10-59 皆を信じて戦うだけだ
―1―
目の前には黒い鎧に覆われたフェンリルだったモノ、そして周囲には、そのフェンリルと同じくらいの強さの星獣が数百。完全に俺を殺しに来ているな。
……。
俺が心配なのは、他も、他の太陽の神殿、月の神殿も、こんな感じなのかどうかって事だな。助けにいけない俺のふがいなさ、力のなさに嫌気がさすなぁ。ああ、でも、でもだ。まずは目の前の状況をどうするか、だな。
この期に及んで分身体を参戦させないなんて選択、あり得ないよな。それでも二対数百か。周囲を囲まれ、逃げ道も無し、と。これだけの集団から無傷で勝利を得るのは難しいだろうな。集団戦が得意で、ある程度の負傷ならモノともしないとなれば、《変異》スキルしか無いよなぁ。
《変異》スキル、か。
《変異》スキルのブレスなら、広範囲を殲滅出来るだろうし、今の状況にぴったりだろう。でもなぁ、《変身》スキルを使ってしまっている以上、《変異》スキルは本当に奥の手だぞ。これを切ってしまっては、もう後がない。フェンリルに左上半身が齧られた後でも《変身》スキルを使えば、元に戻ったように、いざって時の再生スキルとしても使えるからなぁ。いや――そんなことを考えている場合か。ここを乗り切れなければ、次は無いんだからな。それに俺は女神を止めに来たのであって、女神と戦いに来たわけじゃない。そうだよな?
……。
よし、使おう。
問題は、今、《変身》スキルを使っているってコトだけだよなぁ。以前だとさ、《変身》スキルを使っている状況で《変異》スキルを使うと、その負荷に耐えきれなかったのか気絶してしまったが、今の状況で、そんなことが起これば、むむむ。
今の俺なら大丈夫だと信じよう。
そうだ、この現状を打破する力をッ!
全てを殲滅する力をッ!
――《変異》――
《変異》スキルを発動させる。
その瞬間、俺の腕が、俺の足が、俺の体が、昆虫のような硬そうで光沢を持った青い甲殻に覆われる。な、何だ? 今までの《変異》スキルと感じが違うぞ!?
《変身》状態の時にあった光る粉のような翼も青い金属のようなモノに覆われる。まるで背に生えた鋼鉄の翼だ。
そして、顔もまるでヘルメットか兜でも装着するように青い甲殻に包まれる。叡智のモノクルが変化したのか、瞳の部分には赤いバイザーシールドが生まれている。
さらに首回りを守るかのように長く伸びた赤い金属布が生まれ、風も無いのにたなびいていた。
おいおい、まるで変身ヒーローみたいだな。この世界、何でもありか?
……。
いや、違うな。
俺が《変異》スキルを使う前に力を求めたからか。俺の中で強い力ってのが、変身ヒーローだったから、そうなるようにスキルが発動したのか。これが、俺の望んだ強い姿、か。我ながら子どもぽいな。
でも、それでも、この力で、この状況を打破するッ!
―2―
襲い来る集団の中を駆け抜ける。
――《エターナルブレス》――
口元に手をやり、息を吹きかけるように周囲へ凍てつく青銀のブレスを放出する。
――《アローレイン》――
サイドアーム・ナラカとサイドアーム・アマラを使いレインボウから矢の雨を降らせる。
牛のような顔をした星獣が俺の背後へと迫り、手に持った斧を叩き付けてきた。俺は、それを手甲と化した青い甲殻で受け止める。
――《回し蹴り》――
そのまま黄金妃で回し蹴りを放ち牛顔を吹き飛ばす。
――《フェイトブレイカー》――
ブレスを掻い潜り俺の目の前に迫っていた鳥のような星獣に剣形態のスターダストから、その者の運命を壊す一撃が放たれる。鳥のような星獣は描かれた星と同じように黒い鎧ごと斬り裂かれ絶命する。
――《百花繚乱》――
俺の右手方向から迫っていた一団へ真紅妃から穂先も見えぬほどの高速の突きが放たれ、それを押し返していく。
――[エルスターウィンドプロテクション]――
頭上から飛んできた無数の矢を風の防護壁で防ぐ。
――[スターアイスストーム]――
さらに遠方の集団に氷と風の嵐をお見舞いする。
俺だけでは無く、オートモードに切り替えた分身体も動く。雷霆の斧を掲げ、周囲に光りと襲撃の渦を巻き起こす。しかし、それは星獣たちが纏っている黒い鎧によって阻まれていた。分身体は、雷に効果が無いと見るや、すぐに雷霆の斧を投げ放つ。雷霆の斧はクルクルと回り、周囲の星獣たちを斬り裂いて、分身体の手元へと戻る。その後も分身体は俺を盾にするというか、俺の影に隠れながら、チマチマと周囲の星獣へと攻撃を繰り返していた。
「なかなかやるね」
戦い続ける俺の元へスターマインの声が響く。こいつ、何処にいるんだ?
「頑張っている君の為に映像を用意したよ」
その瞬間、今まで頭上に怪しく輝いていた2つの月が消え、何処かの神殿が映し出された。
「まずは太陽の神殿だよ」
まさか、太陽の神殿の状況を映しているのか?
神殿に続く道の上には何人もの倒れた人が居た。誰だ? 俺の知らない人たちだぞ? この太陽の神殿を守っていた人たちなのか? いや、でも、それにしては……。
そのまま映像が動いていく。
閉じられた太陽の神殿の門の前には、顔を伏せ、門に寄りかかるように座り込んだままのデザイアがいた。デザイアは手をだらんと伸ばし、まったく動く気配が無い。
「なんだい、なんだい、魔人族ばかりじゃないか。そう作られたと言っても、本当に女神セラ様を裏切る奴があるかい。ホント、裏切ってばかりだね」
……なんだと? あの倒れていた人々は魔人族なのか? 途中で合流して、協力してくれていたのか?
裏切ってばかりだと!? そう、仕向けたのは女神だろうがッ! 確かにさ、俺は魔人族にいい思い出がない。でもさ、そうじゃないだろうがッ! 女神に勝つ為に、最後の最後の、本当の最後の為に、そう生きていただけだろうがッ! それを、それをッ!
その時だった、俺の肩が裂け、血が噴き出す。見れば、巨大な歯を持ったカバのような星獣に噛みつかれていた。くそっ、映像に夢中になって、周囲への確認がおろそかにッ!
――《インフィニティスラスト》――
真紅妃を持ち替え、カバに大穴を開ける。受けた傷は《超再生》スキルの力によって、すぐに癒えていく。
映像は続く。
太陽の神殿の中へと映像は進んでいく。そこではジョアン、セシリー、ソフィア、ステラ、エミリオの5人が魔王と、その配下の4魔将と戦っていた。何で、倒したはずの魔王や4魔将が?
「ソルアージュも面白い事をするよね。死んだはずの存在をね、同じように作り出す事が出来るんだよ」
魔王や4魔将を復活させたって言うのかッ! いや、偽物なのか? それでも、それでも、こいつらはッ!
「おやおや、戦いに集中しなくても大丈夫なのかな?」
くそッ! こいつ、俺を惑わす為にわざとやっているな。
「次は月の神殿かなぁ」
ジョアンたちの戦いを映し出している映像の横に新しい場面が映し出される。