10-19 ただのおっさんだった
―1―
重装備の男の鎧が散弾のように弾け飛び、俺に襲いかかる。
――《スイッチ》――
《スイッチ》スキルを使い、スターダストを呼び出し、そのまま槍形態へと変える。
飛んできた来た金属片を真紅妃、スターダスト、二つの槍で撃ち落とす。弾く、落とす、防ぐ。
散弾の雨を防ぎきった先には――毛深い素っ裸のおっさんがいた。うおおおお、嫌なものを見ちまったよぉぉぉ。おっさんの裸とか見たくないんだぜー。何で、全裸なんだよッ! 頭がおかしいのかよッ! 変態かよッ! うおぅ、俺は何で《暗視》スキルなんて持っていたんだ、見たくないものを見てしまった。
こ、こいつ、もしかして、素肌に金属鎧を装着していたのか? ま、まさか、そんなことがあり得るのか!?
「我が輩の、美しい肉体美、筋肉うぅっ!」
だから、ポーズを取ってるんじゃねえよ。何で、鎧を脱いだ、言え。変態だからか、変態だからか!
「ふん、魔獣には我が輩の肉体の美しさが分からぬか」
俺が魔獣の姿をしているからじゃねえよ、関係ないだろう。くそ、変態が相手とは戦いにくいなぁ。
「ところでだが、ね」
突然、毛深い裸のおっさんがもじもじし始めた。いや、ちょっと、あの、キモイんですけどー。
「先程の双子の可憐な女性は、お前の知り合いかね」
うん?
可憐……な女性? 誰だ?
……。
……。
あっ!
分身体のことかッ!
アレ、か、可憐か?
「紹介してくれるなら、見逃してやらん事も無い」
こ、こいつ、変態なだけじゃ無く、
ロリコンだッ!
うへぇ。
何だろう、ますます戦いにくくなったんですけど。
はぁ、気合がひょろひょろとひゅーぴょんしちゃうぜ。というかだね、分身体を紹介するとか、無理じゃね?
……。
「ふん、無言、か。ならば、力尽くで聞いてやろう」
毛深い男が胸元に腕を当て、筋肉を盛り上げている。いや、見たくないから。
そして、男が空を――暗闇に閉ざされた空を見て、咆哮する。いや、ただの暗闇では無い、そこには赤く輝く双月があった。
男の体を覆っていた毛が伸びていく。
「我が輩の恐ろしき姿に怯えるがいい!」
まさかの狼男だとッ!
『そ、その姿』
狼男が牙の生えた大きな口を開け、笑う。
「魔獣の姿をした世界の敵ですら、我が輩を異質と見るか」
『いや、全裸よりは随分とマシになったと思うのだが』
俺の天啓を受けた狼男は一瞬何を言われたのか分からなかったのか、犬頭のままキョトンとした表情をし、すぐに大きく笑い出した。
「はっはっはっはっはっ! 面白い奴め。さすがは世界の敵か! 良かろう、この犬人族との混血によって呪われた、我が輩のこの力、見せてくれよう」
狼男が笑い、飛ぶ。
木々を蹴り、縦横無尽に飛び交う。ふむ、素早いな。
狼男は一度、地面に着地し、そこで石ころを拾う。そして、また木を蹴り、こちらを攪乱するように跳ね回る。ふむ、素早いな。
そして、狼男が手に持った石をこちらへと投げ放った。狼男の手を離れた石は、まるでレーザーのように一直線に飛んでくる。ふむ、素早いな。
俺は飛んできた石を回避する。石は地面に突き刺さり、爆発するように砕け散る。ほう、凄い威力だ。
狼男が、いつの間に拾ったのか、再度、石を投げ放つ。
投げ放つ。
投げ放つ。
投げ放つ。
投げ放つ。
「はっはっはっはっはっ! これぞ魔戦士の力っ! 肌で自然を感じ、自然全てを武器とする魔戦士の真骨頂よ!」
あー、魔戦士ってこういう。
なるほどなぁ。
俺ってばさ、スキルを習得したり、レベルをカンストさせたりしても、使いこなしているワケじゃ無いからなぁ。専門で、そのクラスを使いこなしている人たちの戦い方は参考になるなぁ。
『名を聞こう』
一応、敬意を払って名前を聞いておくか。
「我が輩の名はエンデミア。魔戦士エンデミアよ! そして、お前、世界の敵を倒す名よ!」
そうか。
――《飛翔》――
とりあえず《飛翔》スキルで飛び、動き回っていた狼男のおっさんを真紅妃ではたき落とす。
「ぶべら」
狼男のおっさんが地面に叩き付けられ、地面が抉れる。やり過ぎたか?
しかし、狼男のおっさんは、すぐに飛び起き、口元をぬぐっていた。
「やるじゃない。はっはっはっはっ。しかし、しかしだ! 余計な物を脱ぎ捨てSPが強化された我が輩に……」
突く、突く、突く、突く。真紅妃と槍形態のスターダストを使い連続で突きを放つ。突きの勢いに押され、狼男のおっさんが後退する。
「待て、待て、待てぇ! 我が輩が話しているだろうが!」
そ、そうか。
「まだ魔戦士の力が分からぬようだな」
狼男のおっさんはそう言うと近くに生えていた細身の木まで歩いて行く。そして、一気に引き抜いた。
「はっはっはっは。この木ですら、魔戦士にかかれば一級品の武器と化すのだ!」
狼男のおっさんが手に持った木を振り回す。無茶苦茶するなぁ。
振り回した木は、すぐに他の木に引っかかり、動きが止まった。狼男のおっさんは、それを見て唖然としている。いや、森の中で振り回そうとしたら、そりゃそうだろう。
「ひ、卑怯である。これも世界の敵の策略だというのかあぁぁ!」
いや、自滅だよな?
このまま真紅妃で突くか? でもなぁ、このおっさん、無駄に固いしなぁ。だからといって《インフィニティスラスト》や《フェイトブレイカー》を放てば、過剰威力で殺してしまいかねないしさ。俺は、この世界の人と喧嘩したいわけじゃないからなぁ。
――[スリープ]――
おっさんの頭の上から木が生え、雫を垂らす。そして、おっさんは眠った。
……。
そりゃあ、全裸だもんなぁ。魔法を防ぐような物を何も持っていないだろうからさ、簡単に効くよな。効くよな!
このおっさん、馬鹿なの? 馬鹿なの!
――《魔法糸》――
《魔法糸》を使い全裸のおっさんを縛り上げる。
えーっと、戻るか。さすがにソード・アハトさんたちの方も片付いているだろう。ま、まぁ、これで冒険者の反乱も鎮圧、かな。なんだか、1日を無駄にした気分だよ。