2-83 勇者でも英雄でも無くて
―1―
俺は里の中を走る。
辺り一面が火に包まれていた。そして中央にある、城の上に居る羽猫はその場に座したままだ。いやいや、お前が動かなくてどうするんだよ。お前はこの里の守護星獣だろうが。くそっ、まずは何処に向かう? まずは羽猫の居る城か。
城へ向かおうとしている俺の前に見たことも無い魔獣が立ちはだかる。燃えている犬のような魔獣だ。この魔獣が、いや、この魔獣達がこの里を襲撃したのか?
現在、俺の目の前に居るのは3匹。が、里には無数の魔獣が存在しているようだ。何でだ、どうしてこんな事になっているッ! 俺が、俺たちが下に降りていたのなんて、そんなに長い時間じゃなかったはずだ。そのわずかの間に里が燃えているなんて……何なんだよ、コレはッ!
火の魔獣か……。火ならッ!
――[ウォーターカッター]――
真っ二つになりやがれッ! 俺の手から高圧縮された水のレーザーが放出される。しかし、水のレーザーは燃えている犬の魔獣を切断することは出来なかった。狙っていた犬とは別のもう一匹が口から炎のブレスを吐き、水のレーザーを霧散させる。
そしてそのまま三方向からこちらへ炎のブレスを吹きかけてくる。ちぃッ!
俺は風槍レッドアイを振り払い、炎のブレスを消し飛ばす。……ふぅ、出来るか不安だったけど出来て良かった。ホワイトさんが魔法にも強いって言ってくれていたのを信じて良かったぜ。
俺は風槍レッドアイを前に構え、炎のブレスを切り分けながら進んでいく。目指すは目の前の犬の魔獣ッ! ちょっと熱いのは気合いで我慢だ。
駆け抜け、目の前の一匹に隣接し、俺の短い手を相手の体に近づける。さぁ死ぬが良い。
――[ウォーターカッター]――
高圧縮された水のレーザーが犬の体を貫通する。そのまま、横へ薙ぐ。真っ二つだ。って、アツ、アツ。近寄っただけでも結構熱いな。しかし、これで後2匹。
――[アイスボール]――
俺は氷の塊を6個浮かべる。そしてそのまま左側の犬へと飛ばす。氷の塊を避けようと動き、動いた先で更に塊を消そうと炎のブレスを吐いている犬。俺はそれを無視して右側の犬へ駆ける。正面に広がる赤。俺は更に体を加速させ右へ――犬の側面へ回り込む。喰らえ。
――《スパイラルチャージ》――
下から伸びた赤と紫の螺旋が犬を貫き上へと伸びていく。そして更にッ!
――[ウォーターカッター]――
上方へと跳ね上げられ、無防備になった犬を水のレーザーが真っ二つにする。うっし、威力は申し分無しッ!
後1匹か。俺が攻撃をしようと犬の方を向くと、犬は走って逃げ出していた。くそ、逃がしたか。って、今は犬を追っている場合じゃ無い。まずは城へ行って羽猫に。
くそッ! 犠牲者が出ていないと良いんだが。
―2―
城の前には真っ赤に燃える炎に包まれた女性? が居た。何者だ?
身に纏う炎のように真っ赤な伸ばしきりの髪に油断すればぽろりと見えそうな大きな胸のお姉さんだな。というか、ちょっと胸に目がいっちゃうサイズじゃんよー。特に炎なのか服なのか分からないようなギリギリの格好がヤバイ、ヤヴァイッ! しかも空高く浮いている。何の力で浮いているんだ? 厨二入っている感じでヤバイッ!
炎を纏った女性がヤレヤレって感じで首を振り、下を、こちらを向く。
「はぁ、俺様の会話の途中だってのに……。連れてくるのをフレイムドッグみたいな雑魚にするんじゃなかった。せめてヘルハウンドを連れてくるべきだったぜ」
フレイムドッグ? あの犬かッ!
『お前が里をッ!』
「うん? 念話、念話だと! って、お前の姿」
俺の姿を見て炎を纏った女性が笑う。俺の姿がどうした? 芋虫で悪いかよ。
『ランちゃん、駄目だ。逃げるんよ』
そうか、羽猫はこの女に足止めされていたのか。
「まぁまぁ、俺様の話を聞きな。どうせ、お前も星獣様とか言われて、良いようにここのヒトモドキ共に使われてる口だろ?」
ヒトモドキだと!
「俺様と一緒に俺たちの王様に仕えないか? ここのヒトモドキにこき使われるよりは余程マシだと思うぜ?」
うるせぇよ。無いな、ホント、無いッ! ここの里の人をヒトモドキって言った時点で無いな。うん、とりあえず鑑定しとこ。
【鑑定に失敗しました】
はぁ? またかよ。
「ん? 何かしたか? おお、そういえばまだ俺様の名前を言っていなかったな」
炎を纏った女が胸元を強調するように腕を組む。
「俺様は火のレッドカノン。真っ赤に燃える炎の赤が俺様だ」
何だこいつ。というか、この世界って火の属性色は紫色だろ? 何で赤なんだよ。
「はぁ? お前、何言ってんだ。火って言ったら赤だろ? お前は火の色を見たことが無いのか?」
うぜぇ、こいつうぜぇ。
『この里を燃やしたのはお前か?』
レッドカノンがニヤリと笑う。
「ああ、そうだぜ。水が復活したと聞いて、こんな辺境に来てみれば空振りだったからな」
水?
『ランちゃん、駄目なんよ』
「うるせぇよ。死にかけで俺様と戦う力もねぇヤツは黙ってろっ!」
なんなんだ。この状況はなんなんだよッ!
「話の続きだ。で、だ、そのまま帰るには――せっかくここまで来たのが勿体ないからな。昔に燃やしたトコがどうなっているのか見に来た訳よ。そしたらさ、もっと最高になってるじゃねえか。これは燃やし甲斐があるだろ? 燃やすしかねえじゃねえか。って、俺様は何でお前にこんなことを喋っているんだ?」
知るかよッ! もういい、もう分かった。こいつは敵だ。8年前の時もコイツがやったんだな。クソ、8年前の話を聞いてすぐにコレかよ。何でフラグが立ってんだよッ! ああ、クソッ。
俺は風槍レッドアイを構える。
『氷嵐の主、ラン、参る』
―3―
さあ、ボス戦だな。こいつが魔族か。うん、確かに魔人族とは違うな。まずは先制攻撃をッ!
――[ウォーターカッター]――
俺の手から放出される高圧縮の水のレーザー。火には水だろッ! 俺の魔法チートで余裕ぶったまま死ね。
しかし俺の水のレーザーはレッドカノンが左手を振り払っただけで霧散した。
「ほほう、俺様と敵対するか」
水が駄目ならッ!
――[アイスボール]――
6個の氷の塊を浮かべる。
「力量の差も分からない程度か。さっき仲間に誘ったのは無しだぜ。お前、もうここで死んでいいよ」
うるせぇ。俺は氷の塊をレッドカノンに飛ばす。
「だから無駄だろ」
飛ばした氷の塊はレッドカノンが纏っている炎に溶かされ消えた。
「はいはい」
レッドカノンの手の平に巨大な火の玉が生まれる。で、でけぇ。やばい、アレを喰らったら洒落にならない。とりあえず今のうちに弓で。
――《集中》――
喰らえッ! 鉄の矢を番え放つ。早弓スキルにより、すぐにもう一度矢が放たれる。炎を纏っていない箇所を狙って放ったはずの矢は動きを変えた炎によって溶かされてしまった。な、あの炎、動くのか。ああいう形状の服じゃないのか?
「まずは火の中級魔法、ファイアボールから行くぜ」
レッドカノンより巨大な火の玉が放たれる。どうする、どうする?
俺は風槍レッドアイを信じ、迫る巨大な火の玉を打ち払う。赤槍と巨大な火の玉がぶつかり衝撃と熱波がこちらの身を焦がす。うぉぉぉぉ。
巨大な火の玉が弾け、近くの民家に当たり、民家を燃やし尽くす。やべ、って、今はそんな場合じゃ無い。
「ほうほう、弾き返すか。これくらいは耐えるんだな。次は上級魔法だぜ」
レッドカノンが指をパチンと鳴らす。すると俺の周囲を囲むように火柱が上がる。狙いが……はずれた?
「今度は耐えられるかな? メテオフォール」
炎の柱に囲まれた俺目掛けて火を纏った隕石が降り注ぐ。視界が赤く染まる。くそ、逃げ場が無い。集中しろッ!
――《スパイラルチャージ》――
降り注ぐ隕石をレッドアイで砕く。隕石が纏っていた火によって身を焼かれるが気にしない。次々と降り注ぐ隕石。回避も出来ねぇ。砕け、砕け、砕けーッ!
【《百花繚乱》が開花しました】
――《百花繚乱》――
槍の形が見えないほどの高速の多段突き。突きが隕石に当たる度に、その身を削り花弁を散らす。その場に数多の砕けた隕石の花が咲き乱れる。
はぁはぁはぁ。開花したスキルのお陰で乗り切ったぜ。
見ると周囲から立ち上がっていた火柱も消えている。よし、ここからが反撃だッ!
「いやはや、俺様はお前を見くびっていたのかな?」
見るとレッドカノンが両手をかざしていた。かざした両手の間には炎の球が生まれている。
「お前が一生懸命隕石を砕いている間に準備は終わったぜ? これが火の特級魔法、全てを殲滅するアニヒレーションだッ!」
炎の玉がどんどん大きくなっていく。まるで恒星の誕生だ。ははは、嘘だろ。今までの相手とレベルが違い過ぎる。俺の勝てる姿が想像出来ない。何だ、コレ。何でこんな事になっているんだ。って、折れるかよッ!
真っ赤に染まる視界。危険しかないなッ!
俺は風槍レッドアイを信じ、迫る恒星を貫く。風槍レッドアイが折れ、溶け、砕ける。まじかよ、俺の、俺専用のレッドアイが……。そして恒星が俺を中心に爆発する。
―4―
俺は死んでいなかった。
俺は中程から折れた風槍レッドアイを杖代わりに立ち上がる。へへ、殺し切れてないでやんの。
辺りを見回すと俺を中心に建物が何も無くなっていた。完全に爆心地じゃないか。ああ、これ、俺がヤ○チャ状態じゃねえかよ……。
そして空には相変わらずレッドカノンが浮かんでいた。こいつ浮遊スキルでも使って浮いているのかな。
首から提げたステータスプレート(銀)を何気なく見るとSPが0になっていた。ははは、やっと最大まで溜めたSPが0になってるじゃん。更に胸もとに付けていたはずの祝福された銀の小盾も砕け『だったモノ』がぶら下がっているだけだった。ありがてぇ、俺が助かったのは、この小盾のお陰か。胸もとに付けといて良かったな。
さあ、こっからが反撃だな。
「俺様はお前の耐久力にびっくりだよ」
ははは、驚いたか。
『次は……俺の番だな』
折れた赤槍をレッドカノンに向ける。
『ランちゃん、無理だよ』
居たのかよ、羽猫。何だよ、今更ッ!
俺は、俺は――ッ!
城が無くなり、その大きな翼を羽ばたかせて浮いていた羽猫がこちらへと念話を飛ばす。
『ごめんね、――ちゃん』
気合いで立っていた俺はその言葉と共に気を失った。
何でだよ。何で、また、こんな事に。やっと侍のクラスを得て楽しくなってきたのに。またコレかよ。何でだよ。
いいじゃん、楽しく強くなって、それで何が悪いんだよ。
何でこんな目に遭うんだよ。
ミカンは、お爺ちゃん猫は無事だろうか。
里の人たちは無事だろうか。
建物が消し飛んでいたけど無事逃げられたんだろうか。
―5―
ここは?
俺は薄暗い部屋で目が覚めた。
生きて……生きているよな?
俺を心配そうにのぞき込んでいるミカンさんとお爺ちゃん猫。無事だったのか、良かった。
『すまぬ、何も出来なかった』
俺は勇者でも英雄でも無かったって訳だ。当然、何かの力も目覚めない。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
ミカンさんが泣きながら謝っている。別に俺が好き勝手やった結果だし、仕方ないよね。
ミカンさんが謝ることじゃないな。
「ラン殿……、申し訳ないが動けますかな」
お爺ちゃん猫の言葉。うん、動けるぜ。
『あれから、どうなったんだ?』
「すみませぬが、外へ」
周囲を見る。薄暗い部屋の中央には侍のクラスモノリスがあった。ああ、地下室だったのか。
俺は体を起こし、階段を上る。
階段を上った先には何も無くなっていた。一部、建物の燃えかすのようなモノは残っていたが、里は壊滅していた。ははは、守れなかった。
そして俺の前には羽猫が居た。
『お前はッ! お前はこの里の守護星獣様だろうがよ、何で動かなかったんだッ!』
何でだよ。
『ごめん』
謝るなよ。ああ、もう、俺が嫌なヤツみたいじゃないかよ。
『ランちゃん、受け取って』
羽猫の前に何かの力が圧縮されていく。そして小さな卵が生まれた。
『これは……?』
羽猫が俺の前に卵を置く。
『うちの子供。ランちゃんが、ううん、ランちゃんに預けたいんよ』
いや、でも、俺は。
『殻は丈夫だから、少しくらいなら乱暴に扱っても大丈夫だから』
いやや、そういうことじゃ無くて。
『この里の為に戦ってくれてありがと。最後にランちゃんに会えて嬉しかったん……』
いや、ちょっと待てよ。急過ぎるだろ。おかしいだろ。
羽猫の姿形がぼやけ、小さな粉になって消えていく。羽猫だった粉は風に飛ばされ何も無くなった。
なんだコレ、なんだコレ。
俺は悲しんだら良いのか? それとも卵を押しつけられたって思えば良いのか?
……いや、悲しもう。
少ししか言葉を交わさなかったけれど同じ星獣様だったんだ、悲しもう。