10-56 まだ隠している力がな
―1―
俺はフェンリルを吹き飛ばすように氷で作られた特大剣を横へとなぎ払う。
『やれやれ』
青い狼が、牙の生えた口を大きく開ける。その口の中にはいつの間にか丸い水晶玉のような球が収まっていた。わざわざ念話を飛ばしてくるとか、随分と余裕だな。
氷で作られた特大剣がフェンリルの直前でバラバラと分解し、消えていく。な、ん、だ、と。俺の使ったエル・アイスウェポンの魔法が解除された?
目の前の青い狼がクククと楽しそうに笑う。
『規模は違うが、前回と同じような展開か。ここからは、その続きだな。いいだろう、俺の本気、見せてやろう』
青い狼が吠える。
そして、青い狼が光に包まれ、その姿を変えようとしている。まさか、俺の《変身》スキルみたいな感じなのか?
光が大きく膨らみ弾ける。中から現れたのは、さらに巨大化した青い狼だった。で、でけぇ。10メートル……いや、20メートルクラスか? 俺なんて丸呑みで、一飲みなサイズだな。
青い狼が吠える。その咆哮だけで周囲の空気が弾け、俺は吹き飛ばされそうになる。
『これが、俺の真の姿だ』
わざわざ、人の生活にあわせる為にサイズを変えていたとでも言うのかッ! って、そんな想像を勝手にしてみてなんだけどさ、凄く当たってそうな気がする。
でもさ、大きくなったって事は、それだけ鈍重になってるだろうし、的が大きくなって攻撃が当てやすくなるって事だよな? よ、よし、前向きに考えよう。
目の前の巨大な青い狼が首を傾げる。
『お前、まさか、俺がただ、大きくなっただけとは思っていないだろうな?』
はい、思ってました。思ってましたー。やはり、何か秘められた力があるのか、あるのかよッ!
『違うのか?』
俺の天啓に巨大な青い狼が笑う。その漏れた吐息だけでこちらは吹き飛ばされそうだぜ。
『いやいや、その通り。単純に大きくなり、その分、早くなっただけだ。しかし、この体格差はそれだけで致命的だと思うがな』
巨大な青い狼から念話が飛んでくる。その瞬間だった。
俺の左手から上が食いちぎられていた。へ? あ、あ、ああああッ! 痛い、痛い、痛いぞ、こんちきしょー、見えなかったぞッ!
真紅妃もスターダストもサイドアームに持たせているから無事だったけどさ、それだけは良かったけどさ、俺の左上半身が吹き飛んでんだぞ。今、こいつ、どう動いた?
『噛み殺したつもりが、どうやったのか上手く避けたようだな』
青い巨大な狼が食いちぎった俺の左手をべちゃっと吐き出す。い、芋虫の味はお気に召さなかったかね。
狂戦士のクラスで取得した《再生》スキルのお陰か、俺の左手はしゅわしゅわと煙を立てながらゆっくりと再生を始めている。《超再生》スキルと比べたら、ホント、ゆっくりだな。これは回復が追いつかないな。
青い巨大な狼の口から水で作られた巨大な剣が生まれる。そして、それをこちらへ、なぎ払うように斬り付けてくる。
――《永続飛翔》――
俺はとっさに《永続飛翔》スキルを使い空へと逃げる。しかし、それを待っていたかのように水で作られた巨大な槍が俺を取り囲んでいた。
――[ウォーターミラー]――
俺はとっさに前方へと水の鏡を張る。前から飛来してきた水の槍は水の鏡に突き刺さる。しかし、庇いきれなかった背後からの水の槍が俺を貫く。ぐ、ぐはっ。
水属性の魔法のはずなのに、吸収も無効化も出来ないッ! いや、軽減されているようだから、無駄では無いのだろうが、何故だ、何がッ! この理由を調べた方が……くッ!
水の槍で撃ち抜かれ、《永続飛翔》の効果が切れ、空から墜落する俺を、巨大な狼の口が待ち受けていた。こ、こいつッ!
俺の意志を無視して足の黄金妃が動く。一瞬だけ滞空し、迫る巨大な口を避け、その狼の眉間を蹴り飛ばし、そのまま飛ぶ。ナイス、黄金妃。
そして、俺は石のようなモノで作られた舞台の上に着地する。一瞬でズタボロにされたな。くそ、こいつ、強いなぁ。強いなぁ。お前も充分、世界の敵がやれるんじゃないか?
ああ、もう分身体を参戦させるか?
この舞台の上に立っていないからか、敵として認識していないようだからな。俺も、何か格好つけて分身体を参戦させてなかったけどさ、いや、でもさ、負けたら洒落にならないしなぁ。いやいや、それは格好悪いよな。うん、最後の最後、どうしようも無くなったときだ。
『少し、待て』
俺は天啓を飛ばす。すると俺の背後、俺に吐息がかかるような距離で何かの動きが止まった。うへ、真後ろまで来ていたのかよ。あぶねぇ、あぶねぇ。
『命乞いか?』
巨大な青い狼の吐息が俺にかかる。
『いいや、お前が真の姿へ変わったように自分も変身しようと思ってな』
俺の背後の青い狼から笑い声が漏れる。
『奥の手……か。させると思うか? 瞬時に使えず隠し持っている力――程度が知れるな』
いやいや、俺の《変身》スキル、結構凄いんだぜ。絶対、驚くから。
『強いモノと戦いたかったのではないか?』
『時と場合によるな。スターマイン様や女神様のことが無ければ待ってやってもよかったんだがな』
ホント、意地悪な狼だぜ。
『と、わざわざ会話に乗ってやったんだ。準備は出来たか?』
あ、いえ、すいません。時間稼ぎだと思われたかー、いやいや、こうスキルを使わないとダメだからさ、えーっと……。
――[エル・アイスウォール]――
――[エル・アイスウォール]――
――[エル・アイスウォール]――
俺は自分の周囲を覆うように氷の壁を作る。しかし、こんな壁、すぐに壊されてしまうだろうな。
――[アイスコフィン]――
俺は、俺自身に氷の棺の魔法を使う。俺の体が氷の棺に納まり、その棺がサイズを小さく変えていく。これで何とか防御壁代わりになるはずッ!
――《変身》――
その閉じようとしている氷の棺の中で、俺は繭に包まれていく。ああ、一瞬で変身出来たら、こんな面倒なことをしなくてもいいのになぁ。ここを、このタイミングで襲われたら一発でアウトだからな。
このフェンリル、変身中は襲わぬ、みたいな殊勝な事はこいつ絶対に言わないだろうしさ。ああ、今も繭の外からガリガリと何かが削られている音がするぅ。
ま、間に合えー。