9-60 不死なる山の夜叉
―1―
楽しそうな蛮族とともにエントランスへと戻ってくる。シロネは少し不満そうだ。クロアに何かを言おうとして止めるを繰り返している。
蛮族の手には、俺たちが手に入れた犬の置物、ヤツらが手に入れた鳥の置物、そして、先程手に入れた猿の置物がある。くそー、ホント、タッチの差で負けただけに凄く悔しい。途中、休憩を挟まなければ、とか、色々と、あーしていたら、こーしていたら、と嫌な事を考えてしまうな。
にしても、こいつってばさ、すげぇ自信満々だよな。今まで攻略出来なかったのにさ、今回、たまたま、ここまで進めただけなのにな。
「ここの攻略法はすでに調べ上げている」
置物を抱えた蛮族が円形状に並んでいる台座の前に立つ。
「んんー、鬼の前に立つ三つの守護者の文献ですねー」
何だ、それ? そんな文献とか残っているのか?
「おいおい、余り情報を漏らすな。まぁ、ここで謎を解いてしまえば関係ないがな!」
ぐぬぬ。にしても、鬼の前に立つ三つの守護者、か。てっきり12個置物があるのかと思ったら、これで終わりなのか。
「オニとは、この上の階にある扉の先の事だ」
蛮族が楽しそうに、顎を2階の方へとしゃくり上げる。このエントランスに取り付けられた左右の階段から上れる、あの閉められた扉だよな。やはり、この仕掛けで開くのか。って、もしかして、もう終わりなのか? あの扉の先がこの迷宮の主の部屋なのか?
「この置物を手に入れた場所、方向がヒントだろう。まずは東だ」
蛮族が3時の場所に犬の置物を置く。
「次はここだ」
6時の方向に最後に手に入れた猿の置物を置く。
「最後はここだな」
9時の方向に鳥の置物を置く。
すると鳥の置物がくるくると回転し、0時の方向を向く。そして、すぐに元の方向へと戻った。
……。
何も起こらないな。
鳥の置物が回転しただけだ。
「じゅ、順番を間違えたか?」
蛮族が置物を置く順番を変える。鳥の置物を最初に、猿、犬の順番で、先程と同じ場所に置く。しかし、何も起こらない。
「場所が、入れ替わっているのか?」
再度、置き直してみる。しかし、何も起こらない。
「馬鹿な。正しい選択をしているはずなのに、何故だ!」
蛮族が色々と試すが、仕掛けは反応しない。
ふむ。
『そろそろ、良いか?』
俺が天啓を飛ばすと、蛮族は焦ったようにこちらへと振り向く。
「ま、まて。俺様は正しいはずだ。そうだ、時間がかかるのかも……」
いやはや、往生際が悪い。
『約束を違えるな』
「くっ!」
蛮族は悔しそうな顔をしながら、置物を取り外し、俺たちの前に置く。そして、そのまま仲間達の元へと戻っていく。
「むふー、ランちゃんどうするんです?」
シロネが心配そうにこちらへと話しかけてくる。
『シロネ、任せてくれ』
多分、これはあれだよな。
―2―
さあて、謎解きだな。
置物の種類は三種類。犬、鳥、猿。そして、この八大迷宮『名を封じられし霊峰』の主は鬼、か。まるで、俺の住んでいた世界にあった童話みたいだな。
これ、置く場所だけではなく、置く順番もあるんだろうなぁ。
例の蛮族が1回目に鳥の置物を9時の方向に置いたんだけどさ、その時、最後に置いたんだよな。そしたら、くるくるとまわって扉の方を向いたよな? でも、次にさ、最初に9時の方向に置いたら、回転しなかったもんな。
つまり、鳥の置物は三番目に9時の方向に置くのが正解って事だ。
後は、犬と猿か。
えーっと、そういえば、童話では、出会った順番って、犬、猿、キジだったか? いやいや、まさかな。まさか、そうなのか?
うーむ、試してみるか。
となると、まずは犬か。
これ、扉の方向が北ではなく鬼門でさ、方角がずれているとか、無いよな? ま、まぁ、9時に鳥の置物を置いた時、正解だったんだから、大丈夫か。
えーっと、子丑寅……だから、犬の場所は、と。
10時の方向に犬の置物を置く。
……何も起こらないな。まさか、失敗? ま、まぁ、最後までやってみよう。
8時の方向に猿の置物を置く。やはり、何も起こらない。ちょ、ちょっと不安になってきたぞ。
最後に9時の方向に鳥の置物を置く。
すると三つの置物がくるくると回り始めた。よっしゃ、正解!
そして、置物が2階の扉の方角を向き止まる。それに合わせて、2階の扉がゆっくりと開き始めた。
「な、何故だ!」
蛮族の男が叫ぶ。やれやれ、簡単な謎解きだよ。って、これ、俺のいた世界の常識があれば楽勝だけどさ、この世界の人たちには分からないんじゃないか? だから、文献が残っていたのかな。
ん?
いやいや、よく考えろ。何で、俺のいた世界の事が? やはり、この世界って、過去に俺以外に転移? 転生した者がいたのか? この迷宮って迷宮王が作った迷宮なんだよな? って、事は、迷宮王は転生者? いや、そんな、馬鹿な。
……。
迷宮王は、最初の、そう世界樹の時にメッセージを残していたよな。全ての迷宮を攻略した先にこの世界の本当の意味を置いてきた、ってさ。この迷宮が最後の迷宮だ。つまり、答えはこの先か。
答えを知るのが怖い気もするが、進むしかないな。
―3―
階段を上り、開かれた扉へと進む。
「くそ、くそ、くそがっ! すぐに追いついてやるからな!」
下では蛮族が地団駄を踏んでいた。餓鬼か。まぁ、でもさ、俺たちが先に進んでやるぜ的に追い越して扉の先へ進もうとせず、約束を待っているのは好感が持てるか。蛮族でも、ちゃんとルールは守るんだな。
さあ、扉の先へ進むぜ。何が待ってるかなぁ。
「むふー、ランちゃん、余り先行しないでください。罠とか……」
後方を歩いていたシロネの声が聞こえる。しかし、俺は、それを無視して扉の中へ入る。一番乗りだぜ。そらそら、シロネたちも急いでくるんだぜ。あいつらが、思い直して、急に走ってくるかもしれないからな。急ぐんだぜー。
続いて14型と羽猫が扉の中へ入る。
そこで背後の扉が閉まり始めた。へ?
「むふー、ランちゃん!」
「主殿!」
後方を歩いていたミカンとシロネが慌てて走り出す、しかし間に合わない。
扉は無慈悲にも完全に閉まってしまった。
えーっと。
『14型』
俺は14型に頼んで扉を開けて貰おうとするが、その化け物じみた怪力を持ってしても扉は開かない。
いや、えーっと、
や、やってしまった。
こ、これは後で怒られるパターンだ。いやいや、でもさ、謎を解いて開けた扉が閉まるとか思わないじゃないか。おかしいだろ。
……。
ま、まぁ、やってしまったものは仕方ない。次を考えよう。
俺は室内を見回す。
部屋の中は――いや、そこはベランダになっており、上へと続くゴンドラのようなエレベーターが置かれていた。何で、外に? しかもエレベーター? いやいや、外で見た時は、こんな場所、見えなかったよな? そういえば、中庭の作りもおかしいよな? 火山の火口を下っていた時に見た城の作りと、中に入ってからが違い過ぎる。どういうことだ?
それに上に続くエレベーターって、何処に登っていくんだよ。何だ、これ。
どうする? シロネたちを待つか? 先に進むか?
しかし、余り待っていて、例の冒険者連中に先を越されたら……。むむむ。
進もう。
もう、ここまで来たんだ。ミカンとシロネなら分かってくれるはず。
14型、羽猫とともにゴンドラへと入る。すると落下防止用か、自動的に金具が降りて止まり、ゴンドラが揺れ始めた。
ゆっくりと揺れながらゴンドラが上へと動いていく。ゴンドラから見える、周囲の風景を見れば、木々の並ぶ尾根と、遙か遠くに世界樹が見えた。何だろう、雨期だから、当然のように雨が降っているんだけどさ、その雨が透けて見えるというか、うん、不思議な光景だ。うーむ、ここは火口では無いな。にしても、何処に行くんだろうな。
―4―
ゴンドラが止まる。
そこは山頂だった。
石の舞台が作られており、その周囲には円形状に石柱が立ち並んでいる。空を見れば、こちらの心をかき乱すような暗雲が立ちこめていた。まるで異世界に迷い込んだかのようだな。
見ようによっては石櫃にも見える石の舞台には石で作られた扉が作られている。そして、その扉の前に何やら光輝く球体が浮かんでいた。何だ?
この距離だとよく分からないな。
近寄ってみよう。
半透明の球体の中には人影が見える。何だ? 誰だ? もしかして、この迷宮の主か?
半透明な球体の中の人は、まるで旧式の軍服としか思えない、そんな服装を着込んでいる。そして、手にした刀を杖のように寄りかかり膝をついていた。へ、軍服? しかも何だか、辛そうだな。何かに耐えているというか。この半透明な球体に苦しめられているのか? しかし、何で、こんな……。
男はこちらに気付いたのか、軍帽の下から鋭い眼光を覗かせる。誰だ?
男がゆっくりと口を開く。しかし、その言葉は周囲を覆っている球体に邪魔されているのか、俺まで届かない。な、何を言っているんだ?
いや、口の動きで、言葉が……。
えーっと、その槍、そうかお前か、かな? 槍? 何だ? 仲間……疲れた、解放? な、何を言っているんだ?
軍服の男が立ち上がる。そして、手にした刀を掲げ、こちらに笑いかける。それは仲間へと向けるような、そんな親しみのある笑顔だった。誰だ? もしかして、俺がこの世界へ来る前に知っていた人か? いや、でも、見た事がない顔だ。確かに、こちらに来てから、数え切れないくらいの年数は経った、でもさ、それでもさ、知っている人の顔なら思い出すはずだ。
軍服の男が掲げた刀を鞘から引き抜き、そして、そのまま自身の胸元へと差し込んだ。へ? 切腹?
刀の刃が背中から突き出る。男の口から赤い鮮血がこぼれ落ち、そして、叫ぶ。しかし、言葉は俺まで届かない。
何なんだ? この迷宮の主は鬼じゃなかったのか?
半透明の球体が弾け飛ぶ。そして、刀が刺さった男の姿が変わっていく。頭から2本の角が生え、上半身の服が吹き飛び筋肉が盛り上がっていく。お、おい。
鬼になった!?
生まれ変わった鬼は胸の刀を引き抜き、そのまま構える。おい、どういうことだよッ!
『お前は誰だ!』
俺は天啓を飛ばしてみるが、鬼からの反応はない。いや、視界に赤い線が走る。鬼が刀を構え、そのまま恐ろしい勢いで俺へと叩き付けてきた。
――《魔法糸》――
俺は《魔法糸》を飛ばし、スライドするように回避する。
「マスター、敵です!」
14型が叫ぶ。いや、そうだろうけどさ、そうだけどさッ! でも、さっきまで会話が出来そうな感じだったんだぞ。戦えるか、戦えるかよッ!
鬼の口から荒い息が漏れる。そして、再度、刀を構える。
くっ、どうする?
とりあえず鑑定するか。そこから、何かヒントが見つかるかもしれないしな。
【名前:無形】
【種族:チャンピオンオーガ】
ダメだ。何の手がかりにもならない。分かるのは名前を持った魔獣、名前付きだって、ことだけだ。
くそ、どうする、どうする!?