10-8 狂気に侵され発狂する
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旧分身体でゴールデンアクスを振り回す。それをルナティックは余裕を持って回避する。その後を追うように新分身体が千鬼丸を持って飛びかかる。ルナティックはそれすらも余裕を持って回避する。随分と回避が得意なようだな。
にしても、分身体を二つも動かすのは難易度が高いな。俺も頑張って同時に動かそうとするけどさ、脳の処理が追いつかないぜ。どうしても、こっちを動かして、次にこっち、みたいな一手ずつの動きになってしまう。うーむ、それでは三人になったメリットがないよなぁ。行動がワンパターンになった分、弱体化したと言えるかもしれない。
むむむ。
仕方ない、ある程度は自動運転で勝手に動いて貰うか。まぁ、それしかないよな。
ルナティックが無数の黒い球体を生み出し、こちらへと飛ばしてくる。新分身体が俺たちの前へと飛び出し、女神セラの銀翼を羽ばたかせ、それらを跳ね返していく。
さあ、どうしよう。
今はまだ小手調べだからな。本気を出すのは、まだだ。攻めるべき時に一気に動かなければ! そうなんだよなぁ。あいつが自身の力に油断している間に、隙を見て一気に決めないとさ、なんとかしないとさ、他の二人やメイド達が参戦してきたら、さすがに勝ち目がないからな。
ルナティックは跳ね返ってきた魔法を片手で受け止め、そのまま吸収する。そして、手に持った聖剣を横薙ぎになぎ払う――聖剣の力によるものか光輝く波のような衝撃波が生まれ、こちらへと襲いかかって来る。
新旧分身体は上空へと飛び、その衝撃波を回避する。俺自身は真紅妃を振るい衝撃波を縦に切断する。衝撃の波は二つに分かれ、そのまま俺の後方で炸裂する。
上空へと逃れた新分身体がルナティックから伸びた黒い手によって絡め取られる。あー、しまった。
次々と新しい黒い手が新分身体に絡みつき、締め上げ、そのまま握りつぶそうとする。この黒い手、俺のサイドアームみたいな感じなのか? 色は黒だから、闇属性だよな? 俺のナイトメアの魔法で生まれる黒い手みたいな感じなのか?
えーい、このままではせっかく作った新しい分身体が何の活躍もないまま消滅してしまう。
――《スイッチ》――
《スイッチ》スキルを使い、スターダストを呼び出し、そのまま自身の左手で持つ。そして、スターダストを振り払い、槍の形態へと変化させる。
――[エルライトウェポン]――
槍形態のスターダストが純白の光に包まれる。
俺はそのまま捕まっている新分身体の元へと駆け、絡みついた黒い手を斬り払う。黒い手はあっさりと斬り飛んだ。よし、切れた。反属性の光属性で切れるってことは、予想通り闇属性か。
ん?
と、そこで俺は自分の体に黒い杭が刺さっている事に気付いた。何だ、これ? 痛くもかゆくもない。見なければ、刺さっているのも気付かないほどだ。ヤツの攻撃か?
俺は真紅妃を脇に抱え、黒い杭を引き抜こうと手を伸ばす。しかし、俺自身の手は黒い杭をすり抜ける。俺の赤い瞳でも反応がない――黒いのに属性でもなく、魔法でもない? 幻覚か?
くそ、なんだか、ヤバイ感じがする。しかし《危険感知》スキルは動いていない。
となれば、それを信じて短期決戦だな。
――[エルアイスコフィン]――
――[アイスストーム]――
――[アイスストーム]――
氷の棺でルナティックを閉じ込める。その氷の棺の中に新旧分身体が放った氷の嵐が吹き荒れる。凶悪な氷の嵐を封じ込めたまま氷の棺が小さく、その姿を閉じていく。しかし、ルナティックは、その氷と風の嵐を気にした様子はなく、そのまま左手をくるりと動かした。その瞬間、氷の嵐と棺は、その左手に吸収され、綺麗に消え失せた。ちっ、魔法吸収って感じか? それに先程の感じだと、魔法自体が無効化されている気がするぜ。
直接、真紅妃で貫き、叩き潰し、粉切れにしてやらないと駄目なようだ。
目の前の動く脳みそが眼球を開き、陽が落ちる。
空はキャラメル色に輝き、世界は綺麗だ。
真っ赤に燃える月を見ながら、周囲が、俺が溶ける。
星もなく、月だけが綺麗で、真っ赤で、落ちてくる。
俺の前にいるのは俺自身で、それは脳みそで、ピンク色に艶やかだ。
どろりどろりと落ちてきた液体に、月の輝きが、青く、とても赤い。
声がする。
おーい、俺はここだ。
美味しいケーキがあるよ。
美味しい脳みそがあるよ。
触手が生えたケーキに顔を突っ込み、そのまま泳ぐ。
ぐるぐると、そう、赤い。
ああ、とても月が綺麗だ。
このまま、月を、綺麗だ。
あ、
あ、
あ、
あ、
あ、
あ、
……。
んはぁッ!
俺の体に、強烈な衝撃が走る。
見れば、俺を、俺の頭を分身体が殴っていた。いて、いてぇ。ど、どうした? 分身体の制御がルナティックに奪われたのか? うん? いや、様子がおかしい。オートモードで動いていた?
目の前のルナティックは……動いた様子はないな? 何だ、何が、起こった?
そう、世界はキャラメルだ。
溶けて、どろどろに溶けて、甘く美味しい。
月が綺麗だからだ。
それは月が、綺麗……んはぁッ!
またも分身体が俺を殴りつけている。いやいや、あのね、何で俺を殴るのさ!
「無駄。無駄よ。わたしの姿を長く見た者は、その狂気に侵される。発狂した者が、衝撃程度で正気を取り戻すものか」
ん?
まさか、精神攻撃か?
分身体は俺を正気に戻す為に?
いや、でも、何時? まさか、ルナティックが……い、いや、ヤツの姿を見るのは不味い。奴自身が小者よろしく、ご丁寧に解説をしてくれていたじゃないか。見なければ……。
と、そこで、俺は自分の体を見て驚く。俺の体に無数の黒い杭が刺さっている。もしかして、これか!
ヤツの姿を見ると、この黒い杭が生まれるのか?
ならば、見なければいい。
どうやら、分身体は、ルナティックを見ても大丈夫なようだからな。なら、俺自身は目を閉じ、分身体の目で見ればいいッ!