11-44 彼女達の事情とその想い
―1―
基地に用意された俺たち用の食堂へと歩いて行く。そこでは獣耳の雷月英が優雅にお茶を飲んでいた。多分、紅茶だな。
「あら、先輩さんですネ」
だから、誰が先輩だよ。にしても、すぐに俺の存在に気付いたな。
「ふふ、それとも、私も師匠と呼んだ方がいい?」
「好きに呼んでくれ」
もう好きにしろよって感じだよなぁ。
「こちらへはお昼ですネ?」
「ああ」
雷月英は食事後、か。飲んでいるのは紅茶かと思ったが、ちょっと違うようだな。器の中に花の蕾がまるごと入っている。
「それは?」
「私が用意した花茶ですネ。お一つどうですネ?」
俺は首を横に振る。花茶、ねぇ。聞いたこともないな。
「雷月英も参加を?」
雷月英は俺の言葉を無視するかのように花茶? を飲んでいる。そして、一つ、小さな息を吐く。
「私に選択肢はないですネ」
「それは……」
「私のことはユエインでいいですヨ」
そう言って、雷月英――獣耳のユエインは少し寂しそうに微笑んだ。
「お金に――なりますからネ」
報酬が良いから、参加するってことか? でもさ、それなら、
「ユエインなら、他にも、こんな命をかけなくても簡単に儲けることが出来るんじゃないか?」
俺の言葉にユエインは首を横に振り、自身の頭についた獣耳を指さす。
「この姿、この異能ですからネ。それを生かすのが簡単ネ」
そ、そうか。にしても、お金か。俺からすると、命をかけてまでって本当に、そう思うんだけどなぁ。こういうのも価値観の違いってヤツなんだろうか。
「この国は、本当に良いところですヨ。穏やかで、ゆとりがあって――」
そこでユエインは首を横に振り、手に持っていた器をテーブルの上に置く。
「話は終わりヨ。先生、作戦の時はよろしくネ」
あ、ああ、こちらこそ。
ユエインは俺の言葉をまたず、そのまま席を立ち、お茶のセットを片付ける。
「生きて、帰ろうな」
俺はユエインの背中に言葉をかける。ユエインの返事はなかったが、少しだけ微笑んでいるような気がした。
と、俺も食事にするか。何を食べようかなぁ。
……。
これだッ!
俺はカップ麺を取り、お湯を入れ、そのときを待つ。
最高の時間だぜッ!
そして、時計で時間を確認し、おもむろに蓋をはぐる。少し固めが美味しいからなッ!
もしゃもしゃ。
もしゃもしゃ。
もしゃもしゃ。
「少しは量を取ったらどうですか?」
俺が夢中でカップ麺と格闘していると巴がやって来た。
もしゃもしゃ。
水無月巴――巫女服のコスプレをしたお嬢さまだな。
「量より質が大事なんだぜ」
「即席麺に質があるとは思えません」
巴が呆れたような、冷めた目でこちらを見ている。お前、カップ麺を馬鹿にしたな! こんな、お湯を入れるだけで作れて、保存も出来て、それで美味しいという奇跡の食べ物なんだぞッ!
ずずずずっ。
俺はスープをすする。
「即席麺のお汁は塩分が多いと聞きます。あまり飲まれない方がいいですよ」
お前は俺のおかんか!
「少し、体に悪いくらいがちょうどいいんだよ」
俺の言葉に、巴はため息を吐く。そして、俺の目の前の席に、こちらと向かい合うように座った。
「その体で器用に食べますね」
ま、半分、化け物みたいな体だからな。だから、一般の食堂ではなく、こちらの俺たち用の食堂で飯にしているわけだけどさ。で、だ。
「巴、小言を言いに来たのか?」
「いいえ」
巴は首を横に振り、そして、俺を見る。
「お前も飯を食べに来たのか?」
「いいえ」
巴は首を横に振る。
「じゃあ、何をしに来たんだよ」
巴は俺を見る。
じーっと、こちらを見る。何なの? 何なの?
「俺の顔に何かついているのか?」
巴が冷たい瞳でこちらを見ながら、呆れたようなため息を吐いていた。
「本当に子どもみたいな人ですね」
子どもってなぁ。
「俺だって、好きで年を取った訳じゃないからな。気がつけば、この年だ。大人げなくて、成長して無くて悪かったな」
俺は巴を見る。そう言えば、コイツって俺より一回りは下なのか? うわぁ、その事実にショックを受けるよ。
「で、何の用だったんだ?」
俺は改めて聞く。巴は少し考えるように上を向き、そして、俺を見る。冷たい瞳だ。
「そうですね、用は……」
そこで巴は席を立った。
「用は終わりました」
そう言うと巴は、そのまま食堂を出て行った。
はぁ?
本当に何の用だったんだ? よく分からないヤツだぜ。
俺が食事を終え、食後の散歩をしていると来栖二夜子に出会った。ベンチに座り、何をするでもなく、ぼーっとしている。相変わらずジャージ姿だ。
「そろそろ寒くなってくるのにジャージなんだな」
俺が話しかけると二夜子はニヤリと笑った。
「ジャージの保温性能を馬鹿にしては駄目なんよねー」
はいはい。
「で、お前は何をしているんだ?」
「アンニュイに黄昏れているんよ」
「さいですか」
来栖二夜子はこちらを見て、しししと笑っている。ホント、こいつが何をしたいのかが分からない。
「俺は、お前が何を考えているのか、何をしたいのかが分からない。何で平然と合流しているんだよ」
「言ったよね、うちは敵じゃないって。だから、おかしくないんよ」
ホント、調子が狂うなぁ。
「世界を壊すってどういう意味だったんだ?」
俺の言葉に二夜子は首を傾げる。
「今のこの世界、おかしいと思うんよね。ありへんことが起きすぎてると思うんよね。それは……」
それは?
『マスター、危険、危険。敵の襲撃です』
俺が抱えていたゼロが喚き始めた。
「どうやら、敵の方が先に動いたようやね。三日間休めんかったね」
「それは仕方ない。向こうはこちらの都合に合わせてくれないだろうからな」
俺の言葉に二夜子は「せやね」と一言呟いて頷く。
「まずは皆と合流だな。それからアマテラスか?」
「おおー、リーダーぽい!」
二夜子はおどけた様子で笑う。
はいはい。
にしても、ここに来て、襲撃か。