11-29 三つ目の杭、ベリアーへ
―1―
「パーツ、パーツ、パーツ」
目の前の、人の足で作られた異形が俺たちをなめ回すように見つめる。
「とてもじゃないが、言葉を発しても相互理解が出来るとは思えないな」
俺が呟くと雷月英も頷いていた。こんな異質な存在と仲良く出来るとは、とてもじゃないが、思えないよなぁ。それにだ、この人の足だけで作られた巨人、その足が人からもぎ取られたものだとしたら――どれだけの数の人が犠牲になったんだって話だよな。そんな存在と仲良くなれると思うか?
「アレガ、ヨサソウダ」
人の足で作られた人型の異形の動きが止まる。
「周辺には――目の前のアレ以外のフィア反応はなさそうです」
雷月英が獣耳をピクピクと動かす。それ、センサーか何かなのか?
「それなら、サクッとやった方が良さそうやね」
来栖二夜子が座席下から得物を取り出す。
それは――長い金属の筒を何個も組み合わせた機銃だった。
「パーツ、パーツ、ツイカ!」
目の前の異形が、こちらを威嚇するかのように手の形に作られた足を地面に叩きつけ、動く。意外と機敏だッ!
来栖二夜子はさらにベルト状のカートリッジを取り出し、機銃へとはめ込む。俺と安藤優、雷月英は、その射線から離れる。
来栖二夜子が腰だめに機銃を構え、そのまま撃つ。先端につけられた金属の筒が回転し、激しい閃光を発しながら、爆裂音を響かせる。煙が、硝煙が広がる。
目の前の異形から血が、肉片が、煙がほとばしる。血が吹き出し、肉片を飛ばしながらも異形が迫る。来栖二夜子は、それでも機銃を撃ち続ける。
異形が損傷を無視しながらも迫るが、やがて機銃の勢いに押され、そのまま吹き飛んだ。それでも機銃を撃ち続ける。やがて、弾がなくなり、機銃がカラカラと空回りをはじめ、そこで来栖二夜子は機銃を手放した。
「あかんね」
来栖二夜子が投げ捨てた機銃がドスンという重い音とともに地面に転がる。こんな重いものを、しかも機銃を撃っている間の勢いを抑えながら使っていたのか? こ、こいつ化け物か。そりゃあ、円緋のおっさんが使うなら、まだ分かるけどさ。この人、あまり筋肉があるように見えないよな? いや、この重い機銃を座席下に入れておいたってのも異常か……。
「フィアに現代兵器は効果が薄いんよねー」
充分効果的だったような。あれだけ肉片を吹き飛ばして効果が薄いって……って?
煙が薄れ、異形の姿が現れる。その異形の体を覆っていた人の足は、ズタズタになり、吹き飛んでいたが、その人の足に包まれていた異形本体は無傷だった。つるつるの白い肌をもった異常に腕と手が伸びた人型――まるで、よくある宇宙人のような姿、それが肉の壁が剥がれ落ち、姿を現していた。敵は宇宙人だった?
「姐さん、任せてくれ!」
俺がぼうっとしている間に安藤優が動いていた。二本の西洋剣に何かの液体をかけ、そのまま宇宙人姿の異形へと駆ける。って、見てる場合か、俺も動かないと。
安藤優が二本の西洋剣を振り下ろす。宇宙人姿の異形は人の足で作られた肉の衣脱ぎ捨て、這うように逃げる。安藤優の西洋剣が追いかけ、その長い腕を切り落とす。這うように逃げていた異形がバランスを崩し転がる。さらに、もう一振り――安藤優が剣を持ち上げたところで、切り落としたはずの、その長い手の切断面から、新しい手が生まれ、伸び、安藤優を掴んだ。
「なんだ……と?」
安藤優が振りほどこうとするが、恐ろしい力で締め上げているのか、まったく動かない。
「アタラシイパーツ。ウツクシクナイガ、イマハ……」
宇宙人姿の異形が、もう片方の手で安藤優の足を掴む。そして、そのまま、ねじ切ろうと――そこで、安藤優が笑う。
「パーツ?」
そう、俺が居るんだよッ!
俺は安藤優に夢中の宇宙人型の異形へ真紅妃を放つ。真紅妃が、その黒い瞳部分だけで作られた二つの目を持った、テカテカとしたまん丸頭部を、ズブリと貫き、その内部に収まっている魔石を喰らう。
「ガッ、ナ……」
「俺たちは一人で戦っている訳じゃないからな」
宇宙人姿の異形は、ガクンと震え、崩れ落ちた。捕まっていた安藤優も解放される。
「先輩、助かったぜ。足をもぎ取られるかと思ったぜ」
そいつぁ、背水の陣だな。
「ここの異形はコイツだけだよな?」
俺の言葉に、雷月英が獣耳をピクピクと動かし、頷く。となれば、後は、杭を破壊するだけか。
「凄い力やねー」
来栖二夜子が、こちらへと歩いてくる。
「でも、大丈夫なん?」
何が?
来栖二夜子が、俺の、真紅妃を持っている方の手を持ち上げる。あ、痛ぇ。何するんだ?
「気付いてるん?」
来栖二夜子が持ち上げた俺の手が、赤く変色し、堅くなっていた。まるでエビとかカニとか甲殻類みたいな――何だ、コレ?
「その槍、真紅妃やったかな? 瘴気の結晶で作られてるようやけど、そんなん、人が持ったら影響受けて当たり前やん」
は、ははは。まさか、俺も、化け物になろうとしているってのか。
「うちとしては、後はうちらに任せて、その真紅妃を持つん止めるのをおすすめするわ」
「先輩、大丈夫かよ。俺も姐さんの意見に賛成だぜ」
俺が化け物に変わる……?
いや、でも、それでも、俺じゃないと杭は壊せないんだよな? 他の方法は、人を犠牲とする自爆しかない。それなら、やるしかないだろッ!
「杭は壊す」
俺は決意し、皆を見回す。
「でもよ、先輩……」
何か言いたそうな安藤優を来栖二夜子が止める。
「大の大人が決めたことやからねー。でも、その真紅妃を使うのは極力、杭を壊すときだけにしときー。そのための道はうちらが頑張るんやからね」
「分かった」
と、それじゃあ、改めて、この杭の破壊だな。
俺は真紅妃を構え、杭の前に立つ。さあ、破壊するぜッ!
「砕け、真紅妃ッ!」
真紅妃が唸り上げ、無限の螺旋を描く。
解き放たれた真紅妃と巨大な杭がぶつかり合う。
周囲を震わせる激しい衝撃波をまき散らし、杭が、ひしめき、唸る。
もっとだッ!
俺の、真紅妃を持った手に、何かが侵入してくるような、何かに作り替えられているような、そんな感触が這い上がってくる。それでも、俺は真紅妃を持つ手に力を込める。
そして、杭が、巨大な杭が、真紅妃の一撃によって砕け散る。
杭は砕けた。
その瞬間、砕けた杭の上空に、何か白い竜の姿をした光が生まれ、そして消えた。ここでも、か。
しかし、これで三本目の杭も破壊した。
残りは――後は最後の一つを残すのみッ!