11-14 目標を発見、撃破せよ!
―1―
「瘴気に当てられれば、人としての性質が変わる」
旧式の軍服の男が表情を隠すように軍帽を深くかぶり直す。
「意志の弱い人はね、瘴気に犯されれば、自我を失って、生前の行動を繰り返すだけのなりそこないの生き人形になるだけだよ」
「生前?」
「生きてても死んでるようなものだよ。息を止めてあげるのは救済だね」
北条ゆらと少年は、ただ、そう嫌そうに呟くだけだ。
「ゆらと、それでも生きているんだ。だから、俺たちのやっていることは殺しでしかない。それが救いだと思うのは俺たちの思い上がりだ」
サングラスの安藤優は唇を強く噛んでいた。北条ゆらと少年は何も反論せず、そっぽを向くだけだ。殺すことが救い、か。そう思わないとやってられないんだろうなぁ。すでに俺も一人、殺しているしな……。
「安藤優、北条ゆらと、先を急ぐぞ」
「はい、隊長」
「了解」
北条ゆらと少年の――アルファの案内で山中を進む。
進んでいるのか分からない代わり映えのしない山中を、敵との接触を避けているのか、遠回りしているかのようにぐるぐると回るように歩き続ける。
黙々と道なき道を歩き――そして、サングラスの安藤優が足を止めた。
「ついたようだぜ」
サングラスの安藤優が木に手をかけ、身を乗り出す。その先は、崖のようになっており、その下に巨大な杭の姿が見えた。
巨大な杭の周辺には蠢く何かの姿が見える。結構な数がいるな、まさか、アレ、全て人か?
「おいおい、あんた、やつらに見つかりたいのか。せめて伏せてくれよ」
俺は、その言葉に素直に従い、身を伏せ、木々に、草むらに身を隠す。アレが、杭。俺が壊す目標だよな。映像と実物では、随分と……アレだ。うん、巨大だな。
人の何倍ものサイズがあるじゃないか。あんなサイズの物が俺の力だけで壊せるのか?
……。
いや、壊さないと駄目なんだよな。壊せるだろうか、ではなく、壊す、だよな。
俺の隣では旧式の軍服の男が、どこからか望遠鏡を取り出し、巨大な杭を見つめていた。ここからだと、杭の周辺にうじゃうじゃと何かがいるってくらいしか分からないからなぁ。まぁ、その中に無駄にでかいのが見えるんだけどさ。
無駄にでかいのが、周囲の蠢いているのを掴み、口に運んでいる。
「ん? 遠くてよく見えないが、アレ、何しているんだ?」
「食ってるんだろうさ」
俺の問いにサングラスの安藤優が答えてくれた。
「食う?」
「ああ。やつらは瘴気を取り込めば取り込むほど、強大に――化け物になっていくんだぜ。その手っ取り早い方法が何か分かるか?」
この流れだと、答えは――
「そうさ。瘴気を取り込んだ人間を食うのが手っ取り早いのさ。だから、奴らは人を食う」
いやいや、それって、どうなんだよ。食われてる連中が逃げてる様子もないし――って、あ! そうか。瘴気に犯された意思の弱い人間は自我を失う。よく分からないまま行動し、よく分からないまま食べられる。
最低だ。最悪だ。
「撤退だ」
望遠鏡で杭を覗いていた旧式の軍服の男が呟く。へ?
「無形隊長?」
顔を上げ、疑問符を浮かべているサングラスの安藤優に、旧式の軍服の男が望遠鏡を手渡す。安藤優が、サングラスをずらし、すぐにそれを覗く。
「な! フェイズ4!」
安藤優が驚きの声を上げ、望遠鏡を落とす。
「フェイズ4だって? アルファは認識してないよ!」
俺は安藤優が落とした望遠鏡を拾い、杭を覗いてみる。巨大な杭の上には、いつの間にか、角の生えたハ虫類顔の生物が座っていた。へ? いつの間に?
杭の上のハ虫類顔がニヤリと笑う。
「今回の軽式兵装じゃ分が悪いぜ」
サングラスの安藤優は舌打ちをしている。
「急ぎ、撤退だ」
旧式の軍服の男が外套を翻す。
「な! 隊長、アルファの反応が! アルファの目が潰されました……」
北条ゆらと少年が持ち上げたタブレットには、何も映っていなかった。
「罠、か」
旧式の軍服の男が舌打ちをする。まさか、俺たちの行動が読まれていたってこと? 昼は弱まってるんじゃないのか?
「な! な! な!」
北条ゆらと少年が慌てたように短くなっていた槍を引き伸ばし、長さを変えていた。
「無形隊長、撤退は難しくなったようだぜ。こいつぁ、背水の陣だな」
サングラスの安藤優も鉄の棒から刃を引き出し、構える。
「囲まれた、か」
俺たちの周りから、木々の間から、次々と人が――人だったものが現れる。死人のように虚ろな瞳のまま、念仏のように何かを呟いている。
「数が多いな」
旧式の軍服の男は再度、舌打ちをしている。これ、100や200じゃないよな? って、ことは、それだけの数の犠牲者が出ているってことだよな! くそ、どういうことだよッ!
「高いところは得意か?」
旧式の軍服の男は、俺を見て、そんなことを言っていた。いやいや、まさかまさか、まさかだよな!?
「撤退は撤回する。このまま作戦続行だ!」
旧式の軍服の男は、そう言うが早いか、ほぼ垂直な岩肌を滑るように駆け下りていく。いやいやいや。
「ひゅー、さすがは隊長だぜ」
それに続くようにサングラスの安藤優も崖を駆けていく。
「隊長たちと違って、僕は普通の常識人なんですからね! 崖を、ああ、もう!」
そう言いながらも北条ゆらと少年も駆け下りていく。
えーっと、俺が取り残されたんですが。
俺って護衛対象だよな?
おっかしいなぁ。
周囲の異形たちはゆっくりとした動作で包囲を縮めていく。えーっと、これ、取り残された俺がピンチなんですが……。
「おい、あんた、早く飛び降りろ!」
いやいや、飛び降りるとか余計に無理だろ。
「安心しろ、受け止めてやる」
旧式の軍服の男はニヤリと笑っているに違いない。
ああ、もうね。
俺も覚悟を決めたぜ。
野郎なんかに受け止められてたまるか!
馬や鹿だって崖を降りられるんだ。人だって出来るはずだ!
いくぜッ!
俺は、真紅妃を片手に崖を駆け下りる。うひゃー、高い、高い。早い早い。足の回転が、やべ、転けそう!