9-55 名を封じられし霊峰右通路
―1―
「むふー、お祖母ちゃん、食べたからには情報をくださいねー」
「んんー、シロネも駆け引きが上手くなりましたねー」
シロネの言葉にクロアはうんうんと楽しそうに頷いていた。こうして並んで座っていると双子の姉妹みたいだな。ま、実際には祖母と孫なんだけどな。
「んんー、そうですねー。あの者達には内緒ですからねー」
クロアが口元に指を添える。内緒話か。俺には字幕として見えているから筒抜けなんだけどな。さすが、クロア、この八大迷宮『名を封じられし霊峰』の情報をすでに手に入れていたか。
「んんー、まずは、あそこで偉そうにしているのがヒイロという名前の男ですねー」
ん?
「パーティメンバーのレベルなどを底上げしてくれるスキルが使える、ユニーククラスの『英雄』を持っているんですよー」
いやいや、それ重要な情報か? 要らねぇ、要らない情報だよッ!
「むふー、お祖母ちゃん、私が聞きたいのは……」
「シロネ、迷宮は自分で攻略してこそ、ですよー」
そう言って、クロアは立ち上がる。そして、こちらを見た。む、俺がどうかしたのか?
「んんー。そうそう、シロネ、ヒイロは《水の調べ》という迷った時、正しい選択肢が分かるスキルを持っていますよ。注意なさい」
ん? どういうことだ? 迷った時に正しい選択肢が分かる? の割には鳥居の正解を力押しで見つけていたよな? 何か発動に条件があるのか? そういえば、思ったよりも早く追いついて来たよな? もしかして、その《水の調べ》というスキルの力か? むむむ。
にしても、だ。何で、クロアはそれをシロネに教えたんだ? いや、あの顔、俺に伝えようとしたのか? でも、何でだ? クロアはヤツらのパーティの仲間なんだよな? うーん、ホント、わかんねぇ。
まぁ、いい、俺はご飯にしよう。ポンちゃんのスープを飲むんだぜー。
あれ? スープがない。
ミカンが最後のスープを飲み干し、大きく満足そうに息を吐いていた。えーっと。
「あ、主殿、すまぬ」
こちらに気付いたミカンが、申し訳なさそうにうつむく。いや、あのー。
「マスター、任せて欲しいのです。先程の料理は、この者達のための物なのです。これから私がマスターの為に料理をするのです」
14型が何処からか巨大な肉の切れ端を――生肉を取り出す。えーっと、お前、それ、昨日の竜の肉か。こっそり削って入手していたのか? く、腐ってないよな? いや、14型さんの料理とか恐怖でしかないんですけどー。
「マスター、少しだけ待って欲しいのです」
14型が巨大な生肉を持ったまま扉の外へと駆けていく。まてまて、お前は何処に行くつもりだ。
そして、すぐに、真っ黒な物体と化した、かつて生肉だった物を持って戻ってきた。お、お前、もしかして、外の溶岩で肉を焼いたのか?
『お、お前、それは……』
14型は俺の天啓を無視し、ミカンの前に黒い物体を置く。
「マスターの為に黒い部分を切り落とすのです」
それを聞いたミカンが、はっと何かに気付いたような顔をし、小さく頷き、すぐに腰の刀に手をやる。
そして、瞬時に刀が煌めいた。黒い塊が切り取られ、中から美味しそうな匂いと湯気を漂わせた赤身が現れる。
そして、14型が、その赤身に何かのソースを上からかける。ソースが肉の熱によってじゅうじゅうと香ばしい音と匂いをたてる。
「さあ、マスター」
ミカンが小さく切り分けた肉の塊を、14型が取り、俺の前に持ってくる。
ぱくん、もしゃもしゃ。
う、うむ、美味しいぞ。見た目は赤身なのに、ちゃんと火が通っているな。このソースも美味しい。何というか高級なステーキを食べているような気分だ。
「マスター、まさか、この有能な私が肉を焦げ付かせ、その消し炭をマスターに食べさせるような不健康なことをさせるとは考えていなかったと思うのですが、どうでしょう、お口に合いますか?」
いや、あの、うむ。お、美味しいよ。
―2―
例の冒険者チームは出発の準備が終わったようだ。もう出発するのか。2、3時間睡眠くらいだよな? 余り休憩が出来なかっただろうに、タフだな。
「さあ、行くぞ」
何処の部族だ、と言わんばかりの民族衣装に身を包んだ偉そうな男が他のメンバーに指示を出している。あの、無駄に偉そうなヒイロって男がリーダーなのか?
ヒイロが、こちらから見て左側の通路を指差す。
「こっちだな」
その言葉にヤツの仲間連中が頷いていた。そして、ヒイロはこちらにも指を差す。
「お前達、いくら迷宮攻略に自信が無いからといって、俺様達の後をつけてくるんじゃないぞ。次は手加減が出来ないからな」
……。
えーっと、いつ手加減してもらいましたか。ホント、馬鹿で傲慢なヤツだな。バーン君も似たようなところがあるけどさ、コイツみたいに馬鹿じゃないからなぁ。同じようなタイプでも、そこが違うよな。
「星獣様、またねー」
水色の騎士鎧を着たお姉さんがこちらに元気よく手を振っていた。えーっと、何だろう、場違いというか、凄く和む人だなぁ。実力から言っても、あの人がリーダーの方がいいんじゃないか?
「むふー、ランちゃん、私たちも」
「主殿、どうされるのだ?」
そうだな。ここでゆっくりしている場合じゃないな。俺らも進むか。
となると、進む方向だけど、うーむ。
そうだなぁ、ヤツらの反対方向を進むか。
『シロネ、ミカン、右に進むぞ』
俺の天啓を受け、皆が頷く。この迷宮ではまったく役に立っていない羽猫も、追従モードの分身体も頷いていた。分身体の追従モード、意外に細かく動くんだな。
右の通路を進むと、周囲の壁が消え、吹き曝しの通路になった。えーっと、渡り廊下? 周囲が溶岩だから、熱いし、落ちたら、と思うと怖くて通るのが嫌になるんですけどー。
「むふー、先程の部屋は涼しかったんですねー」
シロネが今気付いたと言わんばかりに流れ出ている汗をぬぐっていた。
「主殿、正面の建物まで急ぎましょう」
渡り廊下の先はまた城の中に戻るようだった。
ん?
その時、俺の前方に右から流れるような赤い線が灯る。俺はすぐに赤い線の方向を見る。
ここから、かなり距離のある城の外壁の上に入り口で戦ったのと同系統と思われる紫の炎を纏った騎士鎧が立っていた。そいつが馬鹿でかい弓を構え、こちらに狙いを定めている。な、あんな場所から狙撃だと!?
『ミカン、シロネ、城の外壁から狙われている、急ぐぞ』
俺たちは吹き曝しの通路を駆け出す。
騎士鎧から矢が放たれる。恐ろしい勢いで飛んできた矢は狙い違わず、俺に――そこで、俺の体が何者かに突き飛ばされた。見れば分身体が、その身に恐ろしく巨大な矢を受け、貫かれ、そして弾け飛んでいた。あー、分身体が……!
って、俺も突き飛ばされて溶岩に落ちていってるんですけどー。全然、助けになってないんですけどー。
――《飛翔》――
《飛翔》スキルを使い、元の渡り廊下に戻る。すると何故か14型が悔しそうな顔をしていた。
「マスター、申し訳ありません」
いやいや、別に問題無いからな。にしても、14型が反応出来ない速度って危険だな。狙われたのが俺だったから良かったけどさ、シロネやミカンだったら……うむ、危なかったな。
『今はいい、急ぐぞ』
次の矢が飛んでくる前に建物の中へ入らないとな。はぁ、分身体は、また後で作り直さないとなぁ。にしても、追従モード、意外に優秀だったな。