10-10 芋虫と女神セラの受肉
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周囲へと響くように、広がるように、無駄に流れていた音楽が止まる。やっと静かになったな。
俺は足下に転がっている死体を見る。俺が倒した――いや、殺した、だよな。こいつもさ、油断していなければ、こちらを舐めてくれていなければ、こうも易々と勝てなかったかもしれないくらいの強敵だったな。ああ、俺がもっと強ければ殺さなくてもすんだかもしれない。でもさ、これ以上、どうやって強くなるんだ? スキルをもっと身につける? レベルではなく経験を溜める? いや、今更だな。こんな考え――俺もこの世界に染まってしまったようだ。
俺は真紅妃を前方、残った二人の方へと向ける。
「次はお前達だ」
いきなり二人で襲いかかって来るなよ? 後ろのメイド達は動くなよ。ああ、14型、早く復活するんだ。
「ルナティックがっ!」
「力に溺れたか」
太陽と星の冠の二人が驚き、そして動き出す。あー、二人同時に動き出すか、動き出しちゃうか。
『どうしたのです』
と、そこへ女神セラの声が響く。
女神の言葉に反応し、太陽と星の二人が跪く。立ったり、跪いたり、あー、こいつらも大変だな。
「ルナティックがやられました」
太陽の冠の少年が声を震わせる。まさか、ヤツは我々の中でも最弱、とか言い出さないよな?
『あの者には、それ相応の力を与えていたはず』
女神の言葉が響く。なるほど、これは、もしかして、この反応ならば、もしかすると女神を会話の場へと引っ張り出せるか?
ならば、大きなデモンストレーションが必要だよなッ!
俺は真紅妃を握り、振り返る。そして、映し出されていた巨大な女神セラの顔へと真紅妃を投げ放つ。
「何をする!」
太陽の冠の少年が叫ぶ。
真紅妃は狙い通り映し出された巨大な女神セラの顔の、その額へと突き刺さる。え? 突き刺さる? そこから衝撃が走り、線が、ヒビが――そして映像が砕け散った。まるでガラスが砕けたかのように破片が空を舞う。
砕けた奥からは、放電する謎の金属と無数の管が覗いている。何だ? 機械か、機械なのか?
「ここは何処だ?」
俺は思わず呟く。いや、だってさ、本当は、この後、女神セラに大見得を切って会話に持っていこうとしたんだけどさ、こんなのを見せられたら、それどころじゃないじゃん。
「ここは真の地上にある月の神殿だ」
太陽の冠の少年が呟く。
「お前が殺したルナティックが受け持つ神殿だ」
真の地上? 月の神殿? まさか地下世界か?
あー、うー、うむ。もし、そうなら、帰る手段はありそうだな。コンパクトを開いてグレイシアの王城へ逃げるって手段もあるけどさ、この場が閉じられた謎空間ではなく、実際にある場所だ、というのならば、普通に逃げる事も出来そうだ。ちょっとそれも視野に入れて行動しよう。
「そうだ、ルナティックは俺が倒した。女神セラ、お前の手駒の一つが消えたぞ。姿を見せたらどうだ?」
とりあえずふっかける。これで現れるか、会話に乗ってくれば良し、だな。
『この声、これは誰ですか?』
女神セラの言葉。やはり、向こうから、こちらは見えていないのか?
「先程、お話しした迷宮を踏破した星獣です」
「あー、もう、アレを僕の神殿の配下扱いしないでよ。アレは魔獣、狂った魔獣だよ」
太陽の冠の少年の言葉に、星の冠の少年が突っ込みを入れていた。
『なるほど。私が考えていた存在と少し違うようですね』
そうだぜ。だから、世界を滅ぼすなんて考えなおすんだぜ。
「お前自身の目で確かめてみればどうだ?」
俺の言葉を聞いた星の冠の少年が思わず立ち上がろうとするが、それを太陽の冠の少年が止める。
「抑えろ、女神セラ様の御前だ」
さあ、女神はどうでる?
『私へのその物言い。この世界の存在とは思えません。この世界の綻びから生まれたバグですか――』
「バグ、虫の事ですか?」
「虫……? むいむいだね! やーい、むいむい」
うるせぇよ。というか虫扱いするな。いや、まぁ、本来の姿は虫だけどさ。
『いいでしょう。興味が湧きました。そちらに受肉します』
よし、女神が乗った。って、受肉?
その瞬間だった。
俺の足下で死んでいたルナティックの死体が動き出す。ぐちゃりぐちゃりと折れ曲がり、肉の塊へと、巨大な肉団子と化していく。ぐちゃぐちゃと音を立てながら絡まり、潰れ、巨大な肉の球体へと姿を変えていくのは、見るだけで恐怖心をかき立てる。
な、何が起ころうとしているんだ?
ぐちゃぐちゃの肉団子がぷるぷると蠢く。
そして、血がほとばしり、艶やかなピンク色の肉が裂け、中から人の手が生まれる。
中から、手が、腕が、頭が、体が、そう肉の塊から、少女が生まれる。神々しい光を放つ少女。
少女が、ぐちゃりとした粘液を払い飛ばし、口を開く。
「久しぶりの肉体、なかなか結構です」
こ、こいつ、まさか、ルナティックの死体を使って体を作ったのか?
こいつが女神セラかッ!