10-53 星の神殿の前には奴が
―1―
黒い液体の海を《永続飛翔》スキルで飛び抜けていく。黒い液体の海がうねり、まるで生きているかのように襲いかかって来る。俺はそれらを飛び抜け回避する。何というか、火の輪くぐりを行っている気分だよ。
途中、伸びてきた黒い液体が千切れ、鳥のような姿へと変じ、こちらへと襲いかかって来る。
――[エル・アイスランス]――
氷の槍を生み出し、黒い液体で作られた鳥を撃ち落とす。しかし、その側から次の黒い液体が鳥へと姿を変えていく。何というかキリが無いというか、単純に面倒だなぁ。かなりの速度で空を飛んでいるから、黒い液体に飲み込まれる心配は殆どないし、黒い液体が変化して襲いかかって来る魔獣モドキも、今の俺からすれば苦戦するほどでもない。早く神殿に着かないかなぁってなもんだぜ。
でもさ、これ、俺だからいいようなモノで、他のチームは大丈夫だろうか? ジョアンのチームはエミリオがいるから、最悪、エミリオに乗って移動すればいいんだけどさ、問題は14型だよなぁ。まぁ、でも14型だからな。何か不思議な力で何とかしてそうな気がするな。まぁ、ここだけが特殊で、他の場所はもっと違う環境かもしれないし、うん、きっと大丈夫なはずだ。それに、どうしても不安だって言うなら、フミコン通信機で聞いてみれば良いわけだしな。向こうも困ったら通信してくるだろう。やはり通話が出来ると便利だな。まぁ、俺は喋れないから《変身》スキルを使うか、分身体を介すかしないとダメなんだけどな。
――[エル・アイスランス]――
――[エル・ファイアランス]――
あー、油断すると黒い液体からうじゃうじゃと魔獣モドキが生まれているなぁ。それほど強くないのが救いだけどさー。
もしかして、この黒い液体が厄介だから、あの門で封印していたのかなぁ。でもさ、八大迷宮を攻略しないと開かない仕組みなんだろう? それは逆に半端なモノを入らせないようにしている感じだよな。でもさ、月の神殿に向かう地下世界の入り口を守っていた6型はさ、『この世界の過去の遺産を封じている』って言っていたよな? 矛盾するんだよなぁ。
それに月の神殿は冒険者ギルドのグランドマスターをしていたルナティックが居て、外とやり取りをしていたみたいだし、そこに居るのは14型や6型と同じ戦闘メイドたちだ。うーん、辻褄が合わないなぁ。
でもさ、メイドたちもそうだけど、八大迷宮が攻略し終ええるまで、本当に封じられていたかのように、表だっては干渉してこなかったよな? あいつらが目に見えて動くようになったのってさ、やはり八大迷宮の攻略が終わってからだし……うん、謎だ。
まぁ、考えても分かんないモノは、どれだけ頑張っても時間の無駄でしかないな。今はやるべき事があるんだ、考えるべき時では無い。
―2―
《永続飛翔》スキルで黒い液体の海を飛び続け、やがて3つの神殿が見えてきた。黒い液体の海に浮かぶような姿で無数の柱が立ち並ぶドーム状の神殿が3つ連なっている。これが太陽、月、星の神殿ってワケじゃ無いよな? 多分、中央の一番大きな神殿が本殿だろう。となれば、左右の2つは何だろうな? まさか、そこのボスを倒さないと中央の神殿への道が開かないとか、そんな事は無いよな?
まずは分身体1号を本殿の前へと降ろす。敵地だからな、まずは分身体で先行して、と。
その瞬間だった。
分身体1号の足下の影から巨大な両刃の剣が生まれ、その体を貫いた。分身体1号は、その一撃に耐えきれず、そのまま消滅する。えーっと、不意打ち?
そのまま影から巨大な両刃の剣が持ち上がり、青い狼の頭が生まれる。影から這い出すように巨大な両刃の剣を咥えた青い狼が現れた。まさか、あの闘技場で戦った星獣のフェンリルか?
大きな青い狼が両刃の剣を咥えたまま器用に吼える。間違いなくフェンリルだよな? こいつ、こんなところで――いや、星獣なのだから、正しいのか。この星の神殿を守っているから星獣なんだからな。
青い狼がこちらを見る。にしても、一撃かよ。今の分身体1号は、いっつも、いっつも、いっつもッ! 一撃でやられているから、弱そうに見えるけどな、俺の半分くらいはSPを持っているし、俺の半分くらいはMPもあるんだぞ。それを一撃とか。俺でも一撃だったって事じゃ無いかッ!
『よう、ラン。久しぶりじゃないか。相も変わらず弱っちそうな情けない魔獣の姿だな』
目の前の青い狼から念話が飛んでくる。間違いなく、フェンリルだな。
『久しいな、フェンリル』
にしても、どうやって現れた? 気配は感じなかったし、今も線が見えない。最近、この叡智のモノクルの線でモノが見える能力が役に立ってないなぁ。
『ほうほう、俺の名前を覚えていたか。殊勝な奴め』
青い狼が両刃の剣を咥えたままニタリと笑う。あの両刃の剣も鑑定出来ないし、女神の不思議な力でも働いているのか。まぁ、いい。
――《二重分身》――
俺の目の前に雷霆の斧を持った分身体1号が現れる。まずは分身体を復活させないとな。
『ラン、覚えているか?』
目の前で復活した分身体1号には目もくれず、念話が飛んでくる。さっき倒したのが、すぐに復活したんだからさ、少しは驚いてくれてもいいじゃないか。
『俺は言ったよなぁ。次は片手落ちのお遊びでは無い、魔法有りの本気でやり合うってな』
言ったか? 覚えてないなぁ。
『今がちょうど良い、決戦の舞台じゃないか!』
目の前の青い狼は心底楽しそうだ。この戦闘狂め。