11-21 こいつは、とんだ災難だ
―1―
修験者の格好をした大男は次々と錫杖を投げ放つ。
「そんなに投げまくって大丈夫なのか?」
数に限りがあるからな。このペースだと、この戦いで使い切ってしまう感じだぞ。
「構わぬよ。ここを抜ければよかろう、なのだからな!」
大男は笑いながら前を見据える。ここだけで使い切るつもりかッ!
「突破します! 皆さん、何かに捕まってください」
ある程度の数が減ったところで車が急発進する。
「はっはっはははっ! 頼むぞ」
修験者の格好をした大男は片方の手で車のフレームをしっかりと掴み、もう片方の手で錫杖を握る。
手足の生えたカラスのような存在は、何か石つぶてのようなものを飛ばしてくる。車が横に、斜めにと激しくドリフトしながら回避していく。お、おう、これは俺も掴まっていないと振り落とされそうだ。にしても、このカラスたちも人が変異したのか? それとも動物が変異したのか? でも、動物なら、何で俺たちを襲ってくるんだ?
修験者の格好をした大男は手を休めない。片手で器用に錫杖を投げ放つ。車は左に右にと揺れている状態なのに、ホント、器用だなぁ。
って。
車は峠道へと入っていく。おいおいおい、次の杭って山の中かよッ!
「ここからカーブが増えますからね。さらに揺れますよ!」
迷彩服の男が、風によってかき消されないよう大きな声を上げる。
「次の杭も山中なのか!」
俺も叫ぶように声を上げる。
「聞いてなかったんですか。次の杭は車道近くということで車で行くことになったんじゃないですか」
タブレットをしまい両手で車にしがみついていたゆらとが呆れたように、こちらを見て大きなため息を吐いていた。
車は、走り続け、そのままトンネルの中へと入る。
「奴ら、トンネルの中までは追ってこぬようだな」
修験者の格好をした大男が、疲れた疲れたとこぼしながらドシリと座り込む。錫杖の在庫は切れたようだ。
「でも、油断は出来ません」
巫女服の少女は、そう言うが早いか、速度の落ちた車の中、もう片方の座席を持ち上げ、その下に隠されていた弓と矢を取り出していた。おー、弓じゃん。そうだよな、飛んでいるものを落とすとなったら銃か弓だよな。錫杖で落とすのはおかしいよな!
「申し訳ありません、私は円緋様のように器用には出来ません。速度を落としてもらっても」
巫女服の少女は、その装束の上から胸当てをつけ、弓を構える。あー、確かに、こんな揺れる車の上で矢を放つって大変だよなぁ。
速度を落とした車がトンネルを抜ける。その先では、例のカラス姿の異形たちが待ち構えていた。しかし、それを読んでいた巫女服の少女が番えた矢を放つ。一矢、一矢、確実に狙いを定め放つ。
「揺れます!」
「はい!」
迷彩服の男が慌てて叫べば、巫女服の少女はすぐに反応し、しゃがみ込み車の袖を掴む。
カラス姿の異形たちは石つぶてを吐き出す。車が避ける。巫女服の少女が矢を放つ。くそ、速度を落とした分、まとわりつかれているな。
「もうそろそろポイントです」
迷彩服の男が叫ぶ。こりゃあ、俺たち飛び降りるとかしないと駄目かな?
俺がそんなことを考えたときだった。
大きく地面を揺らしながら、俺たちの目の前の地面が裂けた。
「な!」
迷彩服の男が慌ててハンドルを切る――しかし間に合わない。
目の前の地面を突き破って巨大なムカデが姿を現していた。衝撃で車が宙を舞う。な、ぬ、死ぬ。それでも、俺も、ゆらとも、おっさんも、皆が車に必死に掴まっていた。
しかし、一人だけ、対応が間に合わない者がいた。
弓を持っていた巫女服の少女が、一人、反応が遅れた。
「あ!」
その体が投げ出される。
峠道の外側、ガードレールの外、崖側に。
俺は考えるよりも先に行動していた。俺も手を離し、空中に投げ出された巫女服の少女へと手を伸ばす。
そのまま少女の体を掴み、庇うように抱え込む。
すぐに衝撃はやってきた。
俺の体が地面に叩きつけられる、そのまま滑るように、草や木々の間を縫って体が転がり落ちていく。巫女服の少女を抱えたまま落ちていく。
視界が回る。
そして、気がついた時には、すぐ近くに、心配そうにしている巫女服の少女の顔があった。
「大丈夫か?」
うん、声は出せるな。ちょっと、体が痛いくらいか?
「何を考えているんですか!」
俺が声をかけると、巫女服の少女はすぐに怒り顔へと変わった。
「杭を壊すのはあなたの役目です。そのあなたが命を投げ捨てるような……」
「無事だったからいいじゃないか」
俺が抱きかかえた巫女服の少女が暴れる。
「離してください」
あー、はいはい。って、いてぇ。何だ、足が……。
俺が上体を起こして、足の方を見る。
……。
無事か。
捻っただけみたいだな。折れたりしてなくて良かったぜ。でも、歩くのはきつそうだな。
俺は改めて崖上を見る。高い。上が見ない。結構、転がり落ちたな。いやあ、こんな高さから落ちて足を捻っただけなら幸運か。
と、真紅妃は?
俺が周囲を見回せば、俺の手が届く場所に真紅妃が刺さっていた。おー、追いかけてくれたのか、それともお前が守ってくれたのか。
とりあえず、俺は真紅妃を杖のように掴み、起き上がる。
「とりあえず杭まで向かうぞ」
はー、とんだ災難だぜ。