11-36 最後の杭へ向かうんだぜ
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ゼロを抱えたまま港町を歩く。人の姿はまばらだ。昼過ぎだというのに少ない――のか、昼過ぎだから少ないのかは分からない。人の少ない時間帯ということだけは間違いないな。でもさ、早朝は人が多い? いくら人が多くてもさ、そんなの無視して早朝から動けば良かったと思うんだよな。やはり、何か良くない思惑が動いているんだろうなぁ。無形は作戦本部に裏切り者がいるって言っていたもんな。
人は少ない。
それでも、異形の姿は見えないし、暴徒化した人々もいないようだからな。不便だろうけど、生活出来ているだけ、ここはマシだよな。
『マスター、道が違います』
と、そこで抱えているゼロが喋った。見れば、少し離れたところで呆れたような顔でこちらを見ている巴の姿があった。あー、考え事をしていて、つい。
俺は慌てて駆け、皆に合流する。
「ところで、海外はどうなっているんだ?」
ぼうっとしていた照れ隠しではないが、リッチに聞いてみる。
「パンデミック、この国だけデース」
そうか、よその国は平和なのか。いやまぁ、平和っていうと紛争地域もあるだろうから、語弊があるけどさ。こんな瘴気によるパンデミックは起きていない、と。
「余所ではテロリストによるバイオテロということになっている」
無形が教えてくれる。あー、確かに間違ってないな。
「それもあってやね、国外へ出るのは禁止、もちろん国外からこちらへ入るのも禁止になってるんよー」
まぁ、感染病だと、持ち出されたら大変なことになるもんな。実際はどうあれ、当然の処置か。
「ナウ、この国はデース。いろいろな国が介入しようと大変、トラブルデース」
あー、つけ込まれている訳か。いくら、大国の庇護があっても、その大国自体が狙っている可能性もあるだろうし、洒落にならないなぁ。こんなことで、地図から、国の名前が消えるとか考えたくない。
「そこは政治家さんたちに頑張ってもらうとこやねー」
役割分担、か。まぁ、あの方々はそっちが本業だろうからな。ただまぁ、今回の事件で国力はかなり低下しているだろうし、交渉は大変だろうなぁ。何で、こんな時期にって頭を抱えているのだろうか。
港町を出て、さらに歩き続ける。2時間ほど歩き続け、やがて峠道が見えてきた。
「おかしい」
そこで無形が呟く。
「ふむ、どうしたのだ?」
作務衣姿の円緋が無形に話しかける。
「人が居ないデース」
リッチの言葉に無形が頷く。
「封鎖していた者たちの姿がない」
「もしかして、お昼休みとか?」
俺が聞くと皆が呆れたような顔でこちらを見た。いやいやまぁ、俺だってさ、お昼から二時間過ぎているような状況でお昼休みはないと思うよ。分かってるよ。でもさ、プラス方向の可能性も提示しておきたいじゃないか!
『マスター、フィア反応です』
抱えていたゼロが喋った。えーっと、フィア反応って。
「よーこそ、よーこそ、よーこそ」
峠の脇道から声が聞こえる。その言葉に反応するよう皆が身構える。また、化け物の登場か!
そして、男が現れた。
「よーこそ、よーこそ、よーこそ」
迷彩服を着込んだ男が虚ろな表情のまま、同じ言葉を繰り返している。
「早速お出ましか! ちっ、背水の陣だぜ」
安藤優が持っていた鉄棒から刃を引き出し、剣へと姿を変える。
「よーこそ、よーこそ、よーこそ」
安藤優が駆ける。そして、そのまま剣を振るう。迷彩服の男は異常な速度で、その体勢のまま横に飛び、剣撃を回避する。そして、迷彩服の男の首が曲がった。そう、くてんという擬音が出そうな位に綺麗に曲がった。
「姿を見せやがれ!」
安藤優が叫ぶ。
そして、迷彩服の男が、その体が、バリバリと真っ二つに裂け、中から手足の伸びた小男が現れた。亡者のような小男は腰蓑を巻いているだけだ。
「けけけけ、遅い到着で、予定通りの到着で」
亡者男が喋る。真っ二つになった迷彩服の男からは血が流れ落ちていない。中側が乾き、パリパリとした皮だけになっているようだ。
「ちっ、お前が、ここを守っているフィアかよっ!」
安藤優が叫ぶ。
「アッシャー、アッシャー、アッシャー」
しかし、亡者男は訳の分からない言葉を呟くばかりだ。喋れるけど、会話にならないパターンかよ! 一番、嫌なパターンだな。
「アッシャー、アッシャー、アッシャー」
そして、その亡者男の言葉に呼応するように、峠道から、次々と迷彩服の人々が現れた。皆が皆、虚ろな瞳をしている。
「まさか、ここを封鎖していた人々を!」
巴が冷たい視線を向け、お札を構える。しかし、それを無形が止める。
「ここは任せろ」
無形が軍帽を直す。
「そうよ、おぬしたちは当初の予定通りに、な!」
作務衣姿の円緋が足元に落ちている石ころを拾っていた。
「しかしよぉ!」
安藤優は無形を見る。
「そこはやね、一番怒っているのは隊長やからねー。譲っとき」
来栖二夜子が前にでる。
「ふん。僕たちも、ここを片付けたら後を追いますから、どうぞ」
そう言って、ゆらとは袋から短槍を取り出し、構える。そして、俺の方を見て、片目を閉じた。うん? ああ、そうか。ゆらとはゆらとでやることがあったな。最後の杭を破壊した後に力を封じるんだったか? となると、必ず合流してもらわないと困るな。一緒に来ないのは、何か思惑があるんだろうなぁ。
「ちっ、仕方ねぇ。先輩、巴、行くぜ」
安藤優が駆け出そうとする。
「オー! 道案内ならセッシャが!」
そこにリッチが駆け寄る。
「先走らないでください」
巴は呆れたように安藤優を見ていた。
とりあえず、ここは任せて、俺たちは杭へと急ぐか!