10-58 それフェンリルでした
―1―
『なかなかやるな』
フェンリルから念話が飛んでくる。そのフェンリルはさすがに無傷というわけにはいかず、巨体の全身に軽くない傷を負っていた。
『俺のSPを超えてくるとは、《貫通》のスキル持ちか……いや、そのスキルは持っていなかったはずだな。まさか星の属性を?』
と、そこで傷だらけの青い狼がこちらを見て笑う。
『気にするな、独り言だ』
フェンリルは青いオーラに包まれ、少しずつだが、傷が癒え始めていた。
そうか、独り言か。
ならばッ!
――[スターファイアランス]――
――[スターアクアランス]――
――[スターウッドランス]――
――[スターアシッドランス]――
――[スターアースランス]――
――[スターゲイルランス]――
――[スターライトランス]――
――[スターダークランス]――
――[スターオリジンランス]――
同じコトをもう一度だッ!
傷だらけのフェンリルの巨体を取り囲むように9本9属性の槍を浮かべる。さあ、喰らうが良い。
『同じ技とは、余り俺を舐めるな』
技? 魔法なんだがなぁ。
フェンリルの足下から黒い液体と同じような物質が生まれ、その足下へと絡みつくように伸び、周囲を旋回する。俺が放った9本9属性の槍は、その黒い液体の鞭によってなぎ払われ消滅していた。何だとッ! 何だ、その黒い液体は? って、ん?
いや、全ての槍が消滅したわけでは無かった。始原属性のスターオリジンランスだけが消滅せずに残り、フェンリルの足を貫いていた。しかし、フェンリルが気にした様子は無い。オリジンランスは見えない魔法の槍だからなぁ、それでバレなかったのか? だから、さっきの黒い液体が反応しなかったのか? それはいい。でもさ、フェンリルの反応を見るに、まったくダメージを与えていないな。喰らった事を気付かないくらいって酷い威力だ。
って、いやいや、ちょっと待てよ。
俺は赤い瞳でフェンリルを見る。間違いない。こいつのMPを削っているぞ。そうか、オリジンランスはMPを削るのか。改めて魔法の情報を読み取る。ああ、間違いないな。MPと魔素を削る魔法の槍なのか。始原の属性を得たから《変身》スキルを使った後なら使えるんじゃないかなぁ的なノリで発動させた魔法だからなぁ。まぁ、普通に発動したワケだけどさ。それに満足して効果までは詳しく見てなかったぜ。
――[スターオリジンランス]――
無色の魔法の槍をフェンリルに飛ばす。発動に気付いていないからか、回避しようともしないな。
『何をしている?』
何もしてませんよー。いや、してないように見えるから、怪しいと思ったのか?
――[スターオリジンランス]――
面白いように槍が突き刺さるな。フェンリル君、君のMP、ガンガン減ってるよ。ん? ももも、もしかして魔素を削るって、EXPを削っているのか? ここってさ、レベルがある世界だから、それを削るって……レベルドレインかッ! いや、吸ってないからドレインがつくのはおかしいか。レベルがある世界でレベルダウン効果って最強に最悪な魔法だな。俺がやられたら発狂しそうだよ。
――[スターオリジンランス]――
「その黒い液体が何なのか、気になるんだよ」
気になっているのだよ。
――[スターオリジンランス]――
そして、時間稼ぎの為に奴が食いつきそうな話題を出しながら、MPとEXPを削るのだよ。
『ほうほう、これが気になる、か。これには色々な呼び名がある。魔素、マナ、ダークマター、ふるきもの……魔法の源で有り、この世界の源だ』
なんじゃ、そりゃ。魔素は、この漂っている色の付いた靄だよな? それの大元って事か?
――[スターオリジンランス]――
会話を続けながらも始原の槍を発動させていく。地道な作業だが、これが勝つ為には重要なんだぜ。
「その力を操っているというワケか」
俺の言葉に青いオーラを纏ったフェンリルが首を横に振る。
『操っているのでは無いな。借りているのだ』
フェンリルはフェンリルで青いオーラで傷やMPを回復したいからか、俺の時間稼ぎに乗ってくる。
――[スターオリジンランス]――
フェンリルよ、完全に俺の術中だな。お前は回復しているつもりでも気付かずに削られているのだよ。
MPが0になれば昏倒するだろうし、そうすれば、コイツを殺さなくても俺の勝ちだな。何て優雅な勝利なんだ。
――[スターオリジンランス]――
と、次の槍を放ち、フェンリルを貫いたところで纏っていた青いオーラが消えた。あれ? MPはまだ残っているよな?
『お、お前、何をしたっ!』
先程までの余裕ぶった態度が嘘のような慌てた様子の念話が飛んできた。アレレ? あ。もしかして魔素を削りすぎてレベルが下がったのか? 纏っていた青いオーラはレベルに関係があるスキル? だったのだろうか。
「いや、何も?」
とりあえず首を傾げて誤魔化してみる。
『れ、レベルが。それにMPも、何をしたっ!』
かなり怒っているご様子だな。
――[スターオリジンランス]――
見えないってのは、それだけで大きなアドバンテージだな。まぁ、やっている事はとても地味な作業なんだけどさ。
『油断ならない奴め。いいだろう、もう少し侵蝕度を上げてやる』
フェンリルの足をクルクルとまわっていた黒い液体がさらに上へと絡みついてくる。そいつがフェンリルの奥の手ぽい感じだな。
と、その時だった。
「フェンリル、何を遊んでいるんだい?」
何処からか声がする。
『スターマイン様、今すぐ排除します。お時間を』
この声、スターマインって天竜族か。なんだか、フェンリルが一気に中間管理職みたいな立場に――そんな姿、俺は見たくなかったぞー。
「そうだよね。この星の神殿を守るのが星獣の役目だよね。排除? 当たり前だよね。何故、本気でやらないのかなぁ?」
スターマインの言葉を聞いたフェンリルからギリギリと音が発せられる。奥歯でも噛み締めているのか?
『しかし、それは、元にもど……』
「はい、時間切れ」
フェンリルの太ももくらいまでだった黒い液体がさらに侵蝕しフェンリルを覆っていく。
『くっ、こんな……ちっ。ラン、お前の勝ちだ』
黒い液体から逃れるように顔だけをだしていたフェンリルから念話が届く。そして、その顔すら黒い液体に包まれ、消えた。な、何が? 俺の勝ち? こいつは何を言ったんだ?
「ごめんね。わがままな使いっ走りのせいで世界の敵である君を退屈させちゃったよね。ここからが本番だよ」
外野にいた星獣たちも黒い液体に包まれていく。な、何が起きている?
「全員で相手をしてあげるからね。一人一人がさっきのフェンリルと同じか、それ以上の強さだから、飽きさせないからね」
楽しそうな子どもの笑い声が響く。こいつッ!
黒い液体が硬質化し、まるで黒い鎧を纏ったかのような巨大な狼が現れる。その瞳は赤く光り、さっきまでは当たり前のように見えていた意志の光りを感じさせない。外野にいた様々な姿をしていた星獣たちも黒い鎧に覆われた姿へと変じる。
こ、こいつ、ふざけやがってッ!