11-22 逆転大勝利にするんだぜ
―1―
俺が立ち上がると、その横で何かを探していた巫女服の少女が近寄ってくる。その手には弓と矢が握られていた。折れていなかったか。でも、矢は一本だけか。
「探しに行っていたのか」
巫女服の少女は、その言葉には答えず、俺の腕の下に体を入れる。
「うえに上がるのは無理そうか」
俺は改めて転がり落ちてきた方を見る。そこは急斜面になっており、足を負傷した俺が上がるのは無理そうだった。
「歩くのか」
俺を支えてくれている巫女服の少女が歩き出そうとする。
「この場で救助を待った方が良くないか?」
巫女服の少女の動きが止まる。そしてため息を吐いた。いやまぁ、真紅妃を持って立ち上がっておきながらってことかもしれないけどさ。
「遭難時など、普通の時ならそうでしょう。ですが、今は、この地の魔の者たちの範囲内です」
む。そうか。
俺は巫女服の少女の肩を借り、真紅妃を杖代わりに歩く。巫女服の少女は元気そうだな。怪我がなくて何よりだ。
「お前一人なら、ここを登れるんじゃないか?」
俺の言葉に巫女服の少女は、もう一度、ため息を吐いていた。
「守るべき最重要人物を置いて、ですか」
巫女服の少女は不機嫌そうだ。あー、まぁ、杭を壊すのが目的だしなぁ。でも、助けを呼びに行くくらいなら――って、そうか。ここは敵の範囲内って言っていたもんな。巫女的な力で、それを感知したのだろうか。
「それと、私はお前ではありません。水無月巴という名前があります」
さらに巫女服の少女――巴はそう続けていた。
「巴ちゃんね」
「ちゃんではありません。安藤様といい、あなたといい……」
巴はぶつぶつと呟きながらも肩を貸してくれている。ちゃん付けが恥ずかしい年頃なのかなぁ。なら、普通に呼ぶか。呼び捨てなんて、俺の方が恥ずかしいけどさ。
ととと、それよりもだ。うん、歩くか。少し遠回りになったとしても、崖の上、道に戻るだけだ。それほどの距離ではないはずだ。
草を、積もった枯れ葉を踏みしめながら歩き続ける。巴は文句も言わず、俺に肩を貸してくれている。まぁ、俺は軽いからな!
その後も歩き続ける。
歩く。
……歩く。
……。
おかしいッ!
「巴」
俺が呼びかけると巴は嫌そうな顔を俺に向けた。近い、近いって。
「気付かないか?」
俺が再度呼びかけると、巴は何かに気付いたかのようにハッとした顔をする。そして、恥ずかしそうに横を向いていた。
俺は巴のよく分からない反応に苦笑しつつも、近くの木に真紅妃で傷をつける。
そして歩く。
しばらく歩くと、先ほど、真紅妃で傷をつけた木が見えてきた。マジかよ。もしやと思ったけど、マジかよ。
「巴、この木、さっき、俺が傷をつけた木だ」
俺の言葉に巴は驚いたように顔を上げる。おいおい、大丈夫かよ。ちょっとぼうっとしすぎじゃないか? やはり、落ちたときに怪我でもしていたのか?
「まさか、結界!?」
そして、周囲を見回す。
「結界?」
「はい。妖怪――物の怪の中には人を惑わし、今のように道に迷わせる者がいます」
巴が頷き教えてくれる。
「その手段が結界です。それらが張った結界を破らぬ限り出ることは出来ません」
いきなり妖怪に結界と来ましたか。いつから、この世界は、そんな非現実の塊になったんだか。まるで異世界に、平行世界に迷い込んだ気分だよ。でも、現実として、目の前にあるわけだからな。目を背けることは出来ないか。
「どうすればいい?」
俺の言葉に巴は困ったように首を振る。
「結界を作っている道具を壊すか、術者を倒すか」
術者って、まぁ、それが妖怪かもしれないわけか。しかし、どうやって探す?
「巴は何か見つける手段を持っていないか?」
俺の言葉に巴は弱々しく顔を伏せる。
「そうか。巴なら、と思ったけど」
が、すぐに何か決意を秘めた表情で顔を上げる。
「私が見つけます! これが魔の者の仕業であれば、感知できるはずです!」
そう言うが早いか、巴は、俺の腕の下から抜け出し、祈るようにしゃがみ込んだ。ととと、いきなり支えがなくなったら転けそうになるって。
これで――と、そのときだった。
「けけけけ、やっと気付いた? 気付いたか?」
空から謎の声がかかる。
「何処だ!?」
俺の言葉に答えるように、何も無い空間から岩の塊が飛んできた。俺は、それをとっさに真紅妃で打ち砕く。真紅妃、すっげ、岩を打ち砕いたぞ。って、いてぇッ! 俺は踏ん張る為に捻った方の足を思いっきり地面に……痛い、痛い。ぴょんぴょん跳ねちゃうぞ!
「凄い、凄い」
またも空から謎の声が聞こえてくる。
「このまま迷わせて、と思ったが、その娘、危険そうだな、けけけけ」
またも岩の塊が飛んでくる。だから、こんな1メートルくらいはあろうかって岩が飛んできたら、普通に死ぬだろうが!
それでも真紅妃で打ち砕く。うお、破片が、破片が。殺す気か! って、殺す気なんだろうなぁ。
巴は弓と矢を傍らに置き、祈り続ける。あー、こいつには破片も当たらないようにしないとな。
再度、岩の塊が飛んでくる。俺はそれを真紅妃で打ち砕き、さらに破片も打ち砕く。
「何なんだ! お前、人か?」
相変わらず、声の主の姿は見えない。
と、そこで巴が弓と矢を持ち、静かに立ち上がった。そして、目を閉じたまま矢をつがえ、どこかへと狙いを定める。
巴が矢を放つ。
矢が、弓を離れ、風を切って飛ぶ。
そして、巴の矢は何もない空間に刺さる。
その瞬間、ぎゃあああという叫ぶ声と共に、それが姿を現した。
それは木に絡みつく、巨大なムカデだった。ムカデの額には矢が刺さっている。
「しく……じりました」
しかし、巴は情けなく、弱々しく、そう呟いていた。
「殺す、殺す、殺す」
額に矢の刺さった巨大なムカデが木と木の間を行き来しながら、迫る。
俺は真紅妃による突きを放つ。しかし、額に矢の刺さった巨大なムカデは上体を起こし、それを回避する。
「届かない、届かない」
巨大なムカデが口から紫色の毒々しい液体を吐き出す。俺は、呆然とした表情で立っている巴を抱え、飛ぶ。そのまま転がる。寸前まで俺たちが居た場所に紫の液体が降り注ぐ。
紫の液体がかかった落ち葉などはジュウジュウと嫌な音を立てて燃えるように溶けていた。
「けけけけ、なぶり殺しにしてやる!」
巨大なムカデが木と木を渡りながら動く。くそ、器用に! しかし、あの高さだと真紅妃は届かないぞ。遠距離と言えば、弓だけど矢がないッ!
どうする、どうする?
「足が動く私が囮になります」
巴がよろよろと立ち上がる。
何か、ヤツを、飛び道具が、弓が、でも矢が……。
矢……?
「巴、狙うぞ」
俺は巴の体を掴まり起き上がる。
巨大なムカデが、俺たちをなぶり殺しにするようためにか、ゆっくりと迫る。
「しかし、矢が……」
「矢なら、ある!」
俺は巴の握っている和弓に真紅妃を番える。真紅妃のサイズだと番えるってよりも無理矢理、弓に絡ませているって感じだな。
「無理です、こんな」
「無理じゃない、巴なら出来る」
巴の手の上に俺の手を重ねる。狙うぜ、ぶち当てるぜ。
「おいおい、そんなの飛ぶわけがないだろ。けけけけ」
巨大なムカデは、こちらをなめたようなことを言っている。
「俺の真紅妃を信じろッ!」
その言葉とともに真紅妃が放たれる。
恐ろしい勢いで飛び放たれた真紅妃は巨大なムカデを貫き、その体を突き抜ける。
「な? 大丈夫だったろ?」
俺は巴を見て笑った。