11-28 行くぞ、乗り込むんだぜ
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何事もなく艦内で三日が過ぎる。艦の中、しかも殆ど海中に潜ったままって気が滅入るよなぁ。大きい艦だから、体を動かす程度の広さの場所はあるんだけどさ、だからと言って真紅妃を振り回せるわけでもなし、結構、暇だったんだよな。リッチも無形も戻ってこないしさ。
そして艦の動きが止まる。いよいよ、作戦開始か。
俺は決められた集合場所へと向かう。そこにはすでに他のメンバーの姿があった。
「出発発進やねー」
「先輩、作戦開始だぜ」
来栖二夜子をはじめ、獣耳の雷月英、サングラスをかけ直し髪型を整えている安藤優の三人が集まる。
「よし、行くか!」
行くんだぜ。って、何処へ? 多分、甲板かな?
「先輩、先輩、何処に行くんだぜ」
俺が甲板の方へと向かおうとすると安藤優の制止がかかった。
「何処へって、ここから杭に向かうんだろう?」
安藤優がサングラスをクイッと持ち上げ、肩を竦めていた。
「先輩、もうすぐ来ると思うんだぜ」
「お待たせしました」
その言葉通り、すぐに、いつかの迷彩服の女性が現れた。ん? この人は作戦会議に参加していなかったよな?
「準備が出来ました。ハッチが開き次第飛び出します」
ハッチ?
「こちらです」
迷彩服の女性が案内した先には、前回、回収したジープがあった。また、これか。
「乗ってください」
迷彩服の女性が運転席に、俺たちが左右に分かれて後部の座席に座る。
「開き次第飛び出します。しっかり掴まっていてください」
その言葉に、皆が車の縁を掴む。
再度、艦が動き出す。
もしかして、浮上している?
俺たちは、その時をじりじりと待つ。
と、艦が揺れ始めた。
「激しくやってるようやねー」
「ああ。でもよ、円緋のおっさんと巴嬢ちゃんがいるから、大丈夫だろう」
艦の揺れは止まらない。おいおい、大丈夫なのか?
「しかし、思っていたよりも攻撃が激しくなってるようやね」
来栖二夜子が目を細める。
「それだけ、瘴気による被害が増えているってことだろ」
安藤優が吐き捨てるように呟く。おいおい、それって日にちが経てば、経つほど不利になるってことじゃないか? やはり、休んでいたのは失敗だったんじゃないか?
安藤優と来栖二夜子の会話が続く。雷月英は会話に参加しないようだ。静かなまま、その獣耳をピクピクと動かしていた。
「ライさんはあまり喋らないんだな」
俺が話しかけると、雷月英は驚いたようにこちらへと顔を向けた。
「すいません。集中していました」
「ユエちゃんは、忙しいから、仕方ないんよ」
忙しい? 何かやっていたのか? うーむ、話しかけて邪魔してしまったな。
艦の揺れは続く。
「そろそろのようです。ご準備を」
雷月英が口を開く。
「ルートは、どのように?」
「まっすぐ突っ切るのが良さそうです」
車のエンジン音が激しくなる。いよいよか。
そして、目の前の壁が上下に開き始める。
「行きますっ!」
車が急加速し、開き始めた壁を乗り越え、飛ぶように発進する。いや、車が本当に空を飛んでいる。ジャンプしている。
飛んだ車がガードレールを乗り越え、海岸線沿いの道路へと着地する。周囲には無数の異形が、気味の悪い人の手だけで作られたようなオブジェクトが浮いていた。それらが艦を襲撃している。
飛び出してきた、こちらの存在に気付いたのか、気味の悪い異形が――その体にまとった無数の手を、握り、開きながら、こちらへと飛んでくる。何だよ、アレ。こえぇよ、ホラーかよ。こんなん見てたら精神に異常をきたすわッ!
車は――止まらない。
飛んだ勢いのまま、車体を傾かせるように急旋回し、走る。道路を突っ切る。そちら側にもガードレールがあり、その先は森のようになっていた。
「お、おい、そっちは道が」
「衝撃、来ますっ!」
車がガードレールをぶち壊し、森の中へと入る。車を追いかけるように、何体もの、無数の手だけで作られた異形が追いかけてくる。あんなんに捕まったら何されるか、分からない。
木と木の隙間を抜けるように車が走る。こ、こえぇ。こっちの運転は、こっちで怖えぇ。恐ろしい速度でまばらに生えた木の間を抜けるとか、洒落にならない。ぶつかったら死ぬぞ。
「だ、だいじょ――」
「喋ったら舌を噛みますよ!」
迷彩服の女性は運転に必死だ。そ、そりゃあ、こんな異形に囲まれた状況からのスタートじゃなぁ。しかも木と木の隙間なんて、この車が通るのがギリギリのときもあるし……。
そして、前方に、木と木の間から、巨大な杭の影が見えてきた。って、もうかよッ! すぐ近くじゃないかッ! だから、ここから乗り込んだのか。
車が走る。
杭に体当たりをぶちかます勢いで走る。
「上です!」
そこで雷月英が叫んだ。その叫びに反応したのか、迷彩服の女性がハンドルをきる。車が車体を滑らせながら急停止しようとする。しかし、速度を殺しきれず、そのまま木にぶつかり、止まる。衝撃に、俺たちは車の中で転がる。
「し、死ぬかと思うほどの、こいつは背水の陣だぜ」
衝撃から立ち直った安藤優が起き上がる。
「これは、帰りが大変そうやね」
続いて来栖二夜子も起き上がる。
「重いので、どいてください」
俺の下では、雷月英が……って、ごめんなさい。俺は慌てて飛び起きる。雷月英も服を払いながら起き上がる。
運転席の迷彩服の女性は衝撃に気絶していた。あー、これ、ヤバいパターンだね。
そして、俺たちの目の前には、待ち構えるように異形が居た。
巨大な――人の背丈の三倍はありそうな人の姿を真似て形作った、それは、全てが人の足で作られていた。人の足が曲がり、絡み合い、人のような形になっている。
「何だ、この化け物はッ!」
俺の言葉に反応したのか、足が、人が手を仰ぐような姿へと動く。怖えぇ。不気味だ。何で、こんな姿の存在が動いているんだよッ!
「こいつは、本当に背水の陣になりそうだぜ」
安藤優が慌てて座席下から二本の西洋剣を取り出す。
「この杭も守っているフィアがいるってわけやね」
来栖二夜子は無手だ。えーっと格闘スタイル? こんな化け物相手に無理じゃないかなぁ。
そして、目の前の異形が声を発した。
「ウツクシイダロウ、ゲイジュツテキダロウ」
こ、こいつ喋るのか!
「会話が成り立つと分かれば、怖さも、異様さも半減ですね」
何故か、獣耳をピクピクと動かしている雷月英が冷静な突っ込みを入れていた。いや、確かにそうだけどさぁ。