グレイシアにて
―1―
「了解したんだぜ。引き続き警戒を頼むんだぜ」
キョウは配下に指示を出すと、大きくため息を吐いた。そして、城内へと歩き出す。
キョウは考える。帝国の動向、さらに最近、怪しい動きが目立ち始めた神国、そして、グレイシアのこれから。
「キョウさん、どうかしたのですか?」
考え込みながら歩いていると声がかけられた。
「ああ、ユエ殿なんだぜ」
「はい、ユエですが……」
猫人族のユエは猫目を細め、不思議そうな顔でキョウを見る。
「ユエ殿にこれからの予定を聞くんだぜ」
キョウは目を細めてゆっくりと笑う。
「報告書と指示書の作成ですね」
ユエは疲れたような顔で大きくため息を吐いた。
「百面相なんだぜ」
それを見たキョウは小さく笑う。それに釣られるようユエも小さく笑う。
「しかし、ユエ殿はまるで宰相なんだぜ」
「私は商会の人員だったつもりだったんですが、いつの間にか、です」
「王様の旦那にかかったら仕方ないんだぜ」
そこでユエは再度、小さく笑う。
「ええ、王様には困ったものです。自由な発想、行動力には振り回されてばかりです」
「そうなんだぜ。ついていく方も大変なんだぜ」
そこで二人、顔を見合わせて笑う。
「ところで何か考え込んでいたようですが」
その言葉にキョウは首を横に振る。
「宰相殿、お忙しいと思うが、少し時間をいただきたいんだぜ」
キョウの言葉にユエは表情を引き締め頷く。
「途中、お昼ご飯にでも抜けようと思っていたところです。先に、そちらへ」
二人は城内に作られた食堂へと向かう。
「珍しい組み合わせじゃん」
向かった食堂ではポンが本日の日替わりメニューを入り口のボードに書き足していた。
「ご馳走になりに来たんだぜ」
「ポンさん、本日のオススメをお願いします」
二人の言葉にポンが頷く。
「待ってな、すぐに美味しいのを作るじゃんかよ」
二人は食堂の中に入り、テーブルへと向かう。
「この時間ですと、私たちだけみたいですね。それでお話とは?」
「ポンの作ったタレの効いたご飯が最高なんだぜ」
キョウはポンの作ったご飯が待ちきれない様子だ。
「キョウさん?」
「ああ、すまないんだぜ。神国の動きが怪しいんだぜ」
キョウの言葉にユエは驚く。
「神国が、ですか。しかし、あそこは王が替わり、女王となったことで、今では私たちの国の王様と親交の深い国になったはずです。今も、その交流のために道を作っているところですよ」
キョウは目を細める。
「そうなんだぜ。それなんだぜ。出来れば、その道の作成をわざと遅らせて欲しいんだぜ」
ユエは少し考え込む。
「しかし、これは王様自らの依頼です……」
「分かっているんだぜ。だから、遅らせるだけにとどめるんだぜ」
キョウの言葉にユエは大きくため息を吐く。
「今日はため息ばかり吐いている気がします」
「旦那と関わった宿命なんだぜ」
「そう、ですね。分かりました、道の作成よりもガッコウという施設を優先するようにします」
と、そこで料理が運ばれてくる。料理を運んできたのはポンだけではなく、その後ろにはタクワンの姿も見える。
「タレの良い匂いがするんだぜ」
「あんたが好きそうな料理にしたんだぜー」
ポンが肉厚の魚の蒲焼きを並べる。
「それと、これもですよ」
タクワンが陶器に入った謎の料理を持ってくる。
「これは、何でしょう? 何やら甘い匂いがしますね」
「王様から聞いた卵料理を、このタクワンが再現したものです」
タクワンが偉そうに胸を張る。
「そのスプーンを使って食べるのですよ」
タクワンに言われるまま、ユエは恐る恐るといった感じでスプーンを器の中へと入れる。
「卵を使っているからか、色は黄色。スプーンがサクッと、抵抗を感じないように吸い込まれます」
小さな塊を取ったユエは、それを口の中へと運ぶ。
「あ、甘い……と言うほどでもないですね。優しい甘さです。それになんだかふわふわとして頼りない感じです」
それを聞いたタクワンは、不満そうに片方の目だけを大きく見開く。
「こう口の中で溶ける感じですと食べている気がしません。王様の発案らしいですが、私には合わないかもしれません」
そう言いながらも、何度も黄色い塊を掬い口の中へと運ぶ。
もしゃもしゃ。
「あら? もう無くなったみたいです。おかわりはありますか?」
ユエが首を傾げる。
「ありますよ」
それを聞いたタクワンは得意そうにニヤリと笑っていた。
「女、子どもは甘い物か」
ぱくぱくと食べ続けるユエを見たポンは禿げ上がった頭を叩いていた。
「俺も甘い物は好きなんだぜ」
「あんたは何でも好きじゃんかよ」
そのポンの言葉にユエとタクワンが笑っていた。
「たく、美味しい物が食べられるってのは最高に幸せなんだぜ」
キョウは大きなため息と共に、そう小さく呟いていた。