11-15 ホント、よく喋るヤツだ
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駆けて、駆けて、駆け下りて――崖の半分くらいに到達したところで、勢いが止まらなくなり、俺は、そのまま飛び立つ。
まだ高い、結構、高いッ!
俺は着地と同時に、衝撃を逃すように足を曲げ、受け身を取る。足に、体に――衝撃が走る。しかし、それだけだ。出来た、なんとかなった、あっぶねぇー、死ぬかと思った。この化け物連中に殺される前に、飛び降りて死ぬかと思った。
「ひゅー、やるじゃん」
サングラスの安藤優が口笛を吹いている。
って、吹いている場合かッ!
俺の――崖を背にした俺たちの周囲には、取り囲むように異形へと姿を変えた人々がいた。何処を見ているか分からないような虚ろな瞳のまま、それでも手には、俺たちを殺す為の様々な得物を持っている。
「こいつは、本当に背水の陣だぜ」
サングラスの安藤優が、口元を引きつらせながらも、無理矢理笑っている。
「安藤優、北条ゆらと、そいつを護って突破する」
「了解」
「そ、そうだよね。元々、戦闘は、目標までの突破は想定されていたことだもんね」
旧式の軍服の男がどこから取り出したのか短銃を構え、安藤優は刃の飛び出た二本の鉄の棒を構えた。
と、そこで異形の集団に動きがあった。
ゆらゆらと揺れていた異形の集団たちが、まるで例の十戒のように二手に分かれ、道を作っていく。その道の先は――巨大な杭があった。
巨大な杭の下には、角の生えた三人の鬼が居る。
「へっ! どうやら歓迎してくれるようだぜ」
サングラスの安藤優が剣の片方を肩にかける。これは、俺たちを誘っている――んだろうなぁ。
俺たちは武器を構えたまま、異形と異形の集団の間に作られた道を歩いて行く。あの鬼、結構、背が高いなぁ。3メートルまでは行かないだろうけどさ、2メートルは確実に超えているな。それが三人か。
巨大な杭――三人の鬼たちの前につくと、頭上から声がかかった。
「へい、へい、へい! たった、これだけかよ! そんな少人数でなんとかなると思ったのかよ!」
巨大な杭の上を見れば、そこには異形のハ虫類顔が、両方の指を立て、不良みたいな格好で座っていた。こいつが――こいつも、元は人なんだよな?
異形のハ虫類顔が座った格好のまま、巨大な杭から飛び降りる。
そこへ、ぱあんと乾いた音が響いた。
ぱんぱんぱんと乾いた音が何度も炸裂する。それにあわせて飛び降りたハ虫類顔が、空中で踊るように跳ねる。ハ虫類顔の肉を裂き、吹き飛ばす。
ハ虫類顔は上手く着地が出来ず、無様にべちゃりと落下する。俺が横を見れば、旧式の軍服の男が無言で短銃を構えていた。おいおい。
ハ虫類顔がよろよろと立ち上がる。
そこへ、またも、ぱあんと乾いた音が響く。
「て、てめぇ……」
ぱあん。
「だから……」
ぱあん。
「俺の話を……」
ぱあん。
いつ弾を詰め直したのか分からない速度で短銃が連射される。
「うがあああああああ!」
ハ虫類顔が腰だめに拳を構え、気合いを入れる。それでも旧式の軍服の男は短銃を撃つが、弾き返される。さらにハ虫類顔の体内に入り込んでいたであろう銃弾がメリメリとあふれ出し、こぼれ落ちていく。
「たくよー。なめてんのか? そんな意思のこもってないような豆鉄砲が効くかよ」
ハ虫類顔の言葉に旧式の軍服の男は肩を竦めて、短銃を撃つのをやめる。
「弾道は見えていないようだな」
「あーん? 負け惜しみか? 見えようが見えなかろうが、効かなけりゃあ、意味がないだろうがよ」
ハ虫類顔が楽しそうに笑っている。しかしまぁ、この顔で、よくもまぁ、器用にしゃべるものだ。
「お前の背後に居るのはフミチョーフ・コンスタンタンか?」
旧式の軍服の男の言葉がよく分からなかったのか、ハ虫類顔が腕を組み考え込む。
「あーん? ああ、もしかして、真実を教えてくれて、俺を生まれ変わらせてくれたあいつのことか」
「その命令で杭を護っているのか?」
「あああーん? 誰が誰の命令を受けているって? イェツラーを守るのは普通のことだろうが」
こいつ、なんて言った? よく分からないことを言ったよな?
「たくよー。こっちが、こんな少人数なら、こっちじゃなくて、向こうの人員を増やすべきだったぜ」
「向こうだって!?」
北条ゆらと少年が驚きの声を上げる。
「お前らのお住まいのことだよ。どうした、攻撃されないとでも思っていたのか?」
ハ虫類顔はニヤニヤと笑い続けている。
「無形隊長、やべぇぜ!」
サングラスの安藤優の言葉を否定するように、旧式の軍服の男は首を大きく横に振り、そして息を吐く。
「大丈夫だ」
「おーっと、それは仲間を信じている的な――それとも無事だと思いたい現実逃避か?」
ホント、このハ虫類顔、よく喋るなぁ。
「おー、そうだ、そうだ。仲間で思い出したぜ。おい、連れてこい」
ハ虫類顔の言葉を受け、鬼がのそりと動く。そして、引きずるように一人の角刈りの男を連れてくる。
「こいつ、お前らの仲間だろう?」
ハ虫類顔は、ただただ、愉快そうに笑っている。
「瓜生か?」
「はは、無形隊長すまねぇ。ドジった」
腕と足が逆方向に曲がり、ボロボロの角刈りの男は、喋るのすら辛そうだった。旧式の軍服の男と角刈りの男が見つめ合い、頷きあう。
「お前らを、よー、殺すのは簡単だ。ただ、殺すだけじゃあ、詰まんねえよなぁ。なぶり、くるし……」
と、そこでぱあんと乾いた音が鳴った。
見れば、旧式の軍服の男の袖口から、いつ取り出したのか小さな拳銃が現れており、硝煙をたなびかせていた。
俺は慌てて、ハ虫類顔の方を見る。
鬼が連れてきた男――瓜生と思われる人物の額に銃弾によると思われる穴が開いていた。え? 殺した?
「お、お前! 仲間を撃ったのか! ひでぇヤツだ。最低なヤツだ」
その言葉とは裏腹にハ虫類顔は楽しそうに笑っている。
「フェイズ4個体は俺がやる。安藤優と北条ゆらとはフェイズ3個体を」
「無形隊長、任せてください。あの3体は僕たちで、なんとかします」
「へ、ゆらとも言うようになったな!」
えーっと。
と、そこで旧式の軍服の男が俺の方を見た。
「道は開く。頼んだ」
まさか、突破口を開くってか。いやいや、違うだろ。そうじゃないだろ。
俺は真紅妃を構える。
「俺も戦うぜ。これで一人一体だろ?」
たく、人質を撃つとか無茶苦茶だ。でも、そうするしか、なかったんだろうなぁ。