10-38 これが、使命なのです
―1―
紫炎の魔女が偽物だった。
突然の事態に誰もが茫然自失といった状態だ。当然だろう、俺の見た限り、性格も行動も間違いなく紫炎の魔女だったんだから。それが偽物なんて思いつくか? 女神側がこんな手の込んだ事をやってくるなんて思わないじゃないか!
しかも逃げられてしまうなんて……。
紫炎の魔女の偽物の姿は何処にもない。
「マスター、まだです!」
14型が叫ぶ。いやいや、14型さん、まだ終わってないって励ましてくれるのはいいけどさ、これ、結構、落ち込むぜ。
14型が俺を見る。
ん?
まさか?
――《剣の瞳》――
放射状に波が広がる。しかし、反応はない。ほらな? 俺の場合は線が伸びているかどうかで調べられる物というか、人や物の確認が出来るからさ、それが無い時点で無駄なんだよなぁ。万が一と思って《剣の瞳》スキルを使ってみたけどさ、結果は同じじゃん。
女神側の敵だもんな、転送アイテムか何かで一瞬にして逃げられたのかな?
「マスター、右斜め45度です」
いや、分かんねぇよ。45度でどれくらいだ? というか高さは? で、それが、何だって……いや、14型はッ!
――[エル・アイスランス]――
木の枝のように尖った氷の槍が皆を乗り越え、何も無い空間へと吸い込まれる。当たり前だが、何の反応もない。
しかし、14型が飛ぶ。机を乗り越えるように大きく飛び、何かを掴み、地面へと叩き付ける。
そして、そのまますぐに、それへと覆い被さり、馬乗りで押さえ込む。それは14型と同じようなメイド服を着た少女だった。
「な、な、な、何故、分かったぁ!」
メイド服の少女が叫ぶ。
「14型、あんた、探知系は何ももってないはずじゃん! なんで、何で!」
14型が大きく拳を振り上げる。
「探知です」
14型の言葉を聞いたメイド服の少女は大きくまばたきする。
「ま、まさか6型αの力を取り込んだの!? それが最終型の力だっていうの!?」
メイド服の少女が両手で顔をかばう。
「ま、まさか、私を殺さないよね? 姉妹じゃない? 同じナンバーズの仲間じゃない、殺さないよね?」
それを聞いた14型は大きくため息を吐く。そして、一気に拳を振り下ろした。
「嘘、嘘、嘘、嘘、嘘!」
14型の拳がメイド服の胸元を斬り裂き、その中から黒い金属で作られた明滅する金属の球体を引きずり出す。
「あ、あ、ああ! 止めて、死にたくない、死にたくないよぅ、こんなヤツに……助けて、ゼロ姉!」
そこで14型が口の端を上げ、気持ちよいくらいの笑顔を作る。
「大丈夫なのです。あなたの記憶は私が引き継ぐのです」
14型が黒い球体に絡みつく金属の管をブチブチと引き千切り、メイド服の少女の体内から、それを引き抜く。
その瞬間、メイド服の少女の動きは止まった。
14型が取り出した黒い球体を飲み込む。あ、やはり飲み込むんだ。
そして、立ち上がり、俺の方を向いてお辞儀をする。
「マスター、まだ主な情報は敵に渡っていないようです。厄介な模擬を持った11型をここで仕留められたのは大きいのです」
この子が11型か。14型と同じ機体だよな?
『14型、同型の……』
「敵です」
俺の天啓を遮るように14型が笑顔で答える。
『いや、おま……』
「敵です」
14型は極上の笑顔だ。
まぁ、14型とこのメイドロボたちの間に何があったか知らないけどさ。女神の居る場所で出会ったときも14型が機械とは思えないくらいに感情を剥き出しにして激昂していたもんな。
「マスター、鉱石です」
14型が11型の体からラナジウムぽいものを取り出す。
あー、うん。お前がいいなら、いいんだ。まぁ、ラナジウムが女神の手に渡らなくて良かったよ。これは、本物の紫炎の魔女に渡そう。
―2―
グレイシアの王城近くまでセシリー率いる神国の軍隊がやって来た。あー、やはり、あの分身体の魔法から抜け出したか。分身体の反応が消えているし、完全にやれているよなぁ。さすがはセシリーとジョアンってとこか。
そして、俺は、その軍隊を見て驚いた。
先頭を歩いているのはセシリーだ。そして、その隣には、何故か紫炎の魔女がいた。
へ?
あ、あいつ、裏切ったのか!?
いや、裏切ったというか、元は神国側で天竜族なんだから、表変えったというか……。
セシリー率いる神国軍が、外壁前で止まる。そこで陣を張るようだ。
そして、セシリーの横を歩いていた、紫炎の魔女が、そのまま俺たちの方へ、グレイシア国側へと歩いてくる。えーっと、まさか、こちらに魔法でも放ちに来るのか?
紫炎の魔女はてこてこと外壁まで歩き、そこで立ち止まった。
『ラン、いるんだろう? 入れてくれ』
そして、何故か俺に念話が飛んでくる。えーっと、あ、まぁ、どうぞ、自由に入ってくれ。
紫炎の魔女は、グレイシア国内に入り、そのままむすっとした表情で俺の前まで歩いてくる。え、えーっと。
『捕虜になっていた。今、解放された』
お前……。にしても、よく解放してくれたなぁ。
『何処かの誰かが置いて行くからだ!』
そして、こちらを睨む。いや、あの、はい、すいません。
と、そうだ。
『戻ってすぐで申し訳ないが、このルールブックをセシリア女王に渡してくれないか?』
俺の天啓を受けた紫炎の魔女は信じられないモノでも見たと言わんばかりの表情でこちらを見る。
『お、お前! 私は、今……』
俺はラナジウムを取り出し、紫炎の魔女に差し出す。
『報酬だ』
俺の天啓よりも早く紫炎の魔女がラナジウムを取る。そして、空にかざしたり、硬さを確かめたりしていた。
『今回だけだからな』
紫炎の魔女は、そう念話を送り、そして、こちらへと表情を見せないように腕を組んで横を向いていた。何だ、本物も同じような反応じゃないか。