11-10 レーションってどんな味
―1―
飯か。
そうだな、飯は重要だ。
起きてから何も食べていないからな、言われてみれば、確かにお腹が空いた気がするな。
「こっちだ」
サングラスの男の案内で基地内を進む。
タープテントのような物が設置された吹きさらしの、テーブルと椅子だけが置かれた場所でサングラスの男が止まる。
「持ってくるから、待っててくれよ」
てっきり食堂とかに案内されるのかと思ったら、野外かよ。まぁ、ゾンビのような狂った人々があふれてやばくなってる時だ。贅沢を言っている場合じゃないか。
しばらく待っているとサングラスの男が大小様々な緑色の缶詰と真空パックされたかのような袋詰めされた四角い箱を持ってきた。
「箸で良かったですか?」
巫女服の少女が俺の前に箸を置いてくれる。
「あ、ああ」
サングラスの男が緑色の缶詰と四角い袋をテーブルの上に置いていく。
「どれにするよ?」
どれって、どれが何なのか分かんないぜ。缶詰なんて、どれも緑色の紙が巻いてあるだけで中身が何か分からないしさ。
「缶詰、熱くなってるから気をつけろよ」
とりあえず、俺は適当に中ぐらいのサイズの缶詰と四角い袋を取る。作務衣の男、巫女服の少女もそれぞれ選び、椅子に座る。にしても、缶詰かぁ。非常時だから仕方ないんだけど、中身が怖いなぁ。食べてはいけない物とか入ってないよな?
「ほら、缶切りだぜ」
サングラスの男が俺に四角くて小さな携帯用の缶切りを貸してくれる。俺から、先に、か。意外と気を遣ってくれてるのかな。
「ああ、すまない」
缶切りを受け取り、熱くなっている缶詰に気をつけながら開ける。
缶詰の中身は――炊き込みご飯か。普通だな。
「ありがとう」
俺はサングラスの男に缶切りを返す。サングラスの男は、いいってことよなんて言いながら小さく笑っていた。こいつ、意外と良いヤツなのかもなぁ。
四角い袋の中身は――トマトケチャップか? ミートソースというか、それだけだな。これだけでもっさり食べろって言うのか。何かにかけて食べたいところだな。
もしゃもしゃ。
割と――うむ、普通に……食べられるな。
サングラスの男が選んだ缶詰も炊き込みご飯のようだ。俺の方が鶏飯で、サングラスの男が五目ご飯かな。四角い袋の中身は肉じゃがのようだ。
巫女服の少女が選んだ缶詰の中身は――ソーセージだけしか入ってない。四角い袋の中身はクラッカーみたいだ。クラッカーとソーセージだけで充分ってことか。
作務衣の大男は缶詰と缶詰の取り合わせ。中身は白米と赤飯だな。米と米かよ。おかずとか要らないのか? と思ったら、何か黄色い四角の塊を缶詰の熱々ご飯に突っ込んで溶かしながら食べている。もしかして、カレールーか?
もしゃもしゃ。
会話もなく、一心不乱にご飯を食べる。お腹が空いていたからなぁ、まともな食事ってだけでもありがたいか。
もしゃもしゃ。
空腹は最高のスパイスだよなぁ。
もしゃもしゃ。
もしゃもしゃ。
ごちそうさま、っと。
「ところで――」
食事を終えたところを見計らったかのようにサングラスの男が話しかけてくる。何かね。
「あんたは槍を扱うようだが、どこかで習っていたのか?」
「いや、この騒ぎが起きてから初めて持ったよ」
「嘘だろ……。長年の経験に基づくような、それこそ実戦経験があるレベルだったぞ」
サングラスの男は信じられないというようにこちらを、巫女服の少女はうさんくさそうにこちらを見ている。そうは言ってもなぁ、俺も嘘は言ってないぜ。
と、そうだ。
せっかくだから聞いておこう。
「ところで、だが」
「ああ、俺のことは優でいいぜ。あんたの方が年上だしな」
サングラスの男の方が、俺からすると年上なイメージなのにさ、俺も無駄に歳を食ってしまったなぁ。いつの間にか、だぜ。
「優は――剣を使うようだが、俺と戦ったとき、最後のアレは何で途中で止めたんだ?」
そうそう、追撃があるかと思ったらなかったんだもんな。あのまま続けられてたら、最後まで技を出し切られていたら、俺、やばかったと思うんだよな。
「最後って、ああ、アレか」
サングラスの男は肩を竦める。
「あんた、槍は天才的らしいが、剣は素人だな」
む、確かに素人だけどさ。
「金属の塊の剣を振るってのは、普通の人が思ってるよりも大変なんだぜ。しかも、全力で振り切った剣の軌道を途中で無理矢理変えるなんてのは、それこそ恐ろしい力がいるぜ?」
サングラスの男は、そのサングラスを少しずらし、ニヤリと笑う。棒きれを振り回すのとは違うってことだろ?
「それに、だ。金属の刃物を使って全力で斬るんだぜ? 一撃でも当たれば、普通の人は致命傷だ。ただ振り回すのとは違うんだよ」
まぁ、そりゃそうだよなぁ。人は斬られたら死ぬ。場所が悪ければ、出血多量でやばいかもしれないし、斬られた痛みで何も出来なくなるかもしれない――まぁ、分かるよ。
でもさ――
「俺たちが相手するのは『普通の人』ではないのだろう?」
サングラスの男は俺の言葉を受け、驚いたように口を開く。しかし、すぐに首を振ってこちらを見る。
「簡単に言うなよな。俺の剣、持ってみるか?」
サングラスの男から――鞘から抜き放たれた西洋剣を受け取る。手にずしりとした重さが加わる。確かに重い。
「ちょっと振るってみてもいいか?」
「どうぞ。って、あんた、剣の握り方、分かるのか?」
何だろう、剣もそれなりに扱えそうな気がするなぁ。
剣を振るってみる。
びゅんびゅんびゅん。
「おいおい、勢い余って自分の足とか斬るなよ?」
うーん、今の俺の力だと片手はキツいなぁ。両手で持ってやっとか。でも、なんとかなりそうだな。
俺は剣を構える。
そして放つ。
横切り、
切り下ろし、
切り上げ、
切り下ろし、
切り上げ、
星を描くように剣を放つ。
そして、その星を貫くように突きを放つ。
うん、動けた。
にしても、実際に持った剣は重いな。確かにさ、このサングラスの男――優が言うように、剣を振るのは大変だ。
「な、な、な、あんた、それは!」
「優の連撃を真似てみたが、いや、確かに言うとおりだな。何もない素振りなら普通に出来ても、切りつけて抵抗のある状況なら、繋げるのは難しいかもしれない」
「いや、おかしいだろ。次をって、こういうことか。ちっ、いや、しかし――」
サングラスの優は腕を組み考え込んでいる。
巫女服の少女は驚いた顔で、作務衣の大男はにこやかな笑顔でこちらを見ていた。
まぁ、とりあえず剣を返そう。やっぱり真紅妃の方がしっくりくるな。
2020年12月13日誤字修正
トマトケッチャプ → トマトケチャップ