9-58 名を封じられし霊峰中庭
―1―
「おい、先に行くぞ」
ヒイロが正面の道の前で腕を組んで、待ちきれないとばかりに足踏みをしていた。餓鬼かよ……。
「やれやれ、せっかちなものだ」
坊主頭は、頭をぽりぽりと掻きながら、あの偉そうな男のところへ戻っていく。まぁ、何だ、この人は、それほど悪いヤツじゃないのかもしれんなぁ。
そして、ヤツらが正面の通路を抜け、その先へと消える。
って、大人しく見ている場合か。右側に犬の置物、ヤツらが進んだ左側に鳥の置物、と来れば正面は猿の置物か? いやいや、まさか、そんな事はないだろうけどさ。でも、あの正面の道の先にも同じような置物があるのは間違いないだろうし、ヤツらに先を越されるのは不味いだろ。
『シロネ、ミカン、追うぞ』
しかし、起き上がった俺をシロネが止める。
「むふー、ランちゃん、無理したら駄目ですよ」
いやいや、無理じゃないから、もう元気だからッ!
『シロネ、もう大丈夫だ』
「むふー、そんなはずは……」
シロネは穴が開いていたはずの俺の身体を見て驚く。もう塞がっているだろ?
「SPの多い魔獣としての力? むふー、これが星獣様ですか」
まぁ、人とは姿形も違うし、不便な事も多いけどさ、SPが多い、MPが多い、そんな人よりも優れたところは正直有り難いぜ。
『大丈夫だろう? 後を追うぞ』
俺たちは連中の後を追う。
正面の通路の先は小部屋になっていた。小部屋の中には小さな鉄球や銛? のような物が乱雑に散らばっており、足の踏み場も無いほどだ。何だ、ここ? 武器庫? いや、気にしている場合か、進もう。
小部屋に取り付けられた重そうな金属の扉をミカンに押し開けて貰い、その先に進む。そこは天井のない中庭のような場所だった。違っているのは、下が一面の溶岩で埋まっているという事と、一段高くなった、こちらの陸地部分に備え付けの大型弓が並んでいるという事だった。バリスタか? にしても、何で城の中にあるんだ? 普通は外敵を倒す為に外へ向けて城壁に置いておくもんじゃないのか? な、謎だ。この並びだとさ、城の中から出てくる何かを迎撃するって感じだよなぁ。
そして、陸地の中央部分には向こう岸へと渡る為の橋が架けられていた。橋は、そこそこの横幅もあり、そして異様に長かった。さらに恐ろしい事に、この橋は、こちら側と向こう側の二ヶ所を天井からの紐で固定されているだけのようだ。これ、風が吹いたら大変な事にならないか? それか、紐が切れたら、この橋、溶岩に落ちちゃうよな。何なんだ、この城の建築者は頭がおかしいのか?
結構な広さのある溶岩の中には、そこから砦のような物が何個か生えているのが見えた。まるで橋を渡る物を監視するかのようだな。
橋の上には……いた、ヤツらだッ!
「ちっ、もう追いついて来たぞ。テストリード、頼むぜ!」
ヒイロが叫ぶと長身のおさげの女性が頷いた。そして、肩にかけていた弓を外し、構える。へ? そっちは?
てっきり、こちらに攻撃してくるのかと思ったが、何を思ったのか、おさげの女性は橋の向こう岸へと弓を構える。何をするつもりだ?
おさげの女性から矢が放たれる。矢は橋の向こう側を支えていた紐を撃ち抜く。じ、自殺する気か!?
橋の向こう側が落ち、溶岩へと沈む。そして反対側、いや、こちら側か、が、勢いよく、高く高く持ち上がる。一瞬にして下り坂になった橋を連中が滑るように駆けていく。もしかして、俺らが橋を渡らないように、かッ!
いや、でも、俺、《飛翔》スキルがあるしなぁ。いやまぁ、ヤツらもまさか飛んでくるとは思わないか。
「おい、お前ら、聞こえるか! お前達も鍵を手に入れたようだな!」
ヒイロが橋を滑りながら叫ぶ。たく、その距離だとさ、俺じゃないと聞こえないってばさ。
「この先に最後の鍵があるのは確定だ! 三つの鍵を使えば道が開かれるだろう。俺様達とお前ら、先に最後の鍵を手に入れた方に持っている鍵を渡すってのはどうだ!」
こいつ、勝手に決めやがって。いや、待てよ、これはチャンスでもあるのか? あいつらが素直に鳥の置物を渡してくれるとは思えないしな。
『よかろう。ただし条件がある。もし、お前達が先に最後の鍵を手に入れたとして、その際、鍵の起動に失敗した時は、次に自分たちも挑戦させて欲しい』
俺が天啓を飛ばすと嫌そうな返事が返ってきた。
「ちっ、聞こえていたのかよ。まあいい、その条件で飲んでやる」
契約成立だな。にしてもずいぶんな自信だな。あの台座に置物を置くってことで確定だろうけどさ、順番とか把握しているのか? それとも、アレか? クロアが教えてくれた、あのスキルに絶対の自信でもあるのか? まぁ、ここで俺たちが先に置物をゲットすれば、色々と悩む事もないし、サクサクとゲットするか。
「主殿! 下に道があります」
縁に立っていたミカンが叫ぶ。
俺たちも縁へと進み、下をのぞき見る。すると溶岩の上に浮き石のような物が何個も漂っており、溶岩に飲まれて消えたり、現れたりしていた。そんな浮き石の道が向こう岸まで延びている。これは……。
『14型、行けるな?』
「マスター、お任せを」
こんな燃え盛る溶岩の道を進めるのは、俺と14型、それに羽の生えたエミリオだけだろうな。ミカンちゃんは炎の陣羽織があるけどさ、熱でやられてしまうだろうからなぁ。でもさ、このルートなら14型を連れていけるぜ。
『ミカンとシロネは待機だ。自分たちに任せて欲しい』
「むふー、仕方ないですねー」
「主殿、私ならば!」
むう。
『ミカン、大丈夫だ。お前の主を信じろ』
任せるんだぜー。
―2―
俺は《換装》スキルを使いてぶくろを呼び出す。まん丸お手々だから、指の部分がぶらんぶらんしているな。いや、でも、これでしっかり装備出来たはずだ。
『14型、頼む』
「マスター、了解です」
14型は手に持っていた犬の置物をミカンに渡し、俺を持ち上げる。そして、そのまま溶岩へと飛び降りた。さあ、どうだ。
よし、熱くないな。てぶくろの効果、凄い。今まで、何の意味があるんだろうってくらい、馬鹿にしてたけどさ、この熱さ寒さを一定に保つ効果があれば、この溶岩の上でも大丈夫だな。まるで、ここを攻略する為に作られたかのようだぜ。
俺たちが浮き石の上を飛び跳ね進んでいると、溶岩の上に立てられている砦から弓を持った騎士鎧達が現れた。いやいや、まさか、ここで? これ、まさか、橋を渡らなかったからか?
斜めになった橋の上では、おさげの女性が滑りながら弓を構えていた。そして放つ。矢が騎士鎧に刺さる。そして、そのまま吹き飛ばし騎士鎧を溶岩に沈めていた。あの距離で当てるか。しかも吹き飛ばして落とすとか、神業だな。
で、あいつら、何処まで滑っていくんだ。先は溶岩だぞ? 向こう岸までジャンプして届く距離じゃないだろうし、自殺するつもりか? それとも俺みたいな飛ぶスキルが使えるのか?
と、そこで斜めになっている橋の途中から木が生え、向こう岸までを繋いだ。
「シェンリュ、すまない」
『あーいー、ここで維持し続けるです』
ヤツらが木の上を渡っていく。まさか、そんな方法かよ。
と、その瞬間、俺の視界に赤い線が走った。へ? ま、まさか!
見れば、溶岩に落とされたはずの騎士鎧が、その溶岩の中から弓を構えていた。おいおい、溶岩に落ちたなら素直に死んどけよ。
俺が身を盾にして受けるか? くそ、こいつの矢って必中なんだよな。どうする、どうする?
必中?
もしや!
矢が放たれる。
『14型、真紅妃を頼む』
――《スイッチ》――
14型に真紅妃を手渡し、スターダストを《スイッチ》スキルで亜空間に収納する。
そして、飛んできた矢を、サイドアーム・ナラカで受ける。矢の衝撃でサイドアーム・ナラカが消し飛ぶ。
……。
そして、矢は光となって消えた。
よっしゃぁ。成功、成功だ。サイドアームは俺の手みたいなもんだからな、もしかしたらと思ったが、大成功だぜ。次の作成までは時間がかかるけどさ、サイドアーム・アマラがあるからな、もう一発は耐えられるぜ。
しかし、次の矢は飛んでこなかった。
溶岩の上に立ち、そして、ゆっくりと沈み始めていた騎士鎧が、再度、弓に矢を番える。そこに横から飛んできた銛が突き刺さり、騎士鎧を打ち倒す。
見れば、ミカンが銛を運び、それをシロネがバリスタにはめ込み、撃ち出していた。
ナイス、アシスト! 良く気付いた、さすがはシロネ。
よっしゃ、このまま進むぜ!