10-16 立ち塞がった最強の影
―1―
「それと、なんだぜ」
どうした、キョウのおっちゃん。
「まずは冒険者の反乱の鎮圧が第一、その後、皆の前で――国民の前で、王様の考えを喋って欲しいんだぜ」
『いいのか?』
女神に反旗を翻すんだぜ? そんな事を言ったら、反感を買うんじゃないか? 三つの神殿を攻略出来る最低限の人数が揃えば、俺は、それで……。
「いいんだぜ。そこで従えないようなヤツはすでに国外へと逃げているんだぜ」
はは、そうか。創造主に逆らうなんて大それた事が出来るヤツらが、それだけ頼もしいヤツらが残ってくれたってコトか。まさか、キョウのおっちゃんだけとか、言わないよな?
『わかった。14型、行くぞ』
「了解です、マスター」
14型が優雅にお辞儀をする。いつもと変わらない能面のような表情だが、それでも、何故か、その顔が誇らしそうなのが分かった。
「王様、まずは裏庭なんだぜ」
おうさ、行くぜ。
誰もいないかのように静まりかえった王城を走り抜け、裏庭へと出る。
そこには、俺たちを待ち構えるかのように一人の姿があった。
「ら、ランの旦那、前言撤回なんだぜ」
キョウのおっちゃんが慌てたように一歩後ろへと下がる。
「マスター!」
14型が今にも飛びださんといわんばかりの勢いで拳を構える。
『二人とも下がっていてくれ』
そこに居たのは……、
「虫」
紫炎の魔女、ソフィアだった。
紫炎の魔女がローブをはためかせる。その下には乾電池のような装置がくっつけられている。戦闘準備は万全ってワケか。
そうか、そうだよなぁ。
紫炎の魔女は天竜族、女神の一番の使徒だもんな。
そうか、そうだよなぁ。
女神と敵対した今、その使徒と敵対するのは必然。
でもさ、でもさ、俺は、俺は、お前とも仲良くやれていたと思っていたんだぜ。
紫炎の魔女が紫の杖を構え、こちらを睨むように見据える。
戦うしか、戦うしか無いのか。
「虫、行くぞ」
紫炎の魔女が口を開く。紡がれるのは炎を踊らせる呪文。紫炎の魔女が呪文を唱えるなんて、それだけ精神を集中させて、イメージを固めているって事か?
「死ね、エルファイアストーム」
紫炎の魔女が静かに、何も感情を込めず、殺意の言葉を口にする。
そして、俺を中心として爆発的で暴力的な炎の嵐が吹き荒れた。こんな、こんなの、城内で使う魔法じゃねえ! 下手したら下がって貰ったキョウのおっちゃんや14型も巻き込むぞ。
「やはり、無効化」
紫炎の魔女がぽつりと呟く。あー、正確には吸収な、吸収。
『虫、何をぼけーっとしている』
『だから、虫では……はッ!』
紫炎の魔女から念話が飛んでくる。
『お、お前』
『ふん、世界の敵を討つべく全力で魔法を放ったが、力及ばず敗れてしまった。これで、女神様への義理は果たした』
お前、お前ってヤツはッ!
『そして世界の敵に捕まり、辱めを受け、弱みを握られ逆らえなくなった』
いやいや、誰が辱めを与えたよ、俺、そんなことしねえよッ!
『ソフィア殿、しかし、死ねは無いと思うのだが』
俺の天啓を受けた紫炎の魔女は口をへの字に曲げる。
『ふん、私の全力だ。ラン、お前を殺す気で放ったのだ。その程度も対処出来ないヤツが女神様に挑めるものか』
こいつは、本当にッ!
『ラン、女神に挑むときは私も誘え』
ホント、こいつってヤツは!
『いいのか?』
紫炎の魔女は後ろを向き肩を竦める。
『ちょうど親に逆らいたい、反抗期なのだ』
お前が助けてくれるなら、心強いぜッ!
『ソフィア!』
俺は紫炎の魔女に天啓を飛ばす。
紫炎の魔女が振り返る。
俺は紫炎の魔女へと銀貨を一枚、放り投げる。
『いつものヤツだ』
「足りない」
ああ、そうだよな。
『残りは成功報酬だ』
紫炎の魔女がニヤリと笑う。そして、そのまま俺の方へと歩いてくる。
そして、紫炎の魔女が拳を上げる。俺も倣うように小さなまん丸お手々を持ち上げる。拳とまん丸お手々をぶつけ、お互いに笑う。俺は笑っているのか分からないような顔だけどさ、それでも、こいつには伝わったはずだ。
「その時まで店にいる。魔法具が必要なら来い」
紫炎の魔女はそれだけ言うと、城内へと戻っていった。ああ、了解だぜ。
―2―
裏庭を抜けると、それなりの大きさの一戸建てが並ぶ区画に出た。あれ? こんな場所以前からあったか? いや新しく作った場所か。そうか、そういえば、この国も人口がガンガン増えている途中だったもんな。
俺たちが新しい区画に入ると向こうから羽猫が飛んできた。
「にゃ、にゃう」
そのまま俺の頭の上に乗り、寝息を立て始めた。こ、こいつは……。
「そっちの小っちゃな神獣さんには、ここを守る結界を張って貰っていたんだぜ」
キョウのおっちゃんが羽猫を拝んでいた。な、何だとッ!?
お前、いつの間に、そんな結界を張るとか新スキルをゲットしているんだよ。アレか、もしかして八大迷宮『名を封じられし霊峰』の攻略特典で進化したのか? 俺が気付かない間に進化してスキルをゲットしたのか?
「むふー、皆、ランちゃんが起きるのを待ってたんですよ」
一際大きな建物からシロネも現れる。
『お前、どうやって?』
シロネは大きなため息を吐く。
「ランちゃんが、むふー、神獣様を遣わしてくれたから、ミカンちゃんと一緒に乗らせて貰ってですよ」
あー、そういえば、気絶する前に、そんなことを頼んでいたような……。
で、そのミカンは?
「むふー、ミカンちゃんなら、冒険者の相手をしてますよ」
シロネはやれやれって感じに肩を竦める。
あー、うん。
ミカンちゃんだもんな。
って、待ったー。
ミカンちゃん、ちゃんと手加減しているよな?
殺したら不味いんだからな。
これからの関係とか色々あるんだから、不味いんだからなッ!
だ、大丈夫かなぁ。