9-54 名を封じられし霊峰エントランス
―1―
大きく重たい扉をミカンが押し開ける。さあ、まずはエントランスだな。非常に大きなエントランスには、入ってすぐ、右隣にいつもの台座が置かれていた。さっき洞窟の入り口で登録したところなのにさ、割とすぐに次の台座が見つかったな。まずは台座に手を触れて登録しよう。
俺が台座に手を触れると4つの画像が浮かび上がった。この迷宮の攻略を開始してから、結構日数が経ってしまっているが、ここが最後だろうし……うむ、割と順調かな。
俺はエントランスを見回す。このエントランス、広いな。ここだけでもサッカーが出来そうなくらいの広さはあるぞ。
魔獣の姿は見えない。ここは安全地帯のようだな。
左右と正面に開かれた扉があり、そこから通路が延びていた。さらに正面方向は左右から伸びた2階へと上がる階段があり、正面の扉はその間に作れていた。左右の階段を上った先、2階にも扉が見えるな。しかし、こちらは閉じられているようだ。
そして、部屋の中央には何かが置けそうな小さな台座が、円を描くように12個置かれていた。あら? ここは8個じゃないんだな。8が好きなこの世界にしては意外というか何というか。うーむ、まるで時計みたいだな。
俺が思うに、この台座の仕掛けを解くと2階の扉が開くとかそんな感じじゃないか? まぁ、思い込みで行動するのが一番ダメだからさ、2階の扉が普通に開くかどうか確認するけどさ。
うむ。まずは2階の扉の確認だな。その後、開かれた三つの扉の先って順番かな。さてさて、探索開始だな。
「むふー、ランちゃん、ストップですねー」
と、そこでシロネからの制止がかかった。む、何かトラップでも発見したのか? 俺には何も見えないんだが。
「むふー、ランちゃん、ミカンちゃんを見てください」
へ、どうしたの?
俺がミカンの方を見ると、ミカンからぐぅと小さな音が聞こえた。
「いや、これは、主殿、いや、あの、その大丈夫です……だ」
ミカンは恥ずかしそうにお腹を押さえ、手を振っている。えーっと、ミカンちゃん?
「ランちゃん、むふー、溶岩の灯りで分かりにくいですけど、もう夜ですよー」
へ? マジで? もう、そんなに時間が経っているのか! うーむ、時間が経つの、早いなぁ。俺はまだまだ元気って感じなんだが、ミカンとシロネは限界かぁ。俺は魔獣の体だからか、疲れを知らないというか、疲れてもすぐに復活するもんなぁ。眠らずに夜通し動いてもさ、余り問題無いしさ。普通の人は、そうはいかないもんな。
ま、俺からしたら、休憩ばかりしているように感じるけどさ、1日1回は食事と睡眠を取るのって普通だもんな。
―2―
エントランスで休んでいると、入り口の扉が大きく開かれた。あれ? あの扉って閉めたか? 俺が眠っている間に誰かが閉めたんだろうか?
扉を開けて現れたのは、予想通り、例の冒険者パーティだ。もう、追いついて来たのかよ。思ったよりも早かったな。俺たち、余り魔獣を倒さず、残してきたはずだから――まぁ、なんだかんだ言って、こいつらも優秀だって事か。
「てっきり、何処かで魔獣にやられているかと思えば、意外だな」
パーティの一番最後尾に立っている偉そうな男が呟いていた。おいおい、余り騒がしくするなよ、ミカンとシロネは疲れて眠っているんだからな。探索中だからか、眠りが浅いようだし、ちょっとした物音で目を覚ますかもしれないんだぜ。俺としては少しでも疲れを取って貰いたいんだぜ。
『すまないが、仲間が休息中だ。静かにしてくれ。お前達も冒険者ならルールは分かるだろう?』
俺は目の前の冒険者パーティに限定して天啓を飛ばす。すると、一番後ろに居た偉そうな男――ヒイロは何かを喚き散らそうと口を開ける。しかし、すぐに長身のすらりとした体型をした、おさげの女性が手で偉そうな男の口を塞ぎ、そのまま抑えつけて黙らせていた。おー、素早い。それにまったく音がしない動作、ホント、熟練の冒険者って感じだな。
水色の騎士鎧のお姉さんが無音のまま、俺に顔を近づけささやく。
「ごめんね、私たちも疲れているから、奥で休ませて貰うね」
は、はやい。いつの間に俺の目の前に!? 俺が目で動きを追えなかっただと。しかも、金属鎧がまったく音を立てていないとか、おかしいだろ。
水色の騎士鎧のお姉さんの言葉通り、冒険者パーティは、物音を一切立てずエントランスの奥へと歩いていく。こいつら、俺たちに追いつく為に夜通し探索を続けたのか?
『ふん、そこの魔獣モドキー、シェンリュが静かにしたからー』
ドリアードから念話が飛んでくる。頭の中に声が響くとか気持ち悪いなぁ。にしても、こいつが、周囲の物音を押さえる魔法か、スキルか、を使ったってワケか。だから、さっき物音がしなかったのかな。
―3―
時間が来たのでシロネたちを起こす。
「むふー、ランちゃん、朝ですかー」
「主殿、朝、ですか。ぐぅ」
起き出したミカンとシロネが朝ご飯の用意を始める。俺も手伝うか。
――[サモントレント]――
シロネから木属性のマントを借り、その属性を利用して木材を作る。
――[ファイアトーチ]――
さらに木材を燃やして火を作る。
――[アクアポンド]――
水天一碧の弓を手に持ち、これまた14型が用意した真銀製の水差しの中に水を作成していく。
さて、と。これで下準備はオッケーか。属性が無い場所だとさ、道具が必要になるから、結構、面倒だよなぁ。
14型が用意したお鍋に俺が火を、そして、その鍋の中に水を入れ、ポンちゃんが作ってくれた固形食材を入れる。これこそ、ノアルジ商会のスーパーなお弁当、水に入れるとスープになるよ、だ。ポンちゃんに作って貰った美味しいスープを魔法で急速に凍結させ、水分を飛ばして乾燥させた、すんばらしい乾燥食品だ。あの14型でも調理に失敗する事がない優れものなんだぜ!
乾燥していた固形のスープの素が水に溶け出し、周囲に良い匂いを漂わせる。ポンちゃん特製、魚介出汁のスープだぜ。
「おい、お前達、何を!」
偉そうな男は俺たちの料理の匂いに誘われたのか、こちらへ駆けてくる。鬱陶しいなぁ。
「何だ、それは!」
まぁ、普通、冒険者の料理って言ったら、その場で倒した魔獣を調理するか、保存食、それこそ干物とかだもんな。
『これは冒険者の食生活の改善の為に開発したお弁当だ。今後、ノアルジ商会で売り出す予定だから、そこで買うといい』
そう、欲しければ買うが良いのだ。
「な、なんだと!」
俺たちのワンランク上の食事を羨ましそうに見ているヤツはほっといて食事にしよう。
さあ、もしゃもしゃするのだ。
「んんー、シロネ、なかなかいけますよー」
何故か、クロアさんがちゃっかりシロネの隣に座りスープを飲んでいた。いや、あの、この人も自由だなぁ。シロネ、お前の祖母だろ? 止めろよ。
2021年5月16日修正
シロネからの静止が → シロネからの制止が