10-50 帝都の決戦を後にして
―1―
「芋虫、俺が目をかけてやったのに、その恩を仇で返しやがって」
フロウは手首をパキパキと鳴らしながら怒っている。
『トップが自らお出迎えとは恐れ入る』
「言うじゃねえか」
フロウさん、額に青筋が浮いているぜ。
「ランの旦那」
キョウのおっちゃんが俺の前に出る。
「雑魚はどいてろ」
フロウが大きく腕を振り払う。
「お前が自ら出てきたのは失敗だと思うんだぜ」
キョウのおっちゃんは挑発に乗らず、静かな細い瞳でフロウを見つめる。
「雑魚がよぉ、フー家の雑魚がよぉ! 見逃してやっていた事も分からなかったような雑魚が偉そうによぉ!」
フロウが拳を構える。
「帝都に災いをもたらす者は斬らねば、のう」
剣聖のじじいも剣を構える。
「ジジジ、その胸借ります」
ソード・アハトさんも手に持った4本の剣を構える。
「得物は優れていても、使い手はまだまだに見えるんじゃが」
剣聖のじじいは剣に手をかけたまま、首を傾げる。
「ジジジ、そう言いますな。その分、この数でカバーしますから」
そうだよな、蟻人族のように複数の手があればさ、その各手に武器を持って戦えるもんな。戦う事に関しては有利なはずだ。
「ちっ。こいつらが敵、か。外のヤツらを相手するより、余程、面倒だな」
バーン君が赤と紫に輝く剣を構える。そして、分身体2号も皆を守るように盾を構えていた。
ここは、そうだよなぁ。
「ランの旦那、時間が惜しい。ここは俺たちに任せて欲しいんだぜ」
まぁ、キョウのおっちゃんならそう言うよな。俺たちの目的はこいつらを倒して帝都を取り戻すことじゃない。下手に俺が戦いに参加して、こいつらに時間稼ぎへと走らされたら――そうなんだよな。いくら、俺が強くなったと言っても、こいつらを瞬殺出来るほどだとはうぬぼれていない。それに、俺は皆なら勝てると信じているからな。
「逃がすと思っているのか?」
フロウがこちらへと殴りかかってくる。それをキョウのおっちゃんが手に持った短剣で防いでいた。
「思っているんだぜ」
キョウのおっちゃんがニヤリと笑う。ああ、任せたからな。
「フロウさんよ、俺には分からないんだぜ。大貴族だったあんたが、何で、何の為に、こんなことをしているのか、俺には分からないんだぜ」
「何を、何を、何をっ! 何を言ってやがる」
フロウがキョウのおっちゃんを力一杯に叩き付け跳ね飛ばす。
――《飛翔》――
俺と分身体1号は《飛翔》スキルを使い飛ぶ。
「行かせぬ」
そこへ、剣聖のじじいが動く。
「ジジジ、あなたの相手は自分が」
しかし、その前にソード・アハトさんが立ち塞がる。
「今度は腕1本では済まぬぞ」
俺は皆を信じて飛ぶ。
かつての自分の家へ、自分が作ったノアルジ商会の始まりの場所へ。
―2―
人の気配がない帝都の町並みを飛ぶ。やがて、大きな建物が見えてくる。かつてのノアルジ商会だ。
ここを、ここにあった家をフロウに貰ったんだよな。フロウは地下世界のことを、女神の事を知っていたんだろうか。持ち主が知らないわけがないよなぁ。
それにあいつの元には星獣のフェンリルもいるはずだ。闘技場で戦った恐ろしい力を持った星獣、フェンリル。あいつはどうしているんだろうか。星獣として女神に力を貸しているのだろうか。
大きな建物、かつてのノアルジ商会の本社前には一人の女性がいた。鳥が服を着たような梟顔の女性。その女性が、こちらに気付き、大きく頭を下げる。
「ラン様、お帰りなさいませ」
以前、ノアルジ商会で受付をやって貰っていたユエ・メイシンさんか。そういえば、彼女は、ここに残っていたんだよな。
『ああ、ただいま』
俺の天啓を受けた梟顔の女性は驚いた様子で顔を上げ、そしてゆっくりと微笑んだ。
「ラン様、お時間がありません、こちらへ」
そして、すぐに、その梟顔を引き締める。お、おう。
分身体1号とともに商会の敷地内へと降り、そのまま建物の中へと入る。
梟顔の女性、ユエ・メイシンの案内で勝手知ったる建物の中を上へと上がっていく。あれ? 何で上に? 俺の目的は地下世界に向かうことなんだけどなぁ。
そして、彼女が1つの扉の前で止まる。
「この中でお待ちです」
この中で、誰が?
まぁ、入ってみれば分かるか。
分身体1号に扉を開けて貰い、中へと入る。そこに居たのは……、
「待っていました」
疲れ切った顔のフエだった。俺の商会を乗っ取ったんだから、居るのは当たり前か。フエは帝都の人間で、俺のノアルジ商会には顧問として来てくれていただけだったんだよな。鍛冶でフルールを補佐して、で、そのフエが俺に何の用だ。
「下の扉を開ける為の鍵です」
フエが壁に掛かっているカードのような物を指差す。カードキー? って、もしかして、以前フルールが作った地下世界からあふれ出す魔素を封じている扉、アレに鍵がかけられているのか?
「鍵無しで下の扉を開けば罠が作動します。それは今のあなたでも危ないものでしょう」
だから、メイシンさんは俺をこっちに案内したのか。
「気をつけてください。そして急いでください。その鍵を取れば、兵に連絡が行くようになっています」
なるほど、それは急いだ方がいいな。
『フエ、何故、味方してくれる?』
俺の天啓を受けたフエは大きくため息を吐いていた。
「俺は楽しかったんですよ」
そうか。そうか。俺も楽しかったよ。
『鍵を取ってフエは大丈夫なのか?』
「やって来た兵には無理矢理奪われたと伝えておきます」
はは、それなら大丈夫か。
これも縁なのかなぁ。
まぁ、女神の事が片付けば、皆で、また楽しくやれるはずだ。
すぐに解決してやるぜ。
2018年5月27日修正
獲物は優れていても → 得物は優れていても