9-52 名を封じられし霊峰火口
―1―
とりあえず竜の素材は希少そうだから、これは持って帰ろうかな。
魔法のポーチXLに竜の死骸を突っ込む。何というか、ちょっとしたビルくらいのサイズはある巨大な竜の死骸が小さなポーチの中にしゅるしゅると納まっていくのは、ホント、不思議な光景だよなぁ。不思議というか、異常な光景だよな。まぁ、これが、この世界の常識なんだからさ、郷に入っては郷に従えだよ、な。
「むふー、あのサイズの竜を納める事が出来る魔法の袋、いつ見てもランちゃんは規格外ですねー」
「うむ、最大MPが優れている主殿ならでは、だな」
……。
えーっと、ああ、うむ。さあ、先に進もう。
俺がいきなり竜と戦った、この場所を改めて見回す。何も無い、岩肌の大きな広場だ。遠く、先は白い霧に覆われており、その先を見通す事は出来ない。そして、その白い霧の前にぽつんと紫の鳥居が立っていた。結構、距離があるな。うん、広い。まぁ、巨大な竜との戦いを想定した広場だったんだろうから、広くて当然か。
で、戻るための鳥居は、と。先にあるのが紫の鳥居なんだから、あるとしたら青色の鳥居なんだろうけどさ、その姿が見えないな。端から端まで、端の白い霧から、逆側の白い霧まで見渡せる平坦な広場で、見えるのが遠くにある紫の鳥居だけだ。これは、先に進めってことか。
『シロネ、ミカン、先に進むしかないようだ』
「むふー、そのようですねー」
「主殿、いよいよでしょうか」
うーん、どうなんだろうな。さっき倒した竜ってさ、中ボスって感じだったもんなぁ。強さで言えば、ミカン達が戻ってくるのを待っていた時に戦った、歩く口の方が強かったんだよな、サイズはこちらの方が圧倒的に大きいけどさ。あの歩く口、あいつら、俺の必殺の《インフィニティスラスト》でも一撃で倒せなかったもんな。俺の最強奥義が必ず殺す技にならなかったんだぜ。そいつらに比べて、この竜は、その程度の相手だ、と思うとさ、まだまだ先が長そうなんだよなぁ。
それにさ、今までの例から言えば、ここのボスって、あの台座に描かれていた鬼? みたいなヤツだろうしさ。ここまで来るのに、結構、日数を使ってしまったけど、大丈夫かなぁ。
まぁ、考えても仕方ない、先に進むだけだな。
―2―
紫の鳥居をくぐり抜けると、そこは崖の上だった。俺の背後は切り立った崖になっており、その先端に黒い鳥居が立っていた。そして、正面は岩壁になっており、そこがくり抜かれ、岩山の中へと続く洞窟が口を開けていた。
薄暗い洞窟の入り口にはいつもの台座が置かれている。ここで、か。
とりあえず台座に手を乗せる。すると三つの画像が浮かび上がった。登録、完了っと。これで何時でも、ここに戻れるな。まぁ、一気に攻略するつもりだから、戻らないんだけどさ。
「ランちゃん、一度、休憩しますか?」
うーん、この崖の上で休憩ってのは、なぁ。まぁ、普通だと戦闘って、かなり精神力を使う作業だろうから、休憩が多くなるんだろうな。戦闘が激しくなれば、怪我を負ったり、魔法使ってMPを消費したり、シロネは、その普通の感覚で休憩を提案しているんだろうけどさ。
『先を急ごう』
いや、大丈夫っす。てなもんよ。
「マスター、気を遣われなくても、他の者達もまだまだ元気なようです」
はいはい、そうだね。
さあて、では気を取り直して、この薄暗い洞窟に入りますか。
洞窟に入ると、その瞬間、別に貴重でもない大きなサイズの紫の翼を持った蝙蝠の群れが飛び出してきた。ブルーバットではなく、パープルバット? それともファイアバットとか、そんな感じか。
って、考えている場合か! 蝙蝠の勢いに押されて、と、と、と。飛び出してきた紫蝙蝠たちの勢いに押され、押し戻される。あ、そういえば、ここ崖だった。
俺の体が崖の先へと投げ出される。
「マスター!」
投げ出された俺の体を14型が空中でキャッチし、そのまま何も無い空間を蹴り崖の上に戻る。いやはや、油断した、油断した。まぁ、14型が助けてくれなくても《浮遊》スキルや《飛翔》スキルで何とでもなったんだけどなぁ。でも、まぁ。
『助かった』
助けてくれた礼は言っておかないとな。というわけで、サクサクと降ろしなさい。いつまで抱えているんだよ。
「むふー、ランちゃん、私が先行します。さっきみたいなコトが無いように探求士の私に任せて欲しいですねー」
はいはい。そうだね、そうだね。頼りにしてます、シロネ先生。
では、改めて洞窟の中を探索と行きますか。
―3―
シロネが魔法のランタンを取り出し、灯りをつける。
「むふー、灯りをつけると魔獣に見つかりやすくなりますが、先程のような不意打ちを受けるよりはましですからねー」
シロネが、こちらに熱い視線を送ってくる。何かね、シロネ先生。
「シロネ殿、すまぬ」
シロネの灯りにミカンがお礼を言っていた。あれ、ミカンって夜目が利かなかったんだったか?
ま、まぁ、今更、魔獣に気付かれないよう慎重にって段階でもないし、灯りはあった方がいいよな。
紫の蝙蝠や蛇を打ち払いながら洞窟を進んでいると、その先から明かりが見えてきた。そして奥に進むほど、周囲の温度が上がっていく。熱い、熱いぞ。これ、何かが燃えているのか?
「むふー、もう灯りは要らないみたいですねー」
光に誘われるように歩き続けると、急に開けた場所に出た。
天井がない?
下を見る。
俺は異様な光景に息を飲む。
すり鉢状になった道の先、開けた中心部では紫色に輝く溶岩が吹き出していた。紫の溶岩だと!? ま、まさか火口!?
そして、何よりも異様なのが、その紫色の溶岩の上に橋が渡され、巨大な城がそびえ立っていることだった。
いやいや、この迷宮を作った人間は何を考えているんだよ。溶岩の上に城を建てるとか、馬鹿じゃないのか? 溶岩で城が溶けるだろ。というか、だ、噴火したらどうするんだよ、その上に立っている城なんてさ、一発で、大変、結構なことになるだろ。馬鹿じゃないの? 馬鹿じゃないの?
ま、まぁ、何にしても、あそこが最終目的地って感じか。まだ先は長そうだ。