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むいむいたん  作者: 無為無策の雪ノ葉
11 深淵攻略
894/999

11-17 一つ目の杭、イェツラー

―1―


「俺が相手だッ!」

 俺は真紅妃を構える。

「おいおいおい、おーいおい、おーい! これだけの力の差を見て、まだやる気かよ! 餌がぁよぉ!」

 ハ虫類顔は苛立たしげに足を踏みならしている。姿形が変わっただけじゃなく、人としての常識や考え方まで変わってしまっているようだ。餌って何だよ、餌ってさー! まぁ、人としての心が残っていたら、人を食べるなんて、出来ないわな。

「俺も行くぞ」

 どこから取り出したのか、旧式の軍服の男が短刀を取り出し、斜めに構え、俺の横に立つ。

「二人は、這いつくばっている奴らのとどめを」

 旧式の軍服の男の言葉に、サングラスの安藤優と北条ゆらと少年が頷く。

「安藤さん、まずはあいつから。僕の槍を引き抜かないとね」

「へぇへぇ、だからよー、俺のことは優兄さんでいいって言ってるんだがなー」

 二人は軽口を叩き合いながら駆けていく。


「ほんとよー、お前ら、雑魚がよぉ、餌がよぉっ!」

 ハ虫類顔が吠える。


 そして、動いた。


 大きく手を引き伸ばし、周囲の異形を引き寄せる。何だ? ゴムみたいに腕がぐにゃーんと、でも、こっちを攻撃するでもなく、異形を集めて何を?


 ハ虫類顔が、その口を大きく開き、集めた異形たちを一飲みにする。って、させるかよッ!

 俺は駆け、真紅妃を放つ。しかし、それよりも早く、大口のハ虫類顔が大きく空へと飛び上がる。早いッ!

「任せろ」

 いつの間にか俺の背後に迫っていた旧式の軍服の男が、俺の肩を踏み台にして、空へと飛び上がる。ちょ、ちゃんと言えよ。肩が外れるかと思ったぞッ!

 飛び上がった旧式の軍服の男が短刀を振るうよりも早くハ虫類顔が何かを吐き出す。

「ちっ」

 旧式の軍服の男は短刀で吐き出された何かを弾き飛ばし、そのまま着地する。吐き出されたのは――骨? って、俺を踏み台にして成果なしかよッ!

 空中のハ虫類顔がくちゃくちゃと咀嚼し、何かを吐き出す。それは骨で作られた巨大な槌だった。

「たくよー、こっちが何かしているときは静かに見守れよ。ホント、お約束が分からない奴らだぜ」

 骨で出来た巨大な槌をもったハ虫類顔が着地する。


 くそ、無茶苦茶なヤツだぜ。


 ハ虫類顔が巨大な骨の槌を振り回す。ただただ、力任せに、地面を穿ち、空気を切り裂き、振り回す。触れたら、死だなぁ。なんつーか、化け物過ぎる。こんなのが現実に居るってのが、あり得ねぇッ!


 振り回される巨大な骨の槌を大きく避け、真紅妃で突きを放つ。しかし、ハ虫類顔は素早く身を翻し、それを回避する。人間の動きじゃねえよッ!

 回避したハ虫類顔を読んでいたかのように、旧式の軍服の男が待ち構えていた。そのままハ虫類顔の懐に入り、短刀を振り回す。何か特別な短刀なのか、ハ虫類顔の皮膚をスパスパと切り裂いていた。旧式の軍服の男は油断せず、攻撃しすぎず、すぐに飛び離れる。

「いててっ。って、きかねぇー! こんなのスリ傷だぜ!」

 その言葉が嘘ではないかのように、すぐに切り傷が塞がっていく。効果はあるが、致命傷にならないって感じか。


 俺と旧式の軍服の男は連携して攻撃する。


 どーも、ハ虫類顔は俺の真紅妃を恐れているのか、真紅妃だけは無理矢理にでも回避し、その隙に旧式の軍服の男に斬られている。

 うーん、キツいな。こちらが押しているようだけどさ、俺の攻撃は当たらないし、旧式の軍服の男の攻撃は致命傷にならない。そして、向こうの攻撃は一発でももらったらアウトだ。割に合ってねぇ。


 真紅妃で突きを放つ、旧式の軍服の男がハ虫類顔を斬る。先ほどまでと同じように、こちらが一方的に攻撃しているようだったが、その途中、旧式の軍服の男の動きが鈍くなってきた。肩で息をしている。そういえば、俺も、さすがに疲れてきた。いくら真紅妃が軽いって言っても、振り回していたら疲れるっての。やべぇな、ハ虫類顔は一向に疲れる様子がないぜ。


「どうした、どうした! お疲れか! こっちは、まだまだ元気だぜ!」

 ホント、卑怯だぜ!


 そして、ついに決壊した。


 旧式の軍服の男が踏み込みきれず、動きが止まる。ハ虫類顔が振り回した巨大な骨の槌が迫る。とっさに持った短刀を滑らせ身を翻し、回避する。しかし、衝撃に耐えきれなかったのか短刀が、旧式の軍服の男の手を離れ、宙を舞う。おいおい、何やってるんだよ!


「あー、あー、ついに終わりか! 粘ったなぁ、餌のくせに粘ったなぁ!」

 短刀が地面に刺さる。ハ虫類顔は楽しそうに笑い、ゆっくりと巨大な骨の槌を振り上げる。

 旧式の軍服の男は膝を付いたまま動かない。おい、何やっているんだよッ!


 俺は真紅妃を構え駆け出す。が、旧式の軍服の男は、手を伸ばし、それを否定する。そして、俺を見て、ニヤリと笑った。え、笑った?


「がっ!」

 突然、ハ虫類顔の動きが止まった。

「今だっ!」

 旧式の軍服の男が叫ぶ。俺は無我夢中で駆け、必殺の一撃を放つ。真紅妃が螺旋を描き、ハ虫類顔の体に大きな風穴を開けていた。

「な、何故だ……」

 ハ虫類顔が巨大な骨の槌を取り落とす。危ね! そんなもん落とすなよ! 潰されたら洒落にならないぜ。

「何故だぁぁぁ!」

 ハ虫類顔の背後には、地面に落ちたはずの短刀を持った男がいた。その男が短刀をハ虫類顔の背中に捻り込んでいる。それで、一瞬、動きが止まったのか。


 ハ虫類顔が白目をむき、次々とあふれ出る黒い液体を体中から吐き出しながら崩れ落ちた。体に風穴が空いたんだ、致命傷だろう。


「いやぁ、凄い槍ですね!」

 その男、額に風穴を開けた男――瓜生は、俺の方を見て笑っていた。


「なななな、何でだ? あんた、額、それ?」

 銃で撃たれて額に穴が開いていたし、腕や足は捻り曲がっていたよな、な?

「瓜生の能力だ」

 旧式の軍服の男は膝をはたき、汚れを落としながら立ち上がる。


「いやいや、能力ってどういうことだよ!」

「それは、ですねー」

「話している場合か、作戦目標を見間違えるな」

 いやいや、そうは言うけどさ。気になるだろッ!


 旧式の軍服の男は、とどめを刺す為に頑張っている、サングラスの安藤優と北条ゆらと少年の元へ歩いて行く。俺もその後を追う。その俺の横に立つように瓜生と呼ばれた男が近寄ってきた。額に風穴空いたままとか、この人、どうなっているんだ?


「初めまして、瓜生です」

 そう名乗ると、額に風穴を開けた角刈りの男は両手で顔を覆い隠し、ぐにゃぐにゃと揉み始めた。

「はい!」

 いつの間にか角刈りの男が、かわいらしい少女の顔になっていた。いやいや、そのおっさんみたいな体の上に、それを、って、え? ええー?


「百面相って分かりますー? 無形隊長の空砲にあわせて、額に穴が空いた顔に作り替えたんですよー。あの個体、銃弾は見切れていなかったようなんでー、まぁ、一か八かだったんですけど、成功して良かったですよー」

「お前が、そう簡単にやられるか」

 旧式の軍服の男は軍帽を深くかぶり直していた。

「いやいや、体は? ぐにゃって曲がってて」

「あー、体もある程度自由にー。奴らにねじ切られる前に自分で、こうぐるんと」

 そう言うと瓜生はあり得ない方向に腕を曲げていた。いやいや、無茶苦茶な人だな。


 まぁ、でも後は、巨大な杭を破壊するだけか。




―2―


 鬼にとどめを刺し、一息つく。と言っても周囲は異形の集団に囲まれたままだ。いつ、こいつらが動き出して、俺たちに襲いかかってくるか分からない。危機的状況は変わらずだなぁ。

「瓜生は休め」

「いやいやー、このフィアに囲まれた中で休めって、隊長も無茶言いますねー」

 瓜生は両手をひらひらさせて笑っている。


「瓜生さんよー」

 サングラスの安藤優が無理矢理瓜生を座らせる。

「その二人も分かっている」

「ああ、分かるぜ。瓜生さんが、空元気で、見た目よりもやばい状況だってのはな!」

 サングラスの安藤優の表情が硬い。


「分かりましたよー」

 瓜生は座り込み、そのまま動かなくなった。もしかして、結構、重傷なのか?


「さあ、あんたの出番だぜ」

「頼む」

「ふん、しっかりやってよ」

 三人が三人ともの言葉を俺にかけてくる。そうだな、そのために来たんだもんな。


 俺は真紅妃を構え、巨大な杭の前に立つ。


 さあ、行くぜッ!


 俺は真紅妃を放つッ!


 巨大な杭と真紅妃がぶつかり――真紅妃が弾かれた。え?


 もう一度、突きを放つ。しかし、透明な壁でもあるかのように衝撃が走り、真紅妃が跳ね返る。え?


 俺が巨大に杭に攻撃していることに反応したのか、周囲の異形たちが動き出す。ゆらり、ゆらりと、手に得物を持ち迫ってくる。


「おいおい、早くしてくれよ! こいつら、この数、いつまでも持たねぇ」

「だから、こんなヤツを」


 俺は真紅妃で突きを放つ。何度も放つ。しかし、巨大な杭に弾かれてしまう。同じ素材だから破壊出来るんじゃなかったのか? 何でだ?


 どうする、どうする。


 安藤優、北条ゆらと、旧式の軍服の男――三人が迫る無数の異形たちを抑える。くそ、数が多すぎる。いずれ決壊するぞ。


 何度、真紅妃で攻撃しても巨大な杭はビクともしない。こんなのってアリかよッ!


「んんー」

 先ほどまで死んだように座り込んでいた瓜生がゆっくりと立ち上がる。

「無形隊長、持ってきているんでしょ」

 真紅妃は跳ね返される。


「瓜生さん、まさか、駄目だぜ! それは駄目だぜ。確かに背水の陣だけど」

「優君、この中だと、負傷している自分が一番適任でしょ」

 瓜生は首を横に振る。その瓜生へ旧式の軍服の男が何を放り投げる。

「さすが、隊長。話が早い」

 瓜生は、その何かを受け取り、俺の横へ、巨大な杭の方へと歩いてくる。


「ごめんね、任せて欲しいなー」

 瓜生が真紅妃を握った俺の前に立つ。


 ……。


 あの巫女服たちは、俺の真紅妃以外にも杭を壊す方法があると言っていた。犠牲を、代償を伴う方法で杭を破壊できる。

 杭の素材は、この真紅妃と同じ。

 あいつら、俺と会った最初の時、真紅妃をフィアと呼んでいた。フィアって、瘴気を吸って化け物になった人々とかのことだよな?

 化け物どもなら杭を壊せる?


 ……。


 まさかッ!


「あんた、あの化け物どもの仲間になるつもりか!」

 俺の言葉に瓜生は首を傾げる。

「見ない顔だと思ったけど、もしかして民間人的な? それなら、なおのこと下がってて欲しいなー」

 瓜生は旧式の軍服の男から受け取った袋から、宝石のようなものを取り出す。まさか、瘴気の結晶か? これは、これが……。


「魔獣になるつもりか?」

 瓜生は、俺の言葉の意味が分からなかったのか首を横に振る。


 考えろ、考えろ。


 瓜生がやろうとしていることは自爆だ。多分、この杭と同じ存在に変わって、意識を奪われる前に、意識を失う前に杭と同化して自爆するつもりだ。


 考えろ、考えろ。


 瓜生はここで死ぬ運命だった? いや、運命なんて変えてやる。


 何で、真紅妃は、この杭に弾かれているんだ? 同じ素材なら、そうだよ、同じ素材なら壊せてもおかしくないんだよな?


 何でだ?


 真紅妃が弱いから? 真紅妃の力が足りない? 同じ素材で力って……いや、でも。


 俺は瓜生が持っている宝石を見る。


 ……。


 ま、ま……せき?


 そうだ、もしかしたらッ!


 俺は何かをやろうとしている瓜生の前に出る。そして、魔石を飲み込もうとしていた瓜生に――その魔石目掛けて真紅妃を放つ。

「食らえ、真紅妃」

 真紅妃が瓜生の持っていた魔石を食らう。まだ、足りないな。

「お、おい! 何をするんだよ!」

 外野が騒いでいるが、俺は無視する。それどころじゃないッ!


 俺は転がっているハ虫類顔を見る。そうだ、こいつだ!


 俺はハ虫類顔の顔面に真紅妃を落とす。

「これも食らえ」

 真紅妃がハ虫類顔の顔の中に作られていたであろう魔石を食らう。


 そうだよなぁ。


 真紅妃、お前、お腹が空いていたんだよな。空腹では力が出ないよなぁ。


「お、おい!」

 俺は全てを無視し巨大な杭の前に立つ。


 さあ、行くぜッ!


 俺は真紅妃を構える。

「真紅妃、全開だッ!」

 真紅妃が唸りを上げ、無限の螺旋を描き、解き放たれる。


 真紅妃と巨大な杭がぶつかり合う。

 激しい衝撃をまき散らし、ひしめき、唸る。

 そして、杭が、巨大な杭が、真紅妃の一撃によって――その巨体に一筋の線が走る。


 一本の線から、次々と線が増え、走り、そして、砕け散った。


 杭は砕けた。


 その瞬間、杭の上部だった部分の辺りに、何か赤い竜のような光が生まれ、そして消えた。

「あれは?」

「さあ? 吸い出していた竜脈のエネルギーが、一瞬、形を持ったのかもねー」

 瓜生は肩を竦めている。


「お、おい、杭は砕けたんだな、砕けたんだよな?」

 戦い続けているサングラスの安藤優が情けない声を上げる。

「ああ」

 俺は頷く。


「撤退だ」

 戦っている旧式の軍服の男が呟く。

「いやいや、無形隊長ー。この状況、分かりますかー?」

 瓜生は肩を竦めている。


 俺たちの周囲は異形の集団に囲まれたままだ。

「杭を壊せばおとなしくなると思ったのに!」

 短槍をもって戦っている北条ゆらと少年も情けない声を上げている。


 いやはや、杭を壊したのに、逃げ道がないとは……。


 と、そこへ、何かが疾走する音が、走る音が響く。


 それは異形の集団をなぎ払い、踏み潰しながら走ってきた。

「おいおい!」

「ああ!」

 皆が嬉しい声を上げる。


 疾走してきた装甲車が俺たちの前で止まる。そして、ハッチが開く。

「早く乗ってください!」

 迷彩服の女性の声。俺たちは慌てて装甲車に乗り込む。途中、瓜生が倒れそうになるが、安藤優と北条ゆらとが、それを支える。それを見た旧式の軍服の男は苦笑していた。


「行きますよ! 飛ばしますよ!」

 装甲車が異形の集団を跳ね飛ばしながら疾走する。頑丈だなぁ。さすがは戦車もどき。


「何故、来た?」

 旧式の軍服の男が問う。

「こちらもあれから色々ありまして、いっそ突っ込もうと」

 迷彩服の女性の言葉は暗い。


 俺たちの座席には、先客がいた。迷彩服の男性が血をにじませた包帯を頭に巻き、倒れている。まさか?

「疲れているんです。眠らせてあげてください」

 迷彩服の男は動かない。まさか、死ぬほど?


 装甲車は何かを踏み潰すように、衝撃を受けながらも動いている。その大きすぎる衝撃でも迷彩服の男は動かない。おいおいおい。


「まさか、死……」

 と、そこで、迷彩服の男が大きないびきをかいた。


 ぐおー、ぐぉー。


 えーっと。

「昨日、眠れなかったらしいんです」

 あ、はい。


「何にせよ、作戦終了だ」

 旧式の軍服の男がニヤリと笑う。

「隊長、そういうのは無事に! 基地に戻ってからにしてください」

 運転している迷彩服の女性は大きなため息を吐いていた。


 まぁ、でもさ、みんな無事で良かったぜ。瓜生って人も助けられたしさ。


 良かった、良かった。

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