10-14 夢の中を漂う芋虫です
―1―
夢を、俺は夢を見ていた。
いや、そうだ。
多分、これは夢なんだ。
何処かで見たような、それでいて何処か分からない世界。
俺の目の前で猫耳の少女が何かを言っている。ポニーテールに眼帯をつけた猫耳の少女。腰に差した刀と羽織っている陣羽織は見覚えのあるものだ。しかし、その顔は違う。人の姿に、猫の耳と尻尾が付いている。えーっと、この世界だと半分の子って言われる混血のみが、そういった姿になるんだったよな。確か、忌み嫌われる姿とされているはずだ。
「な! 反応が! 御屋形様に報告せねば」
ポニーテールを揺らしながら猫耳少女が何処かへと駆けていく。
そして、俺は一人になった。
長い――長い夢だ。
この夢は俺に何を見せようとしているんだ。
これから何が起こるんだ?
次に着ぐるみの少女と着物姿の二人の少女が現れた。猫耳の少女が、この三人を連れてきたようだ。
一人は何故か、芋虫の着ぐるみに包まれ、常に皮肉ぽい表情を張り付けている。もう一人は髪を長く伸ばした鋭い眼光の少女。着物を着崩し、綺麗な肩を覗かせている。最後の一人は浴衣のような着物姿で元気いっぱいに走り回っている小さな女の子。
何処だ、ここ?
着物――和風な世界なのか? でも、着ぐるみの子もいるし、よく分からないな。
……。
あれ?
色が、色が分からないな。
世界が灰色に包まれている。
何か、フィルター越しに世界を見ているかのように、全てが灰色だ。
「呼ばれて来てみれば、これは何かが宿ったのか?」
着ぐるみの子は顎に手を当て、何やら考え込んでいる。
「御屋形様、いつものように素材へと変化させないのですか?」
猫耳眼帯少女の言葉に着ぐるみの子は大きなため息を吐いていた。
「何でもかんでも変換しないぞ、しないからな? お前は俺をそんな風に見ていたのか」
これは、何処かの、何かの、誰かの、そう誰かの思い出を再生しているのか?
はは、確かに夢らしい展開だ。
「しかし、よく分からない素材だな。俺の目でも見通す事が出来ない。何か異質な力を感じるぜ」
着ぐるみの子が俺の目の前をこんこんと軽く叩く。まるで、そこに何かがあるかのようだ。
「御屋形様、この時期――これは、あの邪神絡みでは?」
「どうだろうな、そうとも言えるし、そうじゃないとも言えるかもしれん」
つまり、分からないって事だな! って、思わず突っ込んじゃったないか。
着ぐるみの子が俺の周りを、あーでもない、こーでもないと歩き回る。
そして、またも新しい登場人物が現れた。
布にくるまれた大きく長いものを大事そうに抱えた犬頭だ。
「探しましたわぁ。もう、何でこんな場所ですのぉ」
「おう、どうした」
着ぐるみの子が手を挙げて応える。
「どうしたじゃないですわぁ。頼まれていたモノ、完成ですわぁ」
犬頭が布をほどく。中からは異質な剣が現れた。いや、これを剣と言ってもいいのか悩むくらいに、それはおかしな姿をした代物だった。
平たい金属の板に無数の小さな金属の『刃』が鎖となって連なっている。さらに握りの部分は二つに分かれ、片方が何かレバーのようになっている。
「こいつは、凶悪な見た目に仕上げたな」
「ええ、そうですわぁ。神殺しの剣――天鎖剣ですわぁ」
「天鎖剣……」
犬頭が頷く。
「これで、あの邪神をぶっ殺しですわぁ」
着ぐるみの子も頷く。
「ちなみに使い方は?」
「柄の部分に小型の魔道炉を入れてますわぁ。そこの握りにあるのが起動装置ですわぁ」
着ぐるみの子が大きな鎖刃のついた金属板を軽々と持ち上げる。そして、レバーを動かす。何だ? 何か、魔素を流し込んでいるのか?
「魔石の力を借りずに、そんなん動かせるの、王様だけですわぁ」
連なった鎖が動き始める。刃自体が動き、無限の螺旋力を生み出す。
「ところで、王様」
天鎖剣の動きを確認していた着ぐるみの子に犬頭が揉み手で近寄る。
「ラナジウムをもう少し分けて欲しいんですわぁ」
それを聞いた着ぐるみの子は手を止め、ため息を吐く。
「天鎖剣が完成した今、必要無いと思うが?」
「な、何言ってますのぉ。邪神との戦いにまだまだ武具は必要ですわぁ」
「相変わらず、だな」
着ぐるみの子は大きく息を吐き、空いている方の手を広げる。そこに周囲の魔素が集まっていく。
何だ? 何をやっている?
周囲の魔素を造り替え、合成している? 矢精製スキルみたいな感じだな。火、水、木、金、土、風、闇、光、全ての魔素を圧縮し合成しているのか?
そして、一つの金属の塊を作り出した。
「これ、すっごい疲れるんだからな。ホント、頼むぜ」
犬頭がへへーと畏まりながら金属の塊を受け取っている。
「さあて、忙しくなるぜ」
そう言って、着ぐるみの子が天鎖剣を振り払った。
「あ! 御屋形様!」
猫耳の少女が叫ぶ。
そして、着ぐるみの子が、こちらへと振り返り、しまったと言わんばかりの顔でこちらを見る。
そこで俺の意識は途切れた。
いや、俺の見ていた夢が終わった。
暗闇へと落ちていた俺の視界に光が灯る。
気付けば、そこはグレイシアに作られた俺の部屋だった。
夢、夢か?
やけにリアルな夢だったな。まだ、覚えているぞ。
天鎖剣、ラナジウムと呼んでいた魔素を合成した金属――アレは何だ?
何か、邪神? 神と戦う為に武器を準備している場面だったのか?
ん?
神?
ま、まさかッ!
これは夢のお告げか?
女神を倒す為、手詰まりになっていた現状を打破する為に――いや、でも夢だしなぁ。
女神に勝ちたいって想いが、都合の良い妄想として夢に現れたってだけかもしれないしさ。
むむむ。
「マスター、気付かれたのですね!」
って、ああ、14型さんか。
……!
ああ、そうだ。俺、気を失っていたんだ。どれくらい気を失っていたか確認しないと!
女神と戦う為の相談をしないと!
そう、今は時間がないんだった。