11-31 入港――そして、最後の
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作戦会議室を後にし、用意された個室へと戻る。そして、俺は右手を見る。赤黒く錆びたように変わっていた右手の上に――まるで瘡蓋でも出来たかのように赤い甲殻が生まれていた。クソッ! 何なんだよ、コレはッ!
俺は生まれた赤い甲殻をペリペリと剥がし落とす。まるで元から存在してきたかのように赤い甲殻はねちゃぁと粘液を引きながら、ペリ、ペリと剥がれる。痛くは――無い。甲殻の下は先ほどと同じ赤黒い錆びた異質なものへと変化したままだ。まるで自分の手が自分のものではないかのようだ。
俺は真紅妃を見る。
心配するなって。俺は、お前を恨んじゃいないさ。お前が居なければ、お前が来てくれなければ、ここまで来られなかっただろうからな。
にしても、だ。俺が俺でなくなる前に、せめて杭だけでも破壊しないとな。はは、ははは、化け物に変わるのは嫌だなぁ。せめて、変わったとしても、自分は自分でいたいなぁ。自分を――見失しなったりはしたくない。
二日目の昼、俺が甲板で日光浴をしていると、獣耳の雷月英がやって来た。俺は丸テーブルの上の飲み物を左手で取り、口を湿らせる程度に飲む。
「ちょっといいですか?」
雷月英が獣耳をピクピクと動かしている。そのレーダーで俺を探したのかな? まっすぐ俺の方へ歩いて来ていたもんなぁ。
そして、その雷月英は、何か布に包まれた大きなものを持っていた。
「それは?」
「これは巴が――そうね、巴と私と二夜子からネ」
丸テーブルの上に包みが置かれる。
「どうぞ」
俺にほどけってことか。
包みをほどくと、その中には、鉄の板で作られたゴテゴテとした小手が現れた。何、コレ?
「これは、小手、か?」
こんな金属の板を組み合わせたみたいな、俺の手が何倍にもなりそうな無骨なデザインだよなぁ。
「小手ぽいものですヨ」
雷月英は微笑んでいる。ぽいものかぁ。
そして、金属の小手の中にはびっしりとお札が貼られていた。って、怖えよ。何だ、コレ? 呪いのアイテムか何かかよ。
「中のお札は巴ですヨ。あなたのフィア化を抑えてくれるそうネ」
なんだってー。なるほど、それはありがたい。
「艦内、部材が限られた中、短期間、格好は大目に見てヨ」
雷月英が片目を閉じ微笑む。
「いや、助かるよ」
「でも、過信しないで欲しいヨ?」
そうだな。
そして、三日目。
アマテラスが入港する。北条ゆらと、安藤優、水無月巴、大空坊円緋、雷月英、来栖二夜子、皆で艦を降りる。
「肌寒いね」
ゆらとが嫌そうに顔をしかめる。
「そうか? 俺は涼しくていいぜ」
安藤優は厚手の革ジャンを着込んでいた。
「師匠、無形隊長たちが待っているホテルに行くよ」
ゆらとが白い息を吐きながら、タブレットを操作する。
「ここは、普通に人が生活しているんだな」
港には普通に作業をしている人々の姿が見える。まるで、ここだけ、何も異常が起きていなかったかのようだ。
「そうやねー。ここは瘴気が薄いからやねー。燃料が使えない、電気の使用に制限がかかってるくらいなんよ。だから、ここに避難している人も多いんよ」
そうなのか。
「早く、行きますよ」
巴は冷たい目でこちらを見ている。
「巴、小手、ありがとうな。これで真紅妃を持ち歩ける」
俺は不格好な小手をつけ、その手で真紅妃を持っている。この小手をしていれば、真紅妃を発動させない限りは問題なさそうだ。浸食される感覚を抑えてくれる。真紅妃を持ち歩けるようになったのは大きいよな。真紅妃を艦に置いたままには出来ないもんなぁ。
「あ、改めて、何ですか! もう、お礼なら聞きました」
おー、照れてる、照れてる。
周囲の人々の冷たい視線を感じながら、ホテルまでの道のりを歩く。今回は車が用意されていないんだよなぁ。
「周囲の視線が気になりますか?」
俺の横で雷月英がささやく。
「一応。なんだか、敵意をもたれている気がするんだが」
俺の言葉に雷月英が、その獣耳をピクピクと動かす。
「本土の奴らが――的な感じですヨ。避難した人が多くて混乱しているだけですヨ」
「私たちのことを知ってという訳じゃないんやねー。まぁ、避難してくるのは、お金持ちといった権力者が多いから、それで嫌われてるのかもしれんね」
来栖二夜子は嫌そうに肩を竦めている。ああ、そういった人たちと、俺たちが同じように思われているのか。
ん?
「そう言えば、さっき瘴気が薄いと言っていたよな? そんな場所に杭があるのか?」
「先輩、あるものは仕方ないんじゃねえか?」
「瘴気の発生は、例の隕石だからのう。杭が瘴気の塊だとしても別問題なのだろう」
「円緋様の言われるとおりだと思います」
うーん。そんなものなのか。
しばらく、港町を歩くと、すぐにホテルが見えてきた。かなりお高そうなホテルだ。
「港のすぐ近くで、こんなお高そうなところであってるのか?」
まぁ、ビジネスホテルとかではないと思ったけどさ。
「うーん、軍で、こっそり用意しているのやからねー。選択肢がないというか」
来栖二夜子は苦笑している。そして、そのままホテルの中へと入る。えーっと、こういうホテルで、どうしたら良いか、俺、あまり知らないんだが……。
来栖二夜子はフロントまですたすたと歩き、そこで何かのカードを見せていた。フロントのお姉さんがお辞儀をし動こうとするのを、軽く笑い、手を振って断っていた。そして、小さな鍵を受け取る。
「先輩、行こうぜ」
お、おう。
皆でホテルのロビーをすたすたと歩き、エレベーターの前で待っていた来栖二夜子とともに乗り込む。にしても、俺たちの格好、場違いだよなぁ。コスプレ集団がお金にものを言わせて、高級ホテルに泊まろうとしているみたいだ。
皆がエレベーターに乗り込んだところで、来栖二夜子が階数を指定するボタンのあるプレート下に作られた鍵穴に、受け取った鍵を差し込み、そのプレートを開ける。そして、その中に隠された番号を押す。
おー、隠し階か。なんだか、わくわくするぞ!
2017年10月10日誤字修正(誤字報告ありがとうございました)
後手後手とした小手 → ゴテゴテとした小手