11-39 色々な思惑が絡み合って
―1―
俺は駆ける。
足元の溶解液をものともせずに駆ける。
俺の動きに危機感を覚えたのか、それまでぐったりとした頭イソギンチャクの触手が動く。俺へと迫る無数の触手。俺は、それを真紅妃で打ち払う。喰らうかよッ!
頭イソギンチャクが、こちらへと黄色い溶解液を吐き出す。触手の次は、そっちかッ!
俺は真紅妃を左手に持ち替え、右手の紅い甲殻で溶解液を受ける。そこへ触手が伸びる。右手の赤い甲殻へ触手が絡みつく。
俺は絡みついた触手を逆に掴み込み、そのまま引っ張る。そして飛ぶ。頭イソギンチャクへと飛ぶ。体をひねり、回し、黄金妃による回し蹴りを放つ。頭イソギンチャクがぐちゃりと潰れる。黄金妃が、中の、存在していたであろう魔石ごと喰らい砕いた感覚――そして、頭イソギンチャクが黄色い溶解液を吹き出す。
そのまま着地し、俺は紅い甲殻に力を入れ、触手を引きちぎる。そして、左手の真紅妃をねじ込む。
貫けえぇぇッ!
真紅妃が無限の螺旋を描き、触手を、溶解液を、全てを弾き飛ばし、イソギンチャクのような頭に大穴を開ける。やったか!?
頭イソギンチャクが風穴の空いた状態で動く。上体を上げ、そのヒルのような胴体を持ち上げる。そこには、無数の歯が並んだ口があった。まだ生きているのかよッ! くそっ、俺を喰らうつもりか? だけどッ!
ヒルのような体が俺に覆い被さるように飛びかかってくる。しかし、その時には俺の体は、すでに遙か上空にあった。黄金妃の力を借り、空へと飛び上がる。
そして、両手で真紅妃を握る。
行くぜ。
貫くぜ。
真紅妃と共に紅く光る三角錐となって、ヒルの胴体へ――そして、貫く。真紅妃が体内の魔石を喰らう。
頭イソギンチャクとヒルの胴体が周囲へ叫び声のような金切り声を上げ、そのまま動きを止めた。
歌が止まる。
空に――黒雲が消え、青空が戻ってくる。
魔石を体内に二個も持っているとか、複合個体だったのか?
しかし、これでコイツも終わりだろ。
俺は自分の体を見る。右手は上腕部まで紅い甲殻が伸びている。両足は黄金妃に包まれ機械の足のようになってるし、人外化が激しいな。これ、もう、元に戻らないだろうな……。
「先輩……、大丈夫なのかよ!」
俺の様子を心配したのか、遠くから安藤優が声をかけてくる。まぁ、この周辺、黄色い溶解液でビチャビチャだからな、近寄れないか。
「気にするな、そっちは?」
そうだな。今は俺のことは後回しだ。
「奴ら、逃げていくぜ!」
「終わったようデース」
リッチは大きなため息を吐いていた。
「いやいや、終わってないだろ。まだ杭が残ってるんだぜ!」
戻ってきた安藤優がふらふらなリッチに肩を貸している。あいつ、元気だなぁ。
「ん、んんー」
安藤優が気絶していた巴を揺り起こす。まぁ、三人が無事で良かったよ。
さて、と。
俺は杭の方へと振り返る。この杭を壊せば、俺の仕事は終わる。これで、全て良くなるはずだ。
……。
俺は真紅妃を持ち、そして止まる。
俺は皆の方へと振り返る。
「ホワイ? どうしたんデスカ」
太ももを痛めたリッチが座り込んでいた。
「その姿、大丈夫ですか?」
巴はきつめの瞳のまま、心配そうな表情を作っている。ああ、小手を壊してごめんな。
でも、まだ杭を壊すわけにはいかないからなぁ。
『マスター、誰か近づいてきます』
地面に転がっていたゼロがそんなことを言っている。
そうだよなぁ、俺は忘れてないぜ。このまま杭を壊したら不味いからな。
そして、ゆらとと来栖二夜子が現れた。無形と円緋のおっさん、獣耳の雷月英は、まだ戦っているのか。まぁ、ゆらとが先行して来てくれたから良かったぜ。
「師匠、その姿……?」
「気にするな!」
俺はゆらとに左手でブイサインを送る。それよりも、だよ。
「ゆらと、大丈夫なのか?」
「向こうは無形隊長がいるからね。こっちの準備は万全だよ」
ゆらとと来栖二夜子がこちらへと歩いてくる。
「おいおい、ゆらとに二夜子さん、足元に気をつけろよ。その液体、溶かすぞ」
俺の言葉にゆらとが驚く。たく、不注意なヤツだぜ。この周辺、溶解液だらけなんだぜ。
「し、師匠、今、なんて……?」
ゆらとの動きがゆっくりになる。ん?
「いや、だから、足元に気をつけろって」
ゆらとはゆっくりと首を横に振る。
「今、二夜子さんって、二夜子さんは残って……」
え? それは……?
と、そこでゆらとの背後に居た来栖二夜子が、ゆらとの首に手を回し動きを封じる。え? へ?
「かんにんなー。にしても、バレてるとは思わなかったんよー」
来栖二夜子はゆらとを締め上げたまま、ニコニコと微笑んでいる。
「二夜子さん、な、な、なにを」
「姐さん、何が?」
巴と安藤優が驚きの声を上げる。リッチは状況がつかめないのか、オロオロと俺と来栖二夜子を見比べていた。
「んんんー。おとなしくしててくれたら、何もしぃへんよ?」
ちょっと待て、ちょっと待て。
「来栖二夜子、あんた敵だったのか? あのフミタンタンの仲間だったのか? 裏切り者はあんただったのか?」
俺の言葉に、来栖二夜子は首を傾げる。
「どう勘違いしているか分からないんやけど、うちは味方やねー」
「だったら!」
「ここでピラーの力を封じられたら困るんよねー」
ピラー?
「ゆらと、かんにんなー。というわけで、その杭、壊して欲しいんよねー」
おいおい、普通に杭を壊したら不味いんだよな? でも、それを封じる為のゆらとは捕まったままだし……どうする、どうする?
明日、木曜の更新は諸事情によりお休みします。