2-81 初心
―1―
そうだな、うどんと……いや、うどんだけで良いや。
『自分はうどんを頼もう』
本当はだんごが食べたかったんだ。俺は甘い団子が食べたかったんだ。決して魚のつみれが食べたかったわけじゃないんだ。うぐいす餡や餡子や甘醤油の団子も良いよね。
しばらくすると店員さんが俺のうどんを運んできた。ミカンさんの魚団子2個とあら汁はすでに運ばれており、彼女は幸せそうな顔で美味しそうに食している。焼き魚が好物なのかなと思ったけど、単純に食べるのが好きなのかな。
じゃ、俺も食べますか。
サイドアームナラカを使い器を持ち上げる。ここには他に誰も居ないし、器が空中にッ! なんて驚いてくれる人は居ない――と思ったらミカンさんが驚いていた。いや、あなた、最初の食事の時に箸が空中にって驚いていたよね、また驚くの?
『これは自分のスキルだ』
「な、なるほど」
なんだか、知れば知るほど残念な娘に見えるなぁ。と、俺はうどんを食さないとな。箸では無く器を持ったのは、まずはうどんのスープの味を確かめたかったんだよな。器を口に運びスープを飲む。熱々だ。……うーん、薄味。ほんのりと魚の出汁が利いている気もするけど俺には薄すぎる。しかし、だ。俺には万能調味料、魚醤があるッ!
どばどばとうどんに魚醤を入れる。そして一口、ずずっと飲むのです。うん、これなら美味い。これなら充分に食べられるじゃん。これで昆布とかワカメがあればなぁ。にしても魚醤の量が随分と減ってきた。そろそろ買いに行かないとな。次にスイロウの里に戻ったら買っておこう。
器を置き、今度は箸に持ち替える。今度はうどん自体を食べないとな。ずるずるっと……うん、これはゆでた小麦粉の塊だな。それ以上でもそれ以下でも無い。
はぁ……何というか、微妙、としか言えないな。不味くは無いけど美味しいって物でも無い。
「どうだろうか?」
ミカンさんが聞いてくる。いや、これ、答えを知っていて聞いてるよね。
『普通だ』
俺の返答に嬉しそうにうんうんと頷いている。共感して欲しかったのか? 美味しい物だけが名物とは限らない――知っていたけども、知っていたけどもッ! 俺は美味しい物が食べたいんだい。
さて食事もとったし、トレント退治に行ってきますか。
―2―
何故かミカンさんも付いてきた。いやいや、トレント程度とはいえ、あなた町歩き用の格好じゃん。なんでだ? いや、これ、パーティを組んだ方が良いのか? いや、でも経験値とMSPが半分になるし……。
俺はやんわりとそんなことを伝えた。
「う、わ、わかった。私は見ているだけにしよう」
何なの芋虫に興味津々なの? ふふふ、可愛い子猫ちゃんだね。って、まぁミカンさんは猫人族な訳だけどさ。何だろう、もしかして俺ってば狙われているのかな、食べられちゃうのかな――性的じゃない意味で。そういえば猫って虫とか食べるんだっだよな……ま、まさかな?
そんなこんなでトレント退治である。
途中、ホブゴブリンと森ゴブリン3匹が襲いかかってきたので返り討ちにしてやった。俺の放った鉄の矢で簡単に絶命する森ゴブリン。チャージする必要すら無い。そして近寄ってきたホブゴブリンも風槍レッドアイのスパイラルチャージ一撃で簡単に貫かれ即死である。何というか、命の危険を感じながら戦った当時のホブゴブリン戦が嘘のようだ。
そして、ここでついに弓士のクラスが2に上昇。これ、種族レベルが上昇した時みたいにステータスプレートにレベルアップ表示が出るわけじゃ無いのね。そして次までの必要経験値は16000だった。ほふう。よ、予想していたけどもッ! ホント、多いですぅ。これ、次のレベルを上げられる自信が無いくらいの数値なんですけども。次のレベルが上がる頃には魔王も倒してゲームクリアだ、ってくらいの数値じゃない? ホント、あり得ない多さだよ、ちくしょう。
ステータスも見てみる。
筋力補正:4 (2)
体力補正:2 (2)
敏捷補正:26(4)+8
器用補正:7 (8)
精神補正:2 (0)
括弧の中の数値が倍になっている。なるほど、クラスの補正数値は勝手に上昇する訳ね。これは確かにウーラさんが早めにクラスを持つべきって言った意味も分かるな。種族レベルとクラスレベルで二重に強くなれるわけだからな。サブクラスだとどういう扱いになるんだろうなぁ、楽しみだ。三重に強くなるのか? ワクワクだね。
と、そんなことを考えているとトレントはすぐに見つかった。動いてこないぎりぎりまで近づいてスパイラルチャージを放つだけの簡単なお仕事です。何だか筋力補正が増えたからか攻撃力も上がった気がする。いやまぁ、気分だけかも知れないけどさ。
と言うわけでトレントの木片も無事手に入ったし、これで初心の刀が作れるな。にしてもミカンさん、本当に見ているだけだったね。
―3―
余り里から離れても居なかったし、ミカンさんが居る都合上、転移では無く、普通に歩いてフウキョウの里に戻る。まだ充分に時間はあるな。このまま鍛冶場に行って初心の刀を作ってしまうか。
「ふむ。わかった、鍛冶場まで案内しよう」
ミカンさんが快く案内を引き受けてくれる。
途中、城の前を通ったので羽猫を見るとやはり寝ていた。うーん、もうすぐ分身が生まれるのかなぁ。まぁ、問い質すのはその後でも良いか。
鍛冶場は恐ろしいほどの熱気に満ちていた。ミカンさんは鍛冶場の外で待ってくれている。中には入らないらしい。
鍛冶場の中に入ると一人の猫人族が近づいてきた。眼帯をした渋めの茶虎である。服を半分はだけた状態で着込み、手には金槌を持っている。鍛冶士の人かな?
「何用か」
お。いきなり魔獣が、とか言って襲いかかってこないのは好印象だな。それとも俺の存在がこの里でも有名になってきたのかな。
『初心の刀を造りに』
俺は素材を見せる。魔法のウェストポーチXL(0)からトレントの木片を、皮の背負い袋から隕鉄10個を、その場に取り出す。
「なるほど、だが作成は我らに任せて欲しい」
えー。自分で作るんじゃ無いの? 俺、鍛冶の体験が出来ると少し楽しみだったのに……。
「その体では鍛冶も難しかろう。それとな、鍛冶スキルを持っていない者にこの鍛冶場を荒らされるわけにもいかん」
ほえ? 鍛冶にもスキルがあるのか。くそう、試させてくれたら鍛冶スキルが閃くかも知れないのに――ま、そうは言っても仕方ないか。我が儘を言うわけにもいかないか。
「すぐに完成させるので外で待たれよ」
そう言うと俺は追い出された。ミカンさんと仲良く、外で待つことにする。
『ミカン殿は初心の刀は?』
「うむ。私も作って貰った。今より4年ほど前になるか」
4年前か……。侍のレベルも4年分か。結構良いレベルに上がっていそうだな。そういえばミカンさんって歳は幾つだ? まぁ、女性に年齢を聞くのは失礼だとは思うが随分と若いように見えるんだよなぁ。
「わ、私の年齢か? そ、そうですね、え、あの、はい」
うん? 慌てているのか喋りが素になってるぞ。
「今年で16になる」
なんとか、落ち着いたのかミカンさんはそう答えてくれた。にしても16歳か、随分と若いな。というか、12歳で侍のクラスを取ったの? その頃にはトレントもミーティアラットも狩れるようになっていたのか? 随分とエリート様なんだな。しかし16か……。って、俺と一回りも違うじゃねえかよ。犯罪だよッ!
しばらく外で待っていると先程の眼帯茶虎さんが一本の刀を持ってきてくれた。随分と早いな。こういうのって何日もかかるんじゃ無いのか? 実際、この風槍レッドアイだって何日もかけて作って貰ったしさ。ま、まぁ、この刀の出来よりも、これで侍のクラスを取得出来るって事の方が重要だから気にしないことにしよう。
俺は初心の刀を受け取る。
【初心の刀『氷嵐の主』】
【侍を志す者が最初に持つ刀。初心忘るべからず】
うお、俺の名前で銘が入っているよ。しかしランじゃなくて氷嵐の主なんだな。というか、武器の解説がことわざなんだが……ことわざか。
2020年12月12日誤字修正
美味しいそうに食して → 美味しそうに食して