10-12 忌むべき者、その名は
―1―
「この者の力、えー、あー」
「女神セラ様、ルナティックです……」
お前、配下の使徒の名前を覚えていないのかよ。あの太陽の冠の少年、それに対して何か不服に思うとか無いのか? それだけ女神に心酔しているって事なのか?
と、こいつが何か喋っている間に真紅妃を回収しておこう。
俺が真紅妃を呼ぶと、真紅妃は音を立てず、静かに俺の手元へと戻ってきた。さすがは真紅妃だぜ。
「この者の力、ルナティックが敗れたのも分かります」
言い直したな。この女神、言い直しやがった。
ルナティックが敗れたのも分かるだって? ホント、上からだな。そうだよ。俺は頑張って成長したんだよッ!
この世界、死んだら死ぬんだぞ。当たり前の事だけどさ、死ぬんだぞ。俺は、この世界で地上に降りた時はさ、何処か自分は死なない、このまま安全圏で数々の活躍をして、って思ったさ。蜘蛛だった時の真紅妃を倒した時もそうだ。ここから、俺の英雄譚が始まるんだなって、死にかけたけど、やっぱり何とかなったな、って思ったんだよ。
そして、エンヴィーの罠にはめられ、俺は死んだ。ああ、あの時、俺は死んだと思った。あの時、俺は死ぬんだって理解した。
そう、この世界、死んだら死ぬんだよッ!
そんな状況の中、レベルという不自然ながらも誰でも強くなれる要素があって、安全に成長出来る場所があったら――限界まで頑張るだろ? 成長限界まで鍛えるだろ。だって俺は死にたくない、死にたくないんだ。だから、死ななくていいように、どんな時でも対処出来るように、鍛えるだろッ!
当然、だろうがッ!
それをバグの一言で片付けやがって。
「その姿にも驚かされます。しかし、それはお前達のデータを何処からか手に入れ、いえ、偶然、参照して作り上げたものでしょう」
って、この女神、何を言っているんだ?
「では、あの魔獣は女神セラ様が御創りになったものではないのですか?」
その言葉を聞き、女神は機械的に微笑む。何というか、相手を完全に見下した笑顔だな。
「自然発生した魔獣が偶然、知性を得た? あり得ません。この世界で、そんな奇跡が起こるはずがないのです。そう、私の作った知性体のデータをコピーして、それらしく振る舞っているだけでしょう」
何を言っている?
「哀れな事に本人は、それに気付いていないようですが。自分が自我を持っていると錯覚しているようですね」
何を言っている?
「魔素を辿り源流から、そこに私の残してしまっていたデータの塵から――偶然、それを参照して出来上がった哀れな生き物なのでしょう」
こいつ、好き勝手言っているな。こんなにも考えて行動出来る俺が幻だとでも言うのか?
「ふざけるな!」
ホント、勝手を言いやがってッ!
「哀れな」
女神が再度、指を鳴らす。不味い、それは何か不味いぞ。これで4度目だよな? さすがに何度も見てて何も分からないのは不味いぞ。よく見ろ、見るんだ。
俺は赤い瞳で、女神の指を、流れを、魔素の動きを見る。
女神から何かが、周囲の魔素を造り替えながら、俺へと――不味いッ! 早いぞッ!
――《魔素操作》――
魔素を操作し、周囲を書き換えながら、恐ろしい勢いで迫る何かを押さえ込む。不味い、不味いぞ、これを受けたら、俺自身が、俺の存在が書き換えられて、何かへと変化させられそうだ。
変化しようとする魔素の動きを察知し、その流れと反発するような変化の流れを作り、中和させる。くそがッ! こっちは魔素を操作して必死に頑張って防いでいるのに、やつはそれを指ぱっちんだけで行えるのかよ。ふざけてるぜ、ホント、ふざけているッ!
「まさか、防いだのですか」
女神がこちらを見る。それは初めて女神が素顔で――作り物ではない表情で、真に俺を見た瞬間だった。
「ああ、防ぐぜ! 何度だって防いでやるッ! だから、俺の話を聞けッ!」
女神の表情が機械的な笑顔に戻る。
「この世界を水で流し滅ぼすなんて止めてくれッ! この世界に生きる人たちが、生きて生活している人たちがいるって分からないのか! 今だって誰かが、色々な思いを描いて生きているんだぞ。俺がお世話になった人だって、仲良くなった人たちだっているんだぞ……そんな、簡単に滅ぼすなんて言わないでくれよ」
女神の口が開く。
「私に逆らうというのですか。これも知性を持ったが故の哀れな生き物の……」
と、そこで女神は言葉を飲み込み、言い淀んだ。
「少し、考えが変わりました。いいでしょう、チャンスを上げます」
くそ、チャンスだと? どんな条件だ?
「これから、私は必殺の一撃を放ちます」
は?
「それに見事耐えきったならば、あの地上へと送り返してあげましょう」
なんだか、嫌な予感しかしないぞ。
「その後、30日以内に太陽、月、星の3つの神殿を目指しなさい」
俺は女神の言葉を聞きながら、じりじりとゆっくりと後退する。
「その3つの神殿を攻略したならば、もう一度、チャンスを上げましょう」
俺はフリーズしている14型と、それを守るように飛んでいたエミリオの方へと下がっていく。
「ただし、その3つの神殿には――1人につき、どれか1つの神殿にしか挑戦出来ません」
俺は14型の手を取る。エミリオも俺の肩に乗っている。これで大丈夫だ。
「つまり、攻略には仲間が必須だということです。今のお前に味方するモノがいればいいのですが」
女神は心底楽しそうだ。
「私が創った世界の敵となるものよ、さあ、喰らいなさい」
女神が指を鳴らす。
俺は、その瞬間にあわせて持っていたコンパクトを開けた。
「ふふ、生き延びなさい。待ってますよ、世界の敵」