無形隊長、この辺りでも、この隕石を壊すことは出来ると思います」
ゆらとがタブレットをのぞき込み、無形に話しかける。
「確かにやね、これ以上進むのは危険な気がするんよねー」
うーむ。
「二夜子様の言うとおりです。この透明なケースが割れたとき、危険です」
巴も先に進むのは反対のようだ。確かに、これ以上進んでさ、例えば、突然、このガラスケースがパリーンと割れて、中の異形の化け物が襲ってきたら――この数だもんな、危険だよなぁ。
でもさ、
「ガラスケースが割れたときは、その時は、今度こそ、優の剣が役に立つんじゃないか?」
「先輩、勘弁して欲しいぜ。確かにこいつを持ってきたのは俺の判断ミスだけどよぉ、無理に役に立たなくてもいいからさ」
俺たちが、そんなやりとりをしていると無形が足を止めた。それにあわせて皆も足を止める。
「なるほど、分かった」
そして、無形が皆の顔を見る。
「ここから先は一人で行く」
ん? いやいや、そういうことじゃないだろ。
「おいおい、無形隊長、それは無いぜ。ここまで来たら、俺も背水の陣に入るぜ」
「僕も行きますよ。アルファの力は必要だと思います」
「ここは瘴気が濃いようです。私の力も必要になると思います」
「私の音を見る力も必要だと思いますネ」
「うちは、この先に何があるか知りたいんよねー」
「ニャーコが行くなら、セッシャも行くデース」
「それがしを仲間外れにはせぬだろう?」
そうだよな、ここまで来たら、最後まで行かないとな。
「お前たち……」
無形が皆を見、そして俺を見る。
「いや、お前は帰れ」
無形が俺を指名する。へ? 何で、俺だけ?
「後は俺たちでも可能だろうよ。お前には艦に戻って作戦本部への報告を頼みたい。その護衛は来栖二夜子とリチャード・ホームズに頼む」
「この状況で俺だけ帰れるかよ。帰るなら、みんなでだろう?」
「そうデース。セッシャ、ここでは引き返せませぬ」
「うちも戻るんは反対やねー」
無形は肩を竦める。
そして、そのまま無言で歩き始めた。
俺たちは無言で歩き始めた無形の後を追う。たく、俺たちがここで引き返す訳がないっての。
そして、俺たちはガラスケース地帯を歩き続けた。
「無形隊長、そろそろ中心部に到達します」
ゆらとがタブレットから顔を上げる。
そして前方に、薄暗い中、俺たちのLEDライトに照らし出された巨大なガラスケースが現れる。
それは他の円筒型のガラスケースと違い、『ひどく』大きく、そして、中が見通せるように澄んでいた。
これが中心部?
「この巨大な透明のヤツよぉ、中に何か見えるぜ。リッチ、照らしてくれよ」
優の言葉にリッチが頷き、手に持ったLEDライトで中央部を照らす。
中に見えるのは、黒い球体と、それに寄り添うように作られた、こちらも真っ黒な女性の石像だった。何だ? 美術品か何かか? これが中心部? 何でこんなものが? にしても、この黒い女の石像、何処かで見たような……?
「ここが、この隕石の中心部みたいやねー」
「そのようだな。リチャード・ホームズ、北条ゆらとと協力して爆破準備を」
無形が指示を出す。無形は、あの石像が何か気にならないのか? いや、違うな。こいつは、それよりも作戦の遂行を優先しているだけなんだろうな。そういうヤツだもんなぁ。
「俺の嫌な予感も外れたぜ」
優はのんきに肩を竦めている。
「確かにな。何か襲撃でもあるかと思ったら、あっさりだもんな」
俺たちはリチャード・ホームズとゆらとの作業をゆっくりと眺める。意外と時間がかかるなぁ。まぁ、これだけの規模の隕石を爆破するんだもんな。そりゃあ、設置に時間がかかるか。
「無形隊長、何かが来ますネ!」
俺たちがのほほんとしていると、突然、ユエインが声を上げた。
俺たちはすぐに武器を構え、やってくる何かに備える。
そして、暗闇から現れたのは、醜く爛れ皮膚が崩れ落ちた老人――フミチョーフ・コンスタンタンだった。
こ、こいつ、生きていたのかッ!
「フミチョーフ・コンスタンタン、その体で何が出来る」
無形が油断なく短銃を構える。しかし、フミチョーフ・コンスタンタンは、その言葉を無視し、爛れた体を引きずりながら、中心部のガラスケースへと歩く。
「近寄るな、撃つ」
無形の言葉を無視し、フミチョーフ・コンスタンタンは歩く。
無形が短銃を撃つ。
その弾丸はフミチョーフ・コンスタンタンの爛れた足に命中し、彼はそのまま転ける。しかし、それでもフミチョーフ・コンスタンタンは這うように動く。な、何だ、この執念は?
「近寄ってはならない……、目覚めさせてはならない……」
フミチョーフ・コンスタンタンがうわごとのように繰り返しながら、這う。
何を、言っているんだ?
ガラスケースに何があるって言うんだ? あるのは球体に寄り添った女の石像だろ?
そして、俺がガラスケースの方へ振り返ると、そこには女がいた。
先ほどまでの黒い石像だった女が、色を持ち、立っていた。
いつの間に――?
いや、それよりも、だ。
俺は、その女に見覚えがあった。
俺は知っている。
「何で、お前が、そこに居るんだ?」
そうだ、見知った顔だ。
「何で、居るんだ!」
そこに居たのは――俺の仕事先の後輩、葉月だった。
あの隕石が落ちた日、お前は――湾の方へ遊びに行くって言ってたよな? 何で、そのお前がそこに居るんだ?
「聞いているのかよ! 何で、お前がそこに居るんだ、葉月せら!」