11-40 世界を壊すための理由?
―1―
「そう言われて、俺が杭を壊すと思うか?」
「思わないんよねー」
来栖二夜子は、そう答えると一つ小さなため息を吐いてゆらとを解放した。
「何がしたいんだ?」
ゆらとは、かなり強く締められていたのか、むせるように、大きく咳き込んでいる。
「バレているとは――バレるとは思ってなかったんよねー。こっそりと最後の最後で邪魔するつもりだったんよ」
来栖二夜子は肩を竦めている。
「だから、何故、最後の最後で邪魔をしようと思ったんだ?」
「話したら、その杭、壊してくれるんかな?」
来栖二夜子は微笑み、かわいく首を傾げている。
「内容次第だ」
そうだよ、内容次第だよ。来栖二夜子の言い分が正しいなら、俺は、それに従うよ。
「それはやねー……」
来栖二夜子は、むむむと考え込みながら、口を開く。
何だ、何だ?
何が目的なんだ?
「今の、この世界を壊したいからやねー」
そして、来栖二夜子はニコニコと楽しそうに微笑みながら、そんなことを言っていた。
……。
……駄目じゃん。
この人、駄目じゃん。
「この世界を壊すって、お前、どういうつもりだよ! やはり敵なのか?」
しかし、来栖二夜子は首を振る。
「さっきも言ったと思うんやけどね、うちは味方やねー。ただ、それはやねー、現状だとフミチョーフ・コンスタンタンの思惑に乗ってる形やからねー、裏切ったと思われても仕方ないかもしれんよね」
どういうことだ?
フミタンタンの真の思惑は隕石を守っている結界を解除すると思わせて、この杭を破壊することだった?
それが世界の崩壊につながる?
フミタンタンの狙いは世界の崩壊?
これってさ、この星が真っ二つになるとか、そのレベルの不味さな気がするんだけどさ、どう考えても駄目だろ。
「来栖二夜子、お前は敵ではない?」
「当然やねー!」
来栖二夜子は、口でぷんぷんとか言いながら腕を振り回している。こんなふざけた態度をとられると、信じられないよなぁ。
「この杭を、だな。今、そのまま壊したら、世界が壊れるんだよな?」
「そうやねー」
「世界が壊れるって、どういう状況だ?」
俺には世界が壊れるってのが、いまいち想像出来ない。そりゃあ、さっき、世界が真っ二つにって予想したけどさ、杭を壊したくらいで、そんなことになるのか? 不味いのは分かる、分かるけど、どうなるって言うんだよッ!
「それは……」
来栖二夜子は、何かを言おうとするが、ただ、口をパクパクと動かすだけだ。
「言えないのか?」
来栖二夜子は、何かを必死に、こちらへと伝えようとしている感じだが、途中で諦め、首を振った。
「勘、そう勘やねー。乙女の勘がやね、分からないけどやね、そうしないと不味いって告げてるんやねー」
勘って何だよ。それに、だ。お前、乙女って感じか? 確かに容姿は整ってるけどさ、残念系キャラじゃん。いや、まぁ、それは今は関係ないな。
世界を壊すってはっきり言ってるくせに、どうなるか分からない? そんなのが通じるかよ。
「うちを信じて欲しいな」
来栖二夜子は、俺を見る。お前の、何を信じろ、と? ゆらとや安藤優、巴たちなら、付き合いの長さがあるだろけどさ、
「俺とお前、会って、それほど経ってないよな? それで信じてもらえると?」
「それでも信じて欲しいな」
来栖二夜子は俺を見る。
信じる、か。信じた結果、最悪の――場合によっては、世界が崩壊するんだろ? その何を信じろって言うんだ。
「世界を壊したい理由を教えてくれ」
俺は、問う。結局、その理由次第なんだよな。
しかし、来栖二夜子は首を横に振るだけだった。
「理由は言えない、それで信じろ、か。それで信じてもらえると思っているのか?」
「無理……やろうね」
来栖二夜子は苦笑しながら、そう呟く。いや、これは諦めか。
「まぁ、気付かれた段階で、こうなるんやないかなーと思っていたから、仕方ない、か」
来栖二夜子は、少し疲れたような瞳で俺を見ていた。
「うちは帰るよ」
「邪魔しないのか?」
俺の言葉に来栖二夜子は肩を竦める。
「輪に囚われたうちでは杭を壊せないから、こうなったら、邪魔しても仕方ないんよね。だから、次を考えることにするんよ」
何を言っている? こいつは何を言っているんだ?
「姐さん、どういう……?」
「二夜子様?」
安藤優と巴が呆然とした様子で来栖二夜子を見ている。来栖二夜子は、それを見て、一つ苦笑し、そのまま手を振って、森の中へと消えていった。
何がしたかったんだ?
俺は、しゃがみ込み咳き込んでいるゆらとの側へと駆け寄り、背中をさすってやる。
「……し、師匠、どうするの?」
どうする、か。
来栖二夜子の思惑通りに、動く、動かない。いや、これは単純に来栖二夜子を信じるか、信じないか、だよなぁ。
「ゆらとはどう思う?」
ゆらとは咳き込みながら、首を横に振る。
「僕は、今の二夜子さんの行動が理解出来ないよ。判断は師匠に任せる……」
丸投げだな。って、まぁ、杭を壊すって最終決断は俺にしか出来ないんだもんなぁ。
「皆はどう思う?」
俺は皆の方を向いて聞いてみる。そう、俺一人で考える必要は無い。今は聞ける仲間がいるんだからな。
「先輩、俺は状況がよく分からねぇぜ」
安藤優が肩を竦めていた。あー、そう言えば無形とのやりとり、みんなは知らないんだよな。
「このまま杭を壊すと不味いことになりそうだから、ゆらとに力を封じてもらった上で杭を壊す予定だ。二夜子は、それを邪魔しに来たようだ」
俺は皆に説明する。
「セッシャはニャーコを信じるデース!」
まぁ、リッチはそうだろうな。
「私は二夜子様を信じます。それでも封じた上で壊すべきだと思います」
巴は二夜子を信じるけど、従わない、か。
「先輩、俺も巴と同意見かな。こういった力のよー、その専門家の巴が決めたことの方が正しい気がするぜ」
確かに、巴は瘴気とか、そういうのに詳しいもんな。
「ま、こんな背水の陣みたいな状況、最後は先輩の判断に任せるぜ」
「丸投げかよ!」
俺の言葉に、安藤優はサングラスを少し持ち上げニヤリと笑っていた。
さあ、どうしようかな。