2-80 木刀
―1―
冒険者ギルドから、そのまま道場へと帰る。道場から奥の長屋風の宿泊施設へ。
「お帰り、ラン殿」
長屋にはミカンさんが居た。というか、焼き魚を食べていた。
「小迷宮の『湖に浮かぶ洞窟』に行かれていたとか、もしゃもしゃ」
こらー、食べるか喋るかどちらかにしなさい。
「それで木刀は手に入りましたか?」
うん? 木刀? 初心の刀のことかな。
「いえ、『湖に浮かぶ洞窟』と言えば木刀。あそこでは色々な木刀が入手出来ると、木刀好きな方々が良く行かれているのでラン殿もそうかと」
うん? ううん? 木刀の材料となるような木が生えているってこと?
「うむー。木の箱が無かっただろうか? その中に良く木刀が入っているという話なのだが」
へ? 盾が入っていましたよ? そっかー、普通は木刀が入っているのか。俺はラッキーだったのかな。しかし、名産品があるなら、そっちも見てみたかったなぁ。
ミカンさんは器用に箸を使って焼き魚を切り分け口に運んでいる。一口食べる度に幸せそうな顔になっている――凄く嬉しそうだな。……うん、お腹が空いたなぁ。俺の晩ご飯はどうなっているんでしょうか。というか、今更気付いたんだけど、俺ってば、ここに無料で宿泊させて貰っているが、良かったんだろうか。
「ああ、その事か。ラン殿は道場の試験を突破されているからな。身内と同じだ。気にせず泊まると良い――しかし、晩ご飯か。ラン殿が今日戻ってくるとは思わなかったから……用意が無い」
そっかー。そっかー。仕方ない、細々と干し肉と不味いパンを食すか。というか、これで保存食も最後だな。これ、意外と便利だったから常に用意しておいても良いかもしれんね。あー、後、ランタンも買わないと。
そうだ、ミカンさんにフウキョウの里にどんなお店があるかを聞いておこう。
「ふむ。雑貨屋と食料品店くらいならば」
食料品かぁ。保存食くらいは買っておくか。
「ああ。コーディ殿が運んでくれたのが、食料品店の商品だからな」
なるほど、そういった形でこの里は成り立っている訳ね。というか、すっごい気になっていたんだが、この里も、スイロウの里も、どちらも農作をしている気配が無いな。他からの輸入に頼っている感じなのかなぁ。にしても武器屋が無いのは痛いなぁ。
「武器屋はフウアの里くらいかな。ただ、この里にも鍛冶場くらいはある」
なるほど。作れ、と。そういえば侍のクラス獲得条件が初心の刀の『作成』だったもんな。刀鍛冶に初挑戦かぁ、ワクワクするな。
うーん、明日は午前中にお店を巡って冒険者ギルドでトレント討伐のクエストを受けて、羽猫に音楽の件を問い質して……みたいな感じかな。
「むう。明日は里を回るのか。よければ案内しよう」
ミカンさん、意外と暇なのか? まぁいいや、こちらとしては助かるし案内して貰おう。
『よろしく頼む』
―2―
翌朝、起きて長屋の外で待っているのだが、一向にミカンさんが来る気配は無かった。寝坊か? うーん、遅刻は減点ですぜ。まぁ、女性は支度に時間がかかるって言うしな、もう少し待つか。猫人族でも女性は女性だしな。……というか、これってデートか。マジカ。いや、こういう発想が童貞の発想なんだろうな、いかんいかん、オレハ、ウマレカワッタンダ。
まぁ、デートというか、仕事先の後輩と飯に行くくらいの感覚だよなぁ。俺なんかに恋愛感情を持つわけが無いし、と、諦めているというか、達観しちゃうからね。
などとくだらないことをぐるぐると考えているとミカンさんがやって来た。
「ラン殿、早いな。遅くなってすまない」
お、今日は町娘な格好なんだな。町娘というと何故か黄色が多いけど、アレって何か理由があるんだろうか。と、ミカンさんは薄い青の着物だけどな。かんざしなんかも付けている。そして腰には……刀が。ああ、武器は外せないよな。
「では、案内しよう」
まずは里の雑貨屋へ。
商品を物色だ。欲しいのは魔法の袋系とランタンだな。色々な種類の魔法の袋があったが、価格が金貨1枚以上からだったのが……買えないじゃん。容量に関しては贅沢を言わないから――2か3くらいでも充分だから、大きめの物が入る魔法の袋が欲しいよなぁ。魔法のポーチは余るほど手に入るみたいな話を最初の頃に聞いていたけど、高い物しか無いな。というか、最初に貰ったような小型の物が無い。うーん、そういったのは用途が限定されるから流通しないのだろうか。作成することが出来ないって話だから、この雑貨屋に並んでいるのも迷宮からの出土品だろうしなぁ。
と言うことで魔法のランタンを買おう。普通のランタンだと2560円(銅貨4枚)程度で買えるんだな。しかし、欲しいのは魔法のランタンだ。
聞くと魔法のランタンは魔石を入れることで、その魔石のサイズに応じた時間使用出来るとのことだ。魔石は現地調達が出来るし、やはり一個あると便利だよな。
このお店にある魔法のランタンは3種類しかないようだった。
一つ目は魔法のランタン。そのままズバリだな。手提げ式で、上から魔石を入れることで使用出来るらしい。明るさはそこそこ。通常の魔石一個で3日は持つ効率の良さが売りとのこと。価格は81920円(小金貨2枚)とリーズナブルらしい。
二つ目は耐魔のカンテラ。サイズは小さく、明るさも弱いが低級な魔獣を寄せ付けない光を発するとか。腰に付けて使えるのが一番大きなメリットらしい。魔石1個で1日は持つそうだ。価格は163840円(小金貨4枚)と、こちらもリーズナブルらしい。
最後は風梟の竜提灯。名前がちょっとカッコイイ気がする。竜って付くと何でもかっこいいと思えちゃうんですぜ。形は、時代劇なんかで岡っ引きの人が持っている、御用とか書かれている提灯にそっくりだな。しかもこれ、ブレス耐性があるらしい。提灯なのにブレス耐性があるのかよ、俺はそのセンスにびっくりだよ。ただまぁ、何だ、俺の手ってアレだしな。これを持って戦うのはなぁ、無理ぽ。明るさもかなり強く遠くまで見渡せる上に、中の魔石を使い切って一瞬だけ光量を上げることも出来るとのこと。つまりフラッシュグレネード的な使い方も出来るってことか。こちらも魔石1個で1日は持続するとのこと。価格は327680円(金貨1枚)と、お高いらしい。
うーん、性能だけ見れば風梟の竜提灯だよな。ただまぁ、何だ、提灯を持って歩くのか? って事が凄い引っかかるんだよなぁ。それにさ、単純に今の所持金だと買えないしね。しかしまぁ、魔法って付くと一気にお値段が上がるよなぁ。うーん、心に響く物が無いなぁ。良し、買うのは止めよう。スイロウの里で買おう。うん、そうしよう。
その後、食料品店も見てみたが、良くわからない野菜類(カボチャぽい物にじゃがいもぽいもの、にんじんぽい物だな)や生魚ばかり(先の尖ったのや剣みたいな姿の魚等々)で保存食などは無かった。うーん、生ものはまた今度だなぁ。今欲しいのは保存食だしね。
―3―
次にやって来たのは冒険者ギルドの出張所です。冒険者ギルトの出張所に向かっているとミカンさんが話しかけてきた。
「むむ。今日もクエストを受けるのか?」
はい、だってトレントを倒さないと木片が手に入らないし……。って、あー、そういえばミカンさんの今日の格好って完全に町歩き用の格好だよね。もしかして一緒に来てくれるつもりなのか……いあいあ、これは俺の事だし、外にはソロで行くよー。そんな無理にはパーティには誘わないよー。
しかし、冒険者ギルドにはトレント討伐のクエストは無かった……。無かったッ! いやね、窓口を三つも作るくらいならトレント討伐のクエストくらい常設しとけってぇの。うーん、まさか無いとは……仕方ない、普通に狩るか。となると、後は……。うん、今日この里でやりたいことは羽猫を問い質す事くらいしか残っていないな。
羽猫の乗っかっているお城へと向かう。お城の上の羽猫は寝ていた。うーん、タイミングが悪いなぁ。遠くから見ていた時点で動いていなかったし、寝てるかなと思ったけど、やっぱり寝ていたか……また時間を改めて来るしかないな。
仕方ない後はトレントをパパッと退治して初心の刀を作るかな。
「ラン殿、良ければ昼にしないか?」
あー、確かに。そろそろお昼か。
「うむ。では美味しいお店にご案内しよう」
ミカンさんに連れられて、自然の多い公園のような所へ。その中に、まるで茶屋のようなお店があった。お店の外に傘の立っている座席がある。これは今で言うオープンカフェだな。
お店側に立てかけられている白板には今日のメニューらしき物が書かれていた。
本日のメニュー
うどん:1280円(銅貨2枚)
魚団子:640円(銅貨1枚)
あら汁:320円(潰銭40枚)
焼き牙魚:2560円(銅貨4枚)
焼き剣魚:2560円(銅貨4枚)
……魚料理ばかりだな。一番注目すべきは『うどん』か。うどんって翻訳されているけれど、本当に、あのうどんなのだろうか。
「ここの名物はうどんだな。大陸から仕入れた小麦の粉を紐状にして魚のだし汁に浮かべた物なのだ」
ふ、ふーん。やはり『うどん』ぽい物か……。しかし良いことがわかったぞ。小麦粉は大陸から仕入れているのか。農業をしている感じじゃ無かったもんなぁ。この里だと魚料理が多いし漁業はやっているのかもね。
にしても焼き魚が意外と高かったのと初日に見かけた団子ぽい物が魚のつみれだったのが驚きです。……ああ、甘味が欲しいです。
ミカンさんは魚団子を2個とあら汁を頼んでいるようだ。名物はうどんと言いながらうどんを頼まないとは……。地元民だから食べ飽きているという事だろうか。
さあ、どうしようかな。