9-53 名を封じられし霊峰城前
―1―
城を目指し、すり鉢状になっている岩壁にそって下へ下へと降りていく。ぐーるぐーるってな。結構、城までの距離があるな。これ、一気に中央の城へと飛び込んで終わりにしたらダメかなぁ。まー、俺1人ならまだしも、今回はミカンとシロネがいるからな。着実に、落ちないように壁側の道を歩いて城まで進もう。
「むふー、それにしても熱いですねー」
ホント、暑いよなぁ。いや、もうね、シロネが言うように、これは熱いだよな。
「そうですね」
ミカンも熱さにまいっているようだ。ミカンちゃんなんか毛皮の塊だもんな。ちゃっかり炎の陣羽織を身につけているけどさ、熱さも無効に出来るんだったか? 俺の耐性スキルなんてさ、火属性を無効にしても熱さまでは無理だしなぁ。ん? って、ことは属性を吸収しているのに、熱さで死ぬなんて間抜けなコトも起こるのか!? 酷い! 吸収詐欺じゃん。
よく考えてみたらさ、物が燃えたりとか熱くなるのって火属性だからってワケじゃなくて、その属性が引き起こした現象で属性自体の効果じゃないもんなぁ。つまり紫の炎を吸収し続けて無効化は出来るけど、そこから発生した服が燃えるなんて二次的な効果は防げないってコトだよな。ホント、吸収詐欺だ。この属性吸収ってさ、もしかして、すげぇ使えないんじゃないか。ますます微妙に思えてきたぞ。
熱さの続く崖道を降りていると、紫の溶岩が盛り上がった。溶岩が紫って気持ち悪い光景だな、って、魔獣かッ!
現れたのは紫の炎を身に纏った中型サイズの鳥だった。さっきの蝙蝠と同じか少し大きい位だな。紫色とはいえ、溶岩の中に生息しているとは変わった鳥だぜ。
「むふー、あの魔獣は土の属性しか効かないと思われますねー」
知ってるのか、シロネ先生。にしても、土か。土の属性は持ってないんだよなぁ。そんな魔獣もいるのか。
「主殿、お任せを」
ミカンが手にしていた長巻を背中に戻し、腰の刀に手を乗せる。そのまま片眼を閉じ、紫の炎を纏った鳥が近寄ってくるのを待つ。
紫の炎を纏った鳥がこちらへと飛んでくる。
瞬間。
ミカンの目が開き、剣閃が煌めく。ミカンの刀が鞘へと納まるカチリという音だけ残り、目の前の鳥が魔石ごと真っ二つになっていた。相変わらずの早業だな。にしても、こんな炎を纏った魔獣だと素材を取る事は出来なさそうだな。ミカンちゃんも一撃で倒す為に魔石を切断しちゃったしさ。
まぁ、ここはミカンに頼って、頑張って貰いながら先に進むか。火属性に有効である土属性の武器を用意せずに来たのは迂闊だったかなぁ。こういう時に準備がいいはずのシロネが何も持ってきていないみたいだしさ。俺もさ、自分の力を過信し過ぎたかなぁ。
―2―
やがて、城へと続く巨大な跳ね橋が見えてきた。おうおう、この橋から落ちたらタダではすまないな。炎自体は紫色だし、吸収するから大丈夫だろうけどさ、熱さで死ぬだろうなぁ。死んじゃうよなぁ。
橋の下の溶岩はぐつぐつと嫌な音を立てている。偶に火柱が立ち上がり、橋を飲み込む。しかし、橋は謎の金属で作られているようで、その炎を浴びてもビクともしていなかった。これさ、橋が丈夫なのは分かったけどさ、渡るのは大変じゃないか? こんな場所の城に住むとか常識が無いよな。
吹き荒れる炎のタイミングを見計らい橋を渡る。そして、巨大な門を抜け、城前へと滑り込む。
「むふー、死ぬかと思いましたねー」
シロネは冷や汗をぬぐい、中腰で大きく息を吐いていた。
「この迷宮で、一番、厄介な場所だったかもしれません」
ミカンも少しだけ青い顔をしている。言葉が素の感じに近いもんな、少し動揺しているのかもしれんな。
背後を振り返り、紫の炎が吹き上がる跳ね橋を見る。
うーむ、確かにな。こんな橋を渡るというだけの作業だけどさ、今回、一番、キツかったかもしれん。炎を常に浴びているからか、足下が凄く熱くなっているみたいだしなぁ。俺も黄金妃を履いていなかったら大変な事になっていたぜ。
城前は小さな広場にしかなっておらず、すぐに城へ入る扉が見えた。広場の端には下へと降りる階段が取り付けられていたが、そこは溶岩の中に埋まっていた。以前は、ここまで溶岩が来ていなかったのか? よく分からないな。
城の扉の横には大きな騎士鎧が立っており、緩やかな弧を持つ剣を掲げていた。あー、これ、この騎士鎧が動くパターンだ。さっき、中ボスの竜を倒したと思ったのに、また中ボスクラスかよ。少しは休ませろっての。ホント、この迷宮を作ったヤツはゲーム的なアトラクションが好きだなッ!
『シロネ、ミカン、それに14型』
注意を促すよう皆に天啓を飛ばす。シロネ、ミカンは分かっていると言わんばかりに無言で頷く。14型は無言で凶悪な篭手を構えていた。
―3―
俺たちが城へと近付くと、大きな騎士鎧の中から紫の炎が吹き上がり動き出した。はーい、想定内でーす。
まずは先制攻撃!
――《インフィニティスラスト》――
俺の手に持った真紅妃から無限の螺旋が放たれる。この一撃で倒せるなら、それが一番だからなッ!
しかし、距離を詰めるのが甘かったのか、技の発動ギリギリで、炎を纏った騎士鎧が大きく横へと飛び、無限の螺旋を回避する。ちぃ、意外と機敏なッ!
距離を取った炎の鎧が曲刀を腰に構え、じりじりとすり足でこちらへと近付いてくる。
俺の視界に真っ赤な線が走る。ヤバイッ!
一瞬にして間合いを詰めた炎の鎧から恐ろしい速度の突きが放たれる。俺の眼前に刃が迫る。
「主殿!」
しかし、その刃は届かない。俺の目の前には、いつの間にかミカンが立っていた。ミカンが曲刀を、その手で挟み込み押さえ込んでいる。
ミカンが曲刀を押さえ込んだままじりじりと炎の鎧へと近寄り、そのまま、その怪力で曲刀をへし折る。そして、さらに回し蹴りを放つ。炎の鎧が蹴り飛ばされ、城の外壁に打ち付けられ、跳ね返る。お前、いくら火属性無効の炎の陣羽織を着ているからって、炎を纏っている鎧を蹴るとか、無茶苦茶するなぁ。
『ミカン、助かった』
「主殿、まだ動きます」
炎の鎧が立ち上がり、その鎧の隙間から、さらに大きな炎を吐き出す。
炎の鎧から六つの炎の塊が浮かび上がる。俺の視界に赤い点が灯る。
六つの炎の塊が動く。しかし、そこに短剣が刺さり、六つの炎の塊を撃ち落としていく。
「むふー、近寄れなくてもこれくらいは出来るんですよ」
そして、
「マスター、雑魚は任せて欲しいのです」
その炎の鎧の胸を凶悪な篭手が突き抜けていた。あー、まぁ、14型さんは熱さ無効だろうしなぁ。俺もシロネもミカンも生ものだから、熱いのは苦手なんだーぜー。
胸から凶悪な篭手を生やした炎の鎧がジタバタと暴れる。まだ生きているのかよ。
炎の鎧からさらに紫の炎が吹き出す。しかし、14型は、少し嫌な顔をしただけで、そのまま炎の鎧を持ち上げ、地面に叩き付けた。
「任せてください」
ミカンが腰の刀を抜き、寒さすら感じそうな、そう、まるで雪が降り注ぐかのような連続切りを放つ。炎の鎧が斬り刻まれ、金属の破片と化す。そして、内部の炎が爆発したのか、そこから弾丸のように破片が飛び散る。ミカンはすぐさま刀を鞘に収め、もう片方の腰に差した小太刀を引き抜く。そして、剣先が見えぬほどの高速の連続突きを放つ。連続の突きが破片を撃ち落としていく。
――[アイスウォール・ダブル]――
厚い氷の壁が、ミカンが撃ち漏らし、こちらへと飛んできた炎の破片を防ぐ。破片になってからも爆発して襲ってくるとか、厄介な魔獣だな。こんなのが門番とか、ここら先も、結構、大変そうだなぁ。
『さあ、先に進むぞ』
まぁ、これで門番も倒したし、城の中に入れるな。『世界樹』もそうだたけどさ、この八大迷宮って前半と後半に別れている事が多いからな。ここからが後半って事なんだろうなぁ。