11-8 何が起き始めているのか
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見ての通りというのは、頭の上の獣耳のことだろうな。長い髪で隠されて見えないが、人の耳の部分はどうなっているんだろうか? にしても、鬼憑きって何だ?
「――の区画の杭の周辺にはF.E.A.R化した人々が集まっていました」
「人のF.E.A.R化か。厄介な」
俺が考え込んでいる間にも会話は進んでいるようだ。
「はい。フェイズ2のこた……」
そこで、何故か獣耳の女性がこちらを見た。
「フェイズ2だけではなく、フェイズ3に移っている人の姿も見えました」
「数は?」
「フェイズ3の数は、まだ少ないでスね。三人しか見えませんでした」
「いやいや3体もかよー。姐さんの見間違いだと言って欲しいところだぜ」
サングラスのうさんくさい男が頭を抱えていた。
「近くで再度確認してみましたが、杭から瘴気が発生しているようには見えませんでした」
「瘴気の発生源は、あの隕石だけ、か」
「はい、そう思われまス。しかし……」
「そうねー。そうだとしたら、各地に伝染病のように広がっていることが説明出来ないわよねぇ」
妖しいおっさんと旧式の軍服の男が腕を組み考え込んでいる。
「フミチョーフ・コンスタンタンには仲間は居なかったはずだ」
旧式の軍服の男の言葉に妖しいおっさんは首を振って答える。
「事前に目をつけて調べていた訳じゃないもの。今回の事件が起きてから調べたことだもの、どうしたって見落としはあるわ。それで――あなたの姿を見れば予想できるけど、聞くわ、そいつらはどういう感じなの?」
獣耳の女性が頷き答える。
「杭を守っています。私の予想になりまスが、フミチョーフ・コンスタンタンの命令ではなく、本能でそうしているように見えました」
「杭を守る……?」
旧式の軍服の男が何かに気づいたかのように顔を上げる。
「今回は全て後手後手ね」
妖しいおっさんはお手上げと言わんばかりに手を上げていた。
「月英様、あの杭は?」
獣耳の女性は巫女服の少女の問いにも答える。
「ええ、あなたの予想通り竜脈からエネルギーを吸い上げているようね。竜脈の上につくられた、この島国ならでは、と言うところかしら」
「じゃあよー、事前に巴が予想していたように?」
「ええ、このまま吸い上げられたら、沈むでしょうね」
沈む? 沈むって、まさか、本土が沈むのか?
「フミチョーフ・コンスタンタンの狙いが見えてこないわね。本当は何を望んでいるのか? 私たちに何かを要求する訳でもないものねぇ。攻撃を受けたり、襲撃されてたりしているから、私たちが邪魔だとは思っているようだけど」
妖しいおっさんは困ったわぁと唸っていた。
ん?
「そのタンタンは、仲間が居ないんだろう? 仲間が居ないのに襲撃を受けているのか?」
突然の質問に驚いたのか、妖しいおっさんは大きく口を開けながらも、俺の質問に答えてくれた。
「そうなのよ。フミチョーフ・コンスタンタンの後ろに何者かが居るのか、現代の科学では難しい自動式の機械兵器とかに、ね。後は暴徒化した人々にも困らされてるわね」
自動式の機械兵器って、ドローンみたいな感じか? もしかすると、あの襲撃してきたガーゴイルも、そういった機械なのか?
「最後に、瓜生は?」
旧式の軍服の男の問いに獣耳の女性は一瞬言葉を詰まらせる。
「私と二夜子を逃がす為、現場に残りました」
「お、おい、姐さん、それって!」
うさんくさいサングラスの男は手を伸ばし、そのまま、その拳を強く握りしめていた。作務衣の大男は両手を合わせ目を閉じている。巫女服の少女と槍を持っていた少年は、悔しそうに肩をふるわせながら下を見ている。
「そうか」
旧式の軍服の男は、それだけ言うと軍帽を深くかぶり直していた。
えーっと、その、どういう状況だ? その瓜生って人が? 俺が事態について行けずキョロキョロと見回していると妖しいおっさんと目が合った。
「瓜生ちゃんはね、第七魔導隊のメンバーの一人で、二夜子ちゃん、月英ちゃんとともに諜報を担当してもらっていたの。フェイズ3もいるような現場に残ったのだとしたら、もう生きてないでしょうね」
まさか、仲間が死んだって、そう聞かされたのか?
場は静まりかえったままだ。
「次は来栖から情報を聞く。俺一人で大丈夫だ」
旧式の軍服の男は、そう言うが早いか、部屋を出て行った。
場が重い。お、俺は、その瓜生って人がどんな人か知らないから、なんとも言えないし、ああ、どうしたらいいんだ?
俺がぐるぐると考えていると、獣耳の女性のピクピクと動く耳が目に入った。神経が入っているんだろうか。ファッションなのかな?
「これ、気になるの?」
俺が見ていることに気づいたのか、獣耳の女性の方から話しかけてきた。気になるけど、聞いていいのか、悩むんだよなぁ。ただでさえ、今みたいな場が沈んでいる状況だしさ。
「い、いや、大丈夫です、はい」
俺の言葉が面白かったのか、獣耳の女性は小さく笑った。
「昔ね、私の祖国でね、超人兵団を作るって実験があったの。獣の耳をつければ、獣のようにいろいろな音を、遠くの音を拾えるんじゃないかって思いつきネ。耳をつけただけで、そんなことが出来る――そんな訳ないのにね。私は貧しい農村の出で、人買いに連れられて、私に選択権なんてなくて……」
いやいや、ちょっと待って、ちょっと待って、それ重い話だよね。重くなる話だよね?
「なーんてね。嘘、嘘ヨ」
獣耳の女性は舌を出し笑っていた。
いやいや、それ誤魔化した感じだよな? 実際は本当にあった話的な感じだよな? 俺は出会ったばかりであまり仲が良いわけではないが、それでも他のメンバーの顔を見る。
「嘘であってるぜ」
サングラスのうさんくさい男が肩をすくめていた。
「月英様の先ほどの話が本当なら、実際に能力を持っていることの説明が付かないです」
巫女服の少女もそんなことを言っている。
「すぐ分かるよねー」
槍を持っていた少年すら、こちらを馬鹿にしたような感じで否定している。
いや、えーっと。
「なら、何故、今、その話を?」
「沈んだ場を和ませようと?」
獣耳の女性が首を傾げながら、そんなことを言っている。
「姐さん、空気を読んで欲しいぜ」
「そうです!」
巫女服の少女は割と本気で怒っている感じだ。
「……文化の違いかしら?」
獣耳の女性は首を傾げるだけだ。
何だかなぁ。