9-59 名を封じられし霊峰中庭
―1―
14型が浮き石を飛び続け、やがて対岸に建物が見えてきた。大きさといい、アレが、この城の本殿だろうか。
例の冒険者達が本殿に乗り込む。ちッ、先を越されたか。いや、まだだ。あの中が本番って感じなら、まだ追いつけるはず。
14型が大きくジャンプし、少し高くなっている対岸へと着地する。さあ、後は本殿まで駆け抜けるだけッ! えーっと、だから、14型さん、そろそろ降ろしてください。そろそろ持ち上げて無くても大丈夫ですから。
しかし、14型は本殿の方を見つめたまま、俺を降ろそうとしない。いやいや、ここから、まだ、あの本殿まで距離がありますよね。目視で1キロくらいか? 時間も押しているしね、急ごうよ。いやまぁ、身体能力の上がった今の俺ならすぐに到着出来る距離だけどさ、ほら、だから、急ごうぜ。
「マスター、お気をつけください」
ん? 14型が俺を抱えたまま警告を発する。いや、気をつけるって、何を、だ? さっきの騎士鎧の矢で危険なゾーンはシロネたちの活躍で抜けられたじゃん。もう、後は本殿に……。
と、そこで大きな爆発音が起こる。へ? 何が?
見れば、本殿の方から慌てたように例の冒険者が駆け出してきた。
「んんー。星獣様、逃げた方がいいですよー」
先頭を走っているクロアがのんきにそんなことを言っていた。いや、えーっと、その、さっきの爆発音は?
「そこの神聖国の従者さん、星獣様、ここは私が食い止めるから、早く!」
二番目に走っていた水色の騎士鎧のお姉さんが急ブレーキをかけ、本殿の方へと振り返る。いや、だから、何が?
そして、再度、爆発音が起こる。見れば、本殿の天守が吹き飛んでいた。へ?
吹き飛んだ天守跡から、紫の炎が、炎によって作られた手が現れる。
「星獣様、あそこはどうやら、あの魔獣を封じる為の建物だったみたいですよ。それを僕たちが起こしてしまったみたいですね」
三番目に駆けてきた狐耳がハープを奏でながら、そんなことを言っていた。こいつら、余裕があるなぁ。にしても、アレが、魔獣を封じていた建物? ま、まぁ、あの本殿の上から見えている手のサイズを見る限り、無茶苦茶デカそうだが……って、そうか、あのバリスタとかが、こちらに向いていた理由は、この封印した魔獣が復活した時用か。
って、おい、これ、不味い状況なんじゃないのか?
「僕は戦闘向きじゃないので、お先に失礼しますね。そういうのはゲルダさんとマサムネさんの役目ですからね!」
狐耳はそのまま駆けていった。
次に本殿からは蛮族ヒイロとおさげの女性、ローブの男が現れた。蛮族男は何やら動きずらそうにしている。
「ゲルダ、中でマサムネとホーリーホーリーが食い止めている」
蛮族の言葉に水色の騎士鎧のお姉さんが頷く。
「グエン、お前の使い魔と早く合流しろ。テストリードは、その護衛だ」
蛮族が一瞬立ち止まり、指示を出す。ほー、意外だ。
「何だ、魔獣モドキ、ここまで来ていたのか。ならば、そこで英雄の戦いを見るがよいぞ」
蛮族はちらりとこちらを見て、すぐに視線を本殿の方へと戻す。そして、豪快に笑っていた。こいつ、逃げ出すかと思ったら、うーむ、こんなヤツでも、一応、上位の冒険者ってことか。
―2―
さらに本殿が爆発し、中から紫の炎で作られた魔人が現れた。全身炎とか、何というか、謎な生物だな。
そして、その本体が現れるのと同時に、まるで弾き飛ばされたかのように2本の刀を構えた男が飛んで来た。男は俺たちの前で着地する。
「斬っても斬ってもキリが無いぜ」
男が立ち上がり、鋭い眼光のまま、刀を口に這わせ楽しそうに舌なめずりをする。刀の刃で舌が切れちゃいますよー。
「いや、はや、これは、はっ、はっ」
坊主頭の男が巨大な炎の手に殴られながらも、それを物ともせず、こちらに走ってくる。床が抜けそうな炎の拳を受けて吹き飛んでも、まるで何事も無かったかのように立ち上がり駆け出す。遅い、重厚感のある駆け足だな。
「いやはや、死ぬかと思いました」
坊主頭は額の汗をぬぐっている。全然、死にそうな感じじゃないじゃん、余裕じゃん。
って、殴られながら駆けてきた、こいつが、俺たちの近くまで来ているってコトは……!?
俺たちの頭上に黒い影が伸びてくる。炎の魔人がすぐそこまで来てるじゃんッ!
炎で作られた魔人が炎の手を広げ、こちらを叩き潰そうと動く。
「ちっ、ホーリーホーリーのクソ野郎、貸しだぜ」
2本の刀を持った着流しの男が地面に伏せ、回転するように2本の刀を振るう。炎の魔人の指が、手が切断され、吹き飛ぶ。炎の魔人は切断された腕を持ちあげ、雄叫びをあげる。効いているのか?
「本人を目の前に汚い言葉を使うとは、悔い改めるべきですぞ」
「うるせーぜ」
そんな2人のやり取りを無視して蛮族は無駄に笑い続けていた。
「ちぃ、効いてないか」
炎の魔人の手が再生する。まぁ、炎の塊だもんなぁ。あー、でも、切り続けて小さくしていけば、倒せるのかな。ま、俺ならもっと楽な方法で倒すけどさ。
「この英雄、ヒイロ様の奥の手を出す時が来たかもしれんぞ」
蛮族は腕を組んでふんぞり返っている。
「このヒイロ様の奥義を……げふっ」
何かを発動しようした蛮族の頭を踏み台に水色の騎士鎧のお姉さんが飛ぶ。
「水騎士ゲルダの深奥見るがいい」
手に持った槍に光が集まり、巨大化していく。そして、放つ。
光の槍が炎の魔人を貫き、大きな風穴を開ける。巨大な炎の魔人がよろよろと膝をつき、そのまま倒れ込んできた。
「マスター!」
俺を抱えた14型が焦ったように飛ぶ。他の連中は!?
2本の刀を持った男は、いち早く魔人から離れていた。高笑いを上げていた蛮族と坊主頭は炎の魔人の下敷きに……。
「ゲルダよ。このヒイロ様を踏み台にするとは、そこに踏みやすい頭があるだろう!」
しかし、ヤツらは、先程、水色の騎士鎧のお姉さんが開けた風穴から、元気に顔を覗かせ、隣で潰れている坊主頭を指差していた。
「おいおい、ヒイロさんよー、まだ終わってないようだぜ」
着流しの男の言葉の通り、炎の魔人が手をつき、体を起こし始める。それに合わせて体に空いた大穴も閉じていく。
「危ない、危ない。俺様の選択が間違っていれば、炎の再生に巻き込まれるところだったぞ」
巻き込まれても良かったんじゃないですかねー。
「しかし、ゲルダの攻撃でも駄目とは、楽しくなってくるぜ」
着流しの男が刀を回す。いやぁ、ホント、このパーティの中だけで盛り上がっているよなぁ。向こう岸にいるミカンちゃんやシロネなんて、完全に置いてけぼりだぜ。
さて。
『14型』
俺の天啓に14型が頷き、こちらへと真紅妃を差し出す。俺はそれをサイドアーム・アマラで受け取る。自身の手はてぶくろをつけているから、物が持てない状態だもんなぁ。まぁ、普段から殆ど持てないんだけどさ。
「おい、そこの魔獣モドキ、何をするつもりだ。お前如きがどうにか……」
蛮族が何か言っているが、無視しよう。
真紅妃、行けるよな?
俺の想いに答えるかのように真紅妃が震える。さあて、炎の魔人退治だぜ。
―3―
紫色をした炎の魔人の元へと歩いて行く。その俺を叩き潰そうと、巨大な炎の拳が飛んでくる。
「星獣様!」
「ほら、言わんこっちゃ無いぜ」
――《飛翔》――
俺は真紅妃を構えたまま、ロケットのように飛び出す。巨大な炎の拳を無視して飛ぶ。ばーか、今更、そんな火の属性が効くかよ。赤い炎ならまだしも、属性を持った紫の炎なんて、俺からすれば餌だぜ。熱さもてぶくろが中和するからな、完全無敵ッ!
――《インフィニティスラスト》――
そして、俺は炎の魔人の体内、体中を動き回っていた魔石核を追いかけ、無限の螺旋を放つ。何処に魔石核があるか、線で見えていた俺からすればさ、お前は相性の良い相手だったぜ。
真紅妃が魔石を打ち砕く。
魔石を打ち砕かれた炎の魔人は、その体を維持する事が出来なくなり、爆発するように霧散した。
はん、楽勝だったぜ。
俺は、そのまま例の冒険者たちの前へと降り立つ。
炎の魔人を一瞬で倒した俺を見て、冒険者連中は声も出せず、呆然と立ちすくんでいた。いや、1人だけ豪快に笑っている男がいた。
「ふむ。なかなかやるようだな。このヒイロ様は英雄ゆえ、力のある者を認めよう」
……。
いや、お前に認められても嬉しくないから。
「しかし、だ」
しかし?
蛮族が懐から猿の置物を取り出す。
へ?
は?
はぁ!?
「俺様たちで足止めして、仲間を逃がしながら帰るところが、ゆっくり帰られるようになっただけなのだよ」
こ、こいつ。
くそ、この置物をとったから、炎の魔人が起動したとか、そんな感じなのか?