10-33 帝国と戦う準備をする
―1―
コンパクトを開けると周囲の景色が変わった。そこはもう、いつもの見慣れた屋上だ。人数が多くても安心安全大丈夫だな。
ただ、これだけ人が多いと、いくら屋上が広くて、まだまだ余裕があると言っても圧迫感が凄いな。人が多いのは得意じゃないし、逃げだそう。そうだよ、キョウのおっちゃんが点呼を取っている間にすたこらさっさだぜー。
城内に戻る。
うーむ、どうしようかな。とりあえず城外に造られた訓練場に行ってみるか。そこでソード・アハトさんたちが対帝国の準備をしているはずだからな。帝国軍が動き始めたという情報はさすがにソード・アハトさんたちにも行っているだろうしね。行ってるよな? さすがにキョウのおっちゃんにだけ連絡が入って、一番矢面に立つソード・アハトさんたちに連絡が行かないとは考えにくいし、通信係の誰かさんが忘れていても、キョウのおっちゃんがソード・アハトさんには連絡しているだろうからな。まぁ、トップである俺には何の連絡もないんだけどな! いつも無いんだけどな!
皆が自分たちで何とかしてしまって、俺を頼ってくれません!
「虫、邪魔」
俺の後ろから声がかかる。あー、これは紫炎の魔女さんですね。あ、そうだ。
――《魔素操作》――
《魔素操作》スキルを使い、周囲の魔素を変化させていく。
「だから、邪魔……何をしている?」
俺の頭越しに紫炎の魔女が、俺の手の中を覗き込む。まぁ、待ってなって。
9色全ての魔素を集め、圧縮し、鉱石に作り替えていく。
はい、ラナジウムぽいもの完成!
『ラナジウムという名前の鉱石だ』
俺は振り返り、紫炎の魔女にラナジウムぽいものを見せる。
「む」
紫炎の魔女は大きく下がり、そして遠目だが、興味深そうにラナジウムぽいものを見つめている。
『上手く扱ってくれ』
俺はそのまま紫炎の魔女にラナジウムぽいものを渡す。確か、紫炎の魔女も魔法具や装飾品を作るとかってことで鉱石を欲しがっていたよな。こういう珍しい鉱石なら喜ぶんじゃないか?
「あ、ありがと」
紫炎の魔女はラナジウムぽいものを受け取り、それだけ言うとフードを深くかぶりそっぽを向いた。はいはい、良かったな。
さあて、ソード・アハトさんのところに向かいますか。
―2―
城外に出ようとしたところで、意外な人物に出会った。
「ちっ。こんなところで会うのかよ」
それはバーン君だった。あれ? 迷宮都市の冒険者のバーン君が、何で、こんな場所に?
『バーンじゃないか』
俺が天啓を飛ばすとバーン君は露骨に顔をしかめた。
「ちっ、芋虫が俺様を呼び捨てにするんじゃねえよ」
はいはい、相変わらずだなぁ。と、バーン君と長話をしている場合じゃないからな。
『すまぬ、バーン。急いでいるので、積もる話は後にしよう』
「ちっ。おい、お前と積もる話なんて、いや、待て、おい、ノア……」
まぁ、バーン君が何の為に、この国に、この城に来たのか知らないけどさ、もしかすると世界の敵を倒して名を上げようってつもりかもしれないけどさ、まぁ、何にせよ、後、後。俺は迫り来る帝国軍を何とかしないとダメだからな。後でしっかり構ってあげるから、待ってろよ。
城外に出て、しばらく進むと塀に囲まれた広場に出た。
そこではソード・アハトさんたち蟻人族を中心として武具や荷物の確認を行っている集団がいた。
「ジジジ、ラン王か」
ソード・アハトさんが真剣な表情でこちらへと歩いてくる。えーっと、真剣で深刻な表情だよな? 多分、そうだよな?
『帝国軍だな?』
俺の天啓にソード・アハトさんが頷く。
「ジジジ、動きが速い。通信の内容では、3日後にはここまで到達するとのことだ」
うお、本当に早い。何か移動用の魔法とか、そんな感じのものを使っているんだろうか? 予想以上だな。予想以上にこちらの余裕がないな。
「今、急ぎ準備をしている。ジジジ、しかし、この状況では、この城前――魔族の為に造った市街地側で戦う事になるだろう」
うわ、せっかく魔族と仲良く暮らせるって思ったのに、そんな事になれば、また魔族は……いやいや、これは、考えすぎじゃないぞ。
ソード・アハトさんたち蟻人族の元に集まった兵隊を見る。まさか。
よく見れば、その人たちは魔族の幻影体だった。
「ジジジ、その通り。魔族の方々にも協力して貰っている」
ソード・アハトさんが頷く。あー、せっかくフミコンに頑張って幻影体を作って貰っているのに、これで壊されでもしたら、魔族と仲良く暮らすって、俺の考えが大きく後退しちゃうじゃん。かといって、魔族の人は戦わないでください、なんて言えないしなぁ。
むむむ。
仕方ない。これは俺の出番だな。
『ソード・アハト殿、帝国軍の侵攻ルートは分かるだろうか?』
ソード・アハトさんが頷く。
そして、ソード・アハトさんが1枚の地図を持ってきた。この周辺の地図だ。
「ジジジ、帝国軍はまっすぐにここまで南下してくるだろう」
ソード・アハトさんが地図の上に金属のような指を置く。
「ジジジ、ここは平野部が多く、盆地になっている場所も多い、そして問題なのが、我々が開拓の為に伐採開墾してしまっていることだ」
いやいや、帝国と敵対しているのは分かっていたんだからさ、そっち方面を開拓するのはダメだと思うぞ。
『しかし、三日も動き続けた後なら、容易く蹴散らせるのでは?』
そうだよ。そんなに焦って攻めてくるなら、疲れているんじゃないか? しかし、ソード・アハトさんは首を横に振る。
「帝国はいつも通り、狂わせた竜を使うだろう。ジジジ、使い捨てになってしまうが、1週間は恐ろしい勢いで走り続け、そして疲れを知らぬ」
帝国、ばっかじゃねえの。使い捨てッ! 使い捨ての兵団とか。帰りはどうするんだよ。帰るつもりはないのか?
むむむ。
となると、だ。
『この平原で、何とか足止めをすればいいのだな?』