11-43 彼らの、その事情と想い
―1―
艦が基地へと到着する。
そして、最後の――突入前の、ささやかで、小さな休暇が始まった。
俺がぶらぶらと基地の中を歩いていると、偶然、円緋のおっさんと出会った。
大空坊円緋――大柄で何事にも動じそうにない作務衣姿のおっさんだ。
「ふむ、センパイも散歩か」
相も変わらず作務衣姿だ。って、誰が先輩だ、誰が。ま、まさか、俺より年下なんてことはないよな? な?
「参加……するんですよね?」
俺は円緋のおっさんに聞いてみる。参加? もちろん、あの隕石への突撃だ。帰ってくることが出来ないかもしれない内部への突撃――しかし、これは絶対的な強制参加ではなかった。そうなんだよな、ほぼ強制とはいえ、逃げることは出来る。一応、退路は用意してくれただけ、温情というところか。
「そうさのう、おぬしは行くのであろう?」
円緋のおっさんは、俺を見下ろすような大柄な体でガハハハと笑っている。俺は……どうなんだろうな。
「それがしはのう、昔は、もっと体も小さくてなぁ、よくいじめられていたものよ」
そう言って、円緋のおっさんは大きな体をかがめ、それなりのサイズの石ころを拾う。そして、その石ころを握りつぶした。
「それに、このように特異な力を持っておるからな!」
「想像、出来ないな」
「悩みに悩んでおったよ」
円緋のおっさんが笑いながら、顎に手をやる。このおっさんが悩むとか、ホント、想像出来ないな。
「しかしな、御仏に出会い、心を救われ、そして、この隊に入ったことで、それがしが力を持ったことの意味を知った」
特異な力ゆえの悩み、か。俺は平々凡々と暮らしていたからなぁ。今は、こんな風に人外になってしまったが、それこそ、それまでは普通の『人』だった。
「それがしはな、恩返しがしたいのよ」
円緋のおっさんは、もう一つ石ころを拾い、そして、それも握りつぶす。
恩返し、か。
そして、次に出会ったのはゆらとだった。
北条ゆらとは手に短槍を持ち、何度も突きを放ち、型の練習をしている。
「やっぱり、馴染んだ型の方がいいのか?」
「師匠!」
俺が声をかけると、ゆらとは手を止め、俺の方へと振り返った。
「いや、すまん。続けてくれ」
俺の言葉にゆらとは首を振る。
「習慣です。僕の心を落ち着かせる精神統一みたいなものですよ。実践的ではないかもしれない、それでも僕が積み重ねてきたものですから」
ゆらとは、何処か吹っ切れたように俺を見ていた。なんだか、凄く大人びて見えるな。
「手合わせでもするか?」
俺の言葉にゆらとはため息を吐いていた。
「師匠は、そういうことが出来る性格でも、手加減出来る腕前でもないですよね。気を遣ってくれているんですか?」
「いや、まぁ、そのアレだ。型にはまった模擬戦みたいなのは苦手かもしれないけどさ、その、な? 実戦としての戦い方が学べるかもしれないだろ?」
「はいはい。師匠が本番に強いのは否定しませんよ。何処で習ったのか、槍の扱いも独特ながら一流なのは認めていますから」
ぬぬぬ。しかし、なんだか、今日のゆらとの物言いは、少し柔らかいな。いつもは皮肉気な感じなのにさ。
「ゆらとも参加するんだな?」
俺の言葉にゆらとは再度、大きなため息を吐いていた。
「アルファの端末を持つ僕が行かなくてどうするんですか」
「いや、アルファの代わりなら、ここにあるだろ」
俺は手に持っていたゼロをゆらとに見せる。
『ゼロ、有能、有能』
どう見ても有能そうに見えないポンコツロボがそんなことを言っている。
「……僕は行きますよ」
ゆらとは小さく呟く。そして短槍を構え直した。
「はいはい、師匠、どいてください。僕の精神統一の邪魔です」
俺はゆらとに追い払われた。仕方ないなぁ。
さあて、次は何処に行くかな。
そのまま、ぶらりと歩いていると、船渠の方にリッチの姿が見えた。
リチャード・ホームズ――紳士の国の諜報員だな。ホント、うさんくさくて偽名くさいヤツだ。
リッチは艦の前に立ち、何やら黄昏れていた。潮風に吹かれてさらさらの金髪がなびいて――ホント、絵になるヤツだな。中身は残念な感じだけどさ。
「どうした、リッチ」
俺が声をかけると、ため息を吐き、肩を竦めていた。
「ニャーコに受け取ってもらえないのデース」
手には、用意していた例の指輪があった。そういえば、戦いが終わったらみたいなことを言っていたな。確かに、杭を破壊するって、俺たちの戦いは終わったもんな。その勢いでプロポーズしたのか?
「不要デース」
リッチが指輪を持ち上げ、投げようとする。俺は、すぐにその手を止めた。
「おいおい、何をするつもりだよ」
「絶望デース!」
絶望、早いなぁ。
「いや、諦めるなよ。な? な? この突撃が終わったら時間はいくらでも取れるんだ。何度もアタックすれば、何とかなるかもしれないだろ?」
彼女も――恋人も嫁も居ない魔法使いの俺が言うことじゃないかもしれないけどさ。
「まずは、そう、まずは友達からとか、よく言うじゃないか!」
「フレンズ?」
「そうそう、フレンズ、フレンズ」
俺の言葉にリッチが微笑む。こいつ、容姿はいいからなぁ。こんな笑い方されたら、普通の女の子ならコロッと落ちちゃうんじゃないか? いや、違うな、観賞用か。
「オーケー、セッシャ、ネバーギブアップデース」
リッチが指輪をしまう。
「ああ、そいつは大事に持ってろよ」
「センパイ、サンクユーデース」
はいはい、どういたしまして。にしても、こいつも俺を先輩呼びか……。俺、そんなに老けてないよな?
俺が基地に用意された個室へと戻ろうとすると、その並んでいる個室の前で、大きな荷物を抱えている安藤優に出会った。
「おう、先輩じゃん」
「重そうだな」
俺が話しかけると安藤優はサングラス越しに、ニヤリと笑った。
「重いぜ、重いぜ。凄く重いぜ」
安藤優はなんだか楽しそうだ。
「中身、先輩も見てみるか?」
俺は安藤優の言葉に頷き、そのままコイツの個室へと一緒に入る。
「俺の実家から頼んで送ってもらったんだぜ」
個室に入った安藤優は、その大きなダンボール箱を丁寧に床へと置く。そして、そのままダンボール箱を開ける。
詰められたクッション材の中から出てきたのは年季の入った桐の箱だった。
「これは?」
「実家のご神体だな」
安藤優が桐の箱を開ける。
中にあったのは二本の剣だった。刀ではなく、神話にでも出てきそうな古めかしい剣だ。
「竜泉の剣八束と竜泉の剣船穂だ」
「りゅうぜんのけん?」
俺の言葉に、安藤優はサングラスを持ち上げ、ニヤリと笑う。
「こいつぁ、俺の実家のご神体だって、さっき言ったよな。昔、昔、昔、その昔、神話の時代から伝わる剣でよ、俺のご先祖様が泉に住む天女様にもらったって伝説の剣なんだぜ」
おいおい、それって……。
「凄い、骨董品ってことか!?」
俺の言葉に安藤優はずっこけていた。
「先輩よー」
わざわざずっこけてくれるとか、ノリがいいなぁ。
「こいつぁ、化け物が当たり前にいた時代に、魔を切る為に作られた剣なんだぜ」
かなり握りが長めの剣と刃が長い剣か。
「優が二刀流なのは?」
「おうよ。俺の家に伝わる、この剣を使う為の技だ」
しかし、見るからに年代物だな。
「壊したらヤバいんじゃないか?」
「そ、それは……、いや、道具は使ってこそだぜ! ま、まぁ、壊したときは、そのときは俺だけの背水の陣ってことで、な!」
俺だけの背水の陣とか意味が分からない。
コイツは当たり前に突撃に参加、か。そうだよなぁ、そういうヤツだよな。
ま、お互い頑張ろうぜ。