11-49 フミチョーフという老人
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ここが、この城が目的地、か。にしても、何で隕石の上に城が建っているんだ? どうやって? いつの間に?
「先輩、どうしたんだい?」
俺が、ぼーっと城を眺めていたからか、横から優が声をかけてきた。
「いや、あまりにもあっさりとたどり着いたな、と思ってな」
「おいおい、先輩、艦があんなになっているのを見て、それは無いぜ」
まぁ、確かに半壊しているアマテラスを見れば、ここにたどり着くのが大変だったってのは予想できるけどさ。俺もどれだけ大変だったか、見たかったというか、参加したかったなぁってさ。最終兵装が、どんなのか見たかったじゃん。
「無駄話をしている場合じゃないよ」
ゆらとがこちらに振り返り呆れている。
「リチャード・ホームズ頼む」
「お任せデース」
無形の言葉にリッチが頷き、城らしき建物へと先行する。巨大な城のような建物――いや、宮殿というべきか。入り口の扉は開かれているが、薄暗く中の様子までは見えない。
リッチが扉近くまで静かに歩き、顔を覗かせて中の様子を確認する。そして、手を振る。安全確認か?
『マスター、安全、安全』
抱えているゼロがわかりきったことを喋っている。はいはい、そうだね。
「中は安全そうデース。人の気配ないデース」
リッチの言葉に無形が頷く。
「私も音を感じませんネ」
ユエインが獣耳を動かし頷く。
「次は僕の出番だね」
ゆらとがタブレットを操作する。
そして、タブレットに表示された映像を皆に見せる。
「この建物か?」
「はぁ。師匠、これはね、スキャンした画像だよ。今は覆われていたバリアもないからね」
ゆらとが俺に教えてくれる。あのー、何で、俺限定なんですかねー。
「事前にスキャンしていたのか?」
ゆらとは肩を竦める。
「それが出来れば苦労しないんだけどね。アルファの目が、ここまで近くに来たから、やっと出来たことだよ」
アルファの目って、そのタブレットのことか?
「罠はなさそうだな」
無形の言葉にゆらとが頷く。
「中は大部屋みたいです。それ以上は、中に入らないとアルファでも難しいみたいです」
リッチとユエインが人の気配を確認して、アルファで罠がないことも確認、か。
後は中に入ってみるだけか。虎穴に入らずんば虎児を得ず、だな。まぁ、俺たちには進むしか選択肢がないんだけどさ。
城の中へと入る。中は、やはり薄暗い。
リッチ、無形、ユエインの三人が用意していたLEDライトをつける。ユエインはランタン型のLEDだな。この三人は用意がいいな。
LEDライトの明かりを頼りに部屋を調べる。
「うわっ!」
と、突然、ゆらとが大きな声を上げた。どうした?
「あ、ごめんなさいネ」
驚いていたゆらとの眼前をユエインがLEDランタンで照らす。そこには長柄の斧を持った騎士鎧が立っていた。
「こういうのってよぉ、大抵、動いて襲いかかってくるよな」
優が騎士鎧まで近寄り、その金属で作られた胸部を叩く。カンカンと軽い音が返ってくる。
「中身は空っぽみたいだな」
「当然だよ! 僕がアルファで調べた後なんだからね」
確かにゆらとが罠を調べた後だもんなぁ。にしても、置物を、こんなわざとらしく置いておくか?
城といい、謎が多すぎるな。
にしても、だ。
「フミチョーフ・コンスタンタンの姿は見えないな」
俺は思わず呟く。
すると、俺の言葉に反応したのか、急に部屋の中に明かりが灯った。な、な、なんだぁ?
『マスター、危険、危険』
明るくなった部屋は、まさに城内としか言い様のないものだった。豪華なシャンデリア、飾られた年季の入った絵画、置かれている騎士鎧――俺が思い描いている、中世の城。いや、違うな、物語の中にしか登場しない、現実には、ありえなかった造りだ。こんなもの、テーマパークや高級ホテルでしかあり得ないだろ。
「やれやれ、新しいお客さまのようだね」
何処からか、声が発せられる。
「この声、お前がフミチョーフ・コンスタンタンか!」
無形が叫ぶ。
「ふむ。この国の言葉を使ったが、あっていたようで良かったよ。色々な国の方々が私に会いに来たからね」
声はするが、姿は見えない。いや、それよりも、だ。この部屋、他の場所に通じている道がないぞ。隠し通路でもあるのか?
「ようこそ、深淵へ。この私、フミチョーフ・コンスタンタンは君たち8人を歓迎するよ!」
フミチョーフ・コンスタンタンの声だけが広がる。ヤツはどこに居るんだ? って、アレ? 8人?
俺だろ、安藤優、北条ゆらと、大空坊円緋、無形、リチャード・ホームズ、水無月巴、雷月英、来栖二夜子……9人じゃないか?
見ると、来栖二夜子が口元に指を当てていた。まさか、こいつ……?
「歓迎の割には、もてなしの用意がないようだな」
無形が不敵に笑う。
「おやおや、それは失礼を。本来なら機械人形に相手をしてもらっているのだがね。ふむ、ちょうど、こちらの用意も終わったところだから、良いタイミングだね」
用意? 何の用意だ? 嫌な予感しかしないな。
そして、大きな音が響く。
俺たちの目の前の床が開き、そこから椅子に座った老人がせり上がってきた。まさか、こいつがフミチョーフ・コンスタンタンか?
そこに乾いた音が響いた。無形が短銃を抜き、撃ち放っていた。しかし、その弾丸は老人の前にある、見えない壁によって阻まれていた。
「おやおや、短気は損気ですよ。いや、優秀だというべきでしょうか」
目の前の老人は楽しそうに笑っている。
「お前の目的は何だ?」
無形が苦々しい顔で短銃を下ろす。
「おや? 聞いていない? 説明したはずですが? 人類の再生と解放ですよ」
「訳の分からないことを」
無形が老人をにらむ。しかし、俺が想像していたよりも、ずっと老けているな。フミチョーフ・コンスタンタンって、こんな老人だったのか。
「ちょっといいか」
俺は老人の前に立つ。
「ほう、これは、なかなかに面白い存在だ」
老人は俺をじろじろと見ている。その実験動物でも見るかのような視線はいかにも研究者というものだった。
「この国では老人は、老人らしい喋り方で喋るものだ。何処で習ったか知らないが、次はそうするんだな」
いやまぁ、嘘だけどね。
「ほう、それはそれは。私も勉強不足でした。次は気をつけますよ、次があれば、ね」
「おいおい、先輩」
優が俺の肩を叩く。何だよ、ちょっとしたお茶目だろ?
「師匠……」
ゆらとも大きなため息を吐いている。
「で、お前の目的って何なんだ? 再生と解放なんてさ、言葉を誤魔化さずに言ってみろよ」
俺は目の前の老人に真紅妃を突きつける。
「君たちは真実が知りたいのかね」
老人が大きなため息を吐き語り出す。
「いいだろう、昔話を語ろう。君たちにとっては、そう数ヶ月前の、私にとっては数十年前の出来事だ」
大丈夫だ、問題無い




