11-9 分からないことばかりで
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「それにしても、最初に鬼憑きの話をしていたのに、分からなかったなんて、もしかして彼は?」
獣耳の女性は首を傾げたままだ。そういえば、最初にそんなことを言っていたなぁ。
「姐さんの想像通り、素人だぜ」
サングラスのうさんくさい男が肩をすくめている。
「え?」
獣耳の女性は驚いたようにこちらを見ている。
「あの、失礼ですが、あの外見はお若く見えますが、年齢は……」
獣耳の女性はそう言うと、他のメンバーの顔を見直していた。
「なるほど。どこかで修行されていたのですね」
俺は静かに首を横に振る。修行なんてしてないよ。割と歳が行っててごめんなさい。でも、世間では働き盛りだよな? セーフだよな?
「本当に、こちら側でなかった人を? 無形隊長は何を考えているんですか?」
獣耳の女性の言葉にサングラスのうさんくさい男が大きなため息を吐く。
「そのずぶの素人に俺たち――俺とゆらと、それに巴嬢ちゃんの三人がかりで翻弄され、後で聞いた話では単独でフェイズ3まで撃破してやがるときた。とんだアマチュアがいたもんだ」
その言葉を聞いた獣耳の女性はさらに大きく驚く。
「何の冗談ですカ?」
「ふん、持っている槍が優れているだけだ」
槍を持っていた少年は面白くなさそうに横を向いている。
「本当な……のですネ。それは隊長もスカウトするわけです」
「どうやって手に入れたのか、彼は、あの杭と同じ、瘴気が結晶化した槍を持っています」
巫女服の少女はこちらを敵対視するかのようにキツい視線を送っている。
「真紅妃――それが槍の名前だ」
まぁ、真紅妃の力でなんとかなっているってのは嘘じゃないからなぁ。
ところで、だ。
「そのフェイズとやらは、何のことだ?」
俺はあんたらが言うように素人だからな。専門用語を出されても分からないんだぜ。
「私が説明します」
巫女服の少女が説明してくれるようだ。
「私たちは瘴気による浸食度の段階をフェイズと呼んで分類しています」
浸食度?
「フェイズ1は、突然、物が動き出したり、人形の髪が伸びたり、人で言えば情緒不安定になったり、攻撃的になったり、そういった一歩足を踏み入れているが、周りへの影響が小さい段階です」
いやいや、人形の髪の毛が伸びたら、その影響は凄く大きいと思うぞ。
「フェイズ2は異能の力に目覚め――突然、あり得ないような力を持つ、そんな周囲に影響が出始める段階です」
異能の力って曖昧だなぁ。
「フェイズ3は、人や動物、意思を持った物、それらが妖怪や鬼といった異質の存在に変わる段階です。人がその力に抗うのは困難でしょう」
なるほど。人が鬼に変わるような段階なのか。それでもさ、重火器でも用意すればなんとかなりそうな気がするけどなぁ。
「フェイズ4になれば、物語に出るような動く天災級でしょうか」
尾が九個ある狐さんとか、そんな感じだろうか?
「困難と言うが、普通に銃でも乱射したり、それこそ爆撃でもしたらなんとかなるんじゃないか?」
疑問に思ったら聞いてみる、だぜ。
「それが出来れば、僕たちみたいな部隊は作られていないって分からないかな」
槍を持っていた少年は呆れたような目でこちらを見ている。いや、だから、俺は素人なんだからな。知ってて当然って思うなよな。
「瘴気に浸食された存在は、それ自体が希薄となり、物理的な力は、あまり効果がありません。私たちは隠り世に――その身を置いているからでは、と考えています」
かくりよ? えーっと、あの世ってことか? つまり死者――すでに死んでいるから物理的なダメージを受けないってこと? それとも幽霊的な感じなんだろうか。
「不思議なんだけどよ、霊剣や霊刀と言った類いや祝福された剣なんかは、ある程度、効果が認められるんだよ」
うーん、そういう奴らと戦うには原始的な手段しか難しいってことか。
と、俺たちがそんな話をしていると例の旧式の軍服の男と妖しいおっさんが戻ってきた。あれ? このおっさん、いつの間に消えていたんだ? 何処に行っていたんだろう?
「あらん、みんな、何の話?」
妖しいおっさんはクネクネしている。
「この年上の新人に俺たちの敵のことを、ね」
うさんくさいサングラスの男は肩を竦めている。って、うん? もしかして、このサングラス、俺よりも年下なのか? ま、マジか。俺、ショックなんだが……。
「伝える」
旧式の軍服の男が口を開くと、皆が一斉に姿勢を正した。ん?
「北条ゆらとは俺とともに作戦会議へ」
「了解です!」
「あら、私もよね?」
相変わらず妖しいおっさんはクネクネしている。
「安藤、水無月、円緋は次に備えて待機。行動は早くても翌日以降になるだろう、体を休めておけ」
「隊長、私は?」
獣耳の女性の言葉に旧式の軍服の男は首を横に振っていた。
「雷は傷を癒やせ」
えーっと、隊長さん、俺はどうしたらいいんですかねぇ。俺、仲間はずれというか、凄い疎外されてる感じです。これでも、俺、協力しようと思っているのになぁ。俺の真紅妃が、今回の要なんでしょ?
そこで、やっと俺のことに気付いたのか、旧式の軍服の男が、こちらを見る。
「あんたもすまないが、安藤、水無月、円緋と共に休んでてくれ」
それだけ言うと旧式の軍服の男は槍を持っていた少年と妖しいおっさんを引き連れて部屋を出て行った。
「仕方ねぇなぁ、隊長さんは」
サングラスのうさんくさい男は頭をポリポリと掻いている。
「俺が休めるところまで案内するぜ。と、その前に飯だな、飯」
うーん。
これは、彼らと友好を深めろってことなのかなぁ。