三神殿エピローグ
やっちまったぜ。
真紅妃とスターダストを雲のような床に刺し、バラバラになった女神を確認する。
し、死んでる。
いや、まぁ、バラバラになったんだから、当然なんだけどさ。これ、グロいよなぁ。普通に考えたらグロいのは当然なんだけどさ、こう瞬殺したから、もっと綺麗になるようなイメージが、いや、グロいよな。
にしても、真天鎖剣で一撃か。さすがはよく分からないが、神に特攻を持っている武器だけはあるぜ。
そういえば白竜輪などの女神装備や八大迷宮で手に入れた迷宮王装備、取られたままだったな。でもさ、バラバラの死体から装備を剥ぎ取るのもなぁ。
「ラン、やったのじゃな」
「さすが、主殿だ」
「これで……終わりです」
「むふー、これで世界は滅びない?」
「にゃ」
「そう、か」
皆が俺の元へと駆け寄ってくる。
そうか、これで終わったのか。
何というか、流れで世界を救ったなぁ。魔王も倒してるしさ、なんだか、一通りやりきった気分だよ。
八大迷宮の『世界樹』で目が覚めたときはこんなことになるとは思わなかったな。
『帰ろう』
俺は皆に天啓を飛ばし、振り返る。
と、その時だった。
『あーあー、予想外だよ』
俺の頭の中に声が響く。な? 誰だ?
「誰だ?」
「むふー、声が!」
皆にも聞こえているようだ。
『ここでは何だからね。とりあえず、月にある私の部屋に案内するよ』
まさか、女神? でも、女神は、俺の足下でバラバラで……。
周囲の風景が変わる。
そして、俺たちは見知らぬ空間にいた。
すべてが真っ黒な部屋で、その壁や床に明滅するように赤い線が走っている。何だ、ここ?
「ようこそだよ」
そして、俺たちの前には、先程倒した女神とそっくりな少女がいた。しかし、その姿だけはよく似ているが、威厳をこそげ落とし、邪悪さで埋めたかのような印象を受ける。
『女神セラの関係者か?』
目の前の少女は、俺の天啓には答えず、こちらへと手を伸ばし、ちょっと待つように促す。そして、何か考えるように頭へと手を持っていく。
「外部記憶」
目の前の少女は空中から辞書のようなものを取り出し、ぺらぺらと捲り始める。何をしているんだ?
「ああ、気にしないでくれよ。これはね、外部記憶ってスキルでね、どーにも、私はね、長く生きすぎたからね、外に記憶を保管していないと容量がパンパンになってしまうんだよ。これが辞書の形をしているのは、まぁ、分かりやすいように気分の問題ってやつかな」
いったい、何を言っているんだ?
「ふむふむ。ああ、やはり、そういうことだったのか。生き延びていたのか」
目の前の少女は俺の方を向いて、笑う。唇の端をあげ、非常に嫌らしい笑顔だ。
少女は手を後ろに組み、ゆったりとした足取りで俺の前へと歩いてくる。
「氷嵐の主さん? それともランさんかな? はじめまして」
少女がニィと笑う。
『あ、ああ。初めまして』
俺が天啓を飛ばすと、少女は大きな声でゲラゲラと笑い始めた。
「はじめまして! ははは、初めまして! 初めましてだって!」
『何が言いたい?』
この少女は何者なんだ? 女神の関係者? この少女が真の黒幕?
「いやいや、そうそう初めましてだよね」
少女は目尻に涙を溜めながら爆笑している。何なんだ、この状況。
「さっきの戦いで面白い事を言っていたよね。えーっと、異世界から、この世界に来た、キリッだったかなぁ」
少女が腹を押さえて笑い転げている。
『何が言いたい?』
俺が天啓を飛ばすと、少女は笑うのをやめ、立ち上がった。
「あるかよ。お前は異世界にでも転生したとでも思ってるのか? 物語じゃあるまいし、異世界や転生なんて、あるかよ。馬鹿じゃねえの」
少女はこちらを睨むように見ている。
「それとも、そう思わないとやっていけなかったのかなぁ」
少女は下から俺を覗き込むようにニヤニヤと笑う。
『お前は誰だ?』
「私? 私はセラだよ。そうだね、女神セラでもいいし、ただのセラでもいいよ。セラさんって呼んでくれてもいいよ」
……セラさん? 何を言っているんだ? こいつが女神セラの本体って事か?
『つまり、お前が女神セラの本体というワケか』
俺の天啓を受けた少女は肩を竦めている。
くそ、どういうことだ。そうだ、皆の意見を……。
俺は振り返ろうとして絶句した。
皆の動きが止まっている。まるで、今、この瞬間だけ時が止まっているかのようだ。
「んー、あー、糞虫も人形も邪魔だからね。とりあえず止めておいたんだけど、何か会話する?」
その瞬間、皆が動き出した。
皆が俺の方を見て、そして少女の方を見て、何かを言っている。しかし、俺には、その言葉が理解出来ない。どういうことだ?
俺は天啓を飛ばそうとして、それが使えない事に気付いた。
「おかしいよね、さっきまでさー、世界を救いたいとか、必死に訴えていたのにさ、スキルが無くなれば、その救いたい相手の言葉も分からないなんてね。本当に救いたかったのかなぁ。ただ、力を持ったから、いい気になっていただけなんじゃないかなぁ」
目の前の少女は腕を後ろに組み、楽しそうに頭を揺らす。
「スキルも、能力も、得た物は全て没収させてもらったよー。元々、私が考えたお遊びだしねー」
目の前の少女が楽しそうに笑いかける。
こ、こいつ。
そういえば、俺の体の動きが、重い。二本足で立っているのがキツい。目の前の視界もぼやけて、な、ん、だ、と。
俺は自分の手を見る。真紅妃は……ない。スターダストもない。先程の場所で地面に刺したままだ。しかし、俺の手には、まだ真天鎖剣がある。
俺は残された力で真天鎖剣を振るう。
「おー、チェンソー、神殺し、神殺し。よく思いついたモノだよ」
目の前の少女は、おー、恐っと言いながら、ゆっくりとスキップしている。そして、俺が手に持っていた真天鎖剣は、粉々になった。何も――こいつは何もしていないのに、勝手に粉々になった、だと?
「やれやれ、やっぱり厄介だよね、こんなモノを思いつくんだからさ。ホントはサクッと殺したいんだけど、数少ない――を殺すのは、さすがに私でもねー」
くそがッ! こいつが、こいつが、この邪悪が、元凶かッ!
皆が、シロネが、ミカンが、セシリーが、ソフィアが、ステラが不安そうに、そして心配そうな表情で俺を見ている。
「だから、無限の牢獄に送ってあげる。今を無限に繰り返すといいよ」
目の前の少女はニヤニヤと笑っている。こ、こいつ。
せめてものと思い、殴りかかろうとするが、体が動かない。
「また、会えるのを待っているよ。それまでの間、ランちゃん、ぷぷ、ランちゃんの記憶を見て、ここのお人形たちと劇でもしながら待っているよ。人形劇ー。そうだねー、劇の名前は何がいいかなー」
少女は顎に手を当て、あーでもない、こーでもないと同じ場所をくるくるとまわっている。
――むいむいたん
「そうだね。芋虫が嫌いな男が芋虫になって、頑張る冒険譚で、むいむいたん。たっのしいねー」
少女は俺の顔を覗き込み、ニヤニヤと笑い続けている。
「それでは、さようならだね」
少女がこちらに手を振る。
「過去は変えられても、未来は変えられないって知るといいよ」
俺の視界がくるくるとまわっていく。何が、何がッ!
「究極魔法リセト」
.
.
.
.
.
.
.
.
全てが闇に包まれていく。
三神殿クリア
――エピローグ――
俺は、俺はッ!
……。
俺は……何だ?
と、そこで俺は気が付いた。
何だ? 白昼夢でも見ていたのか? 何だろう、凄く、とても長い夢を見ていた気がする。しかし、その内容が思い出せない。何が何やら……。
手にはコンビニで買った晩ご飯とショートケーキが入った袋を持った状態で、何で、俺は、こんな道ばたで……疲れているのかなぁ。今日もストレスが溜まる仕事だったからなぁ。後輩のあのクソは俺に絡んできて港に遊びに行くからと仕事を押しつけて、ホント、調子だけはいいしさ。って、そうだよ、誕生日前なのにさ、おかしいよな。もっと良い事があってもいいじゃん。
……。
とりあえず、家に帰るか。
もうすぐ、家だもんな。
って、アレ? 流れ星だ。おー、流れ星だ。
願い事、願い事。
――その日、世界は滅亡した。
2017年7月1日修正
天竜輪 → 白竜輪