11-42 すべての杭が砕けた後に
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木々の間を抜け、峠道まで戻ると、そこには戦いを終えた無形と円緋のおっさん、獣耳の雷月英、そして来栖二夜子が居た。
来栖二夜子は、先ほどのことなど素知らぬ顔でのほほんと立っている。一瞬、別人かと思ったが、こちらの存在に気付くと唇に指を当てていた。内緒にしてね、ってことかよ。図太いなぁ。
「片付いたようだな」
無形がこちらに気付き、話しかけてくる。
「ああ、先輩がやってくれたぜ」
「そのようだな」
無形は軍帽を深くかぶり頷く。
「急ぎ、艦に戻り、情報確認ですネ」
雷月英が獣耳をピクピクと動かし、
「周囲にフィアの反応はないようですヨ」
と教えてくれた。
「急ぎ、戻らねばのう。負傷した者もおるからな!」
円緋のおっさんが大きな声を上げる。負傷した者?
「申し訳ないデース」
安藤優に肩を借りたリッチが情けない声を上げていた。あー、そう言えば、太ももを自分で撃ち抜いていたもんな。急所を外したからか、出血は止まっているようだが、歩くのは辛そうだ。
俺たちは、そのまま歩き続け港へと戻る。歩くのが辛そうなリッチの為にも乗り物が欲しいところだったが、この地では道ばたに転がっている車の数は何故か少なく、そして、いつも通りに、あったとしても動きそうにないものばかりだった。
「何故、ガソリンがなくなっているんだろうな?」
俺が聞いてみても、皆は首を傾げるばかりだった。そりゃまぁ、その理由が分かれば、何とかしているだろうからな。
ゆっくりと時間をかけ、港に到着する。今回はホテルに寄らず、港に停泊しているアマテラスへと直接向かう。
「んもぅ! さすがね! 待っていたわよ!」
そこでは、例の妖しいおっさんが待ちきれなかったのか、艦の外に出て、俺たちを待ち構えていた。
「状況を聞きたい」
「そうね、それなら、こっちね。体の汚れや汗を落としたいでしょうけど、まずは艦橋に来て欲しいわ」
妖しいおっさんの案内で艦内を進み、艦橋へと出る。
艦橋には艦長、そのほかの人員の姿が見える。
そして、そこには、すでに準備を終えて待ち構えていた医療班がおり、リッチを椅子に座らせ、すぐに治療を開始していた。この場でやるのか。
「無形、すまないな」
艦長が無形に話しかける。しかし、無形は、それを無言で頷き返す。
「アルファ、出してくれ」
艦長の指示で、中央に映像が浮かび上がる。
それは、例の隕石の姿だった。
「リアルタイムか?」
無形の言葉に艦長は首を横に振る。
「見ていろ」
映像が動く。何か、ガラスが砕けたかのように、隕石の周囲を覆っていた『何かが』砕け散らばる。バリアが壊れた? やはり、杭を壊すことでバリアがなくなるのは正しかったのか? にしては、供給が絶たれて消えたというよりも、壊れたという感じなんだな。
「アルファによって視覚化出来るようにしている」
艦長が教えてくれる。なるほど、目に見えて分かるようにしているのか? と言ってもイメージ映像ではなさそうだが。
映像は進む。
バリアが消えたのと同時か、それよりも早いくらいに、次々と攻撃が、隕石へと降り注ぐ。
「これは?」
俺の言葉に艦長が頷く。
「各国の――我が国に協力してくれているところからの攻撃だな」
微妙に言葉を濁したな。
次々と降り注ぐ、攻撃によって画像が揺れ、激しい光が瞬く。確かに、バリアは働いていないな。にしても、バリアが消えた瞬間にコレか。容赦がないな。まぁ、国を脅かすテロリストへの制裁だろうからな、これくらい当然か。
「アルファ、少し映像を早送りしてくれ」
艦長の言葉にあわせて映像が進む。
そして、光と粉塵が消えた後には――無傷の隕石が残っていた。
「おいおい! バリアは消えたんじゃねえのかよ!」
安藤優が叫ぶ。そりゃあ、叫びたくもなるよな。俺も叫びたいぜ。だってさ、これじゃあ、俺らが何の為に苦労して杭を壊したのか、それが無意味なものみたいじゃないか。
「そこで、これだ」
映像が変わる。
隕石の断面図?
「アレは、バリアで覆われていた間に、その表層を、例の杭と同じ物質でコーティングしてしまったようだ」
は? 杭と同じ? つまり俺の真紅妃でないと壊せない?
ん?
いや、待てよ。
なんて言った?
表層?
「まさか」
無形が驚いた顔で艦長を見る。
「そうだ。アレの表層に建造物が作られていたのは覚えているな?」
艦長が、俺たちを見回す。そう言えば、そんな感じになっていたな。
「中からなら、破壊することが出来る」
そして、そう言葉を続けた。
「この映像はリアルタイムではないと言ったな」
無形が艦長へ詰め寄る。艦長は静かに頷く。
「無形が予想しているとおりだ。そして、現在、彼らとの連絡は途絶えている」
途絶えている?
中から破壊できる? そして、映像は、俺たちが杭を壊したときのもの? それから、どれくらい時間が経っている?
「こ、こいつぁ、背水の陣だぜ」
安藤優は大きく天を仰いでいた。
「外部からの攻撃が無駄に終わってしまったからな。各国――色々な協力してくれているところが工作員を送り込んだはずだ」
「そして、全滅……か」
無形は呟く。
この流れはアレか。
「お前たちには、アレに潜入し、内部から破壊してもらいたい」
「ふざけるな」
無形は艦長の胸ぐらを掴む。しかし、艦長は、その手を掴み、首を横に振る。
「この艦は一度基地に戻るわ。突撃は三日後。よく考えてちょうだいね」
妖しいおっさんが無形の肩に手を置く。
これは、今度こそ、命がけになりそうだ。
そして、ここまで来て、俺が逃げるわけにはいかないよなぁ。