9-50 名を封じられし霊峰五合目分岐路
―1―
崖に作られた山道を音のする方へと駆けていく。
そして、見えてきた、そこには、レッサードラゴンの群れと戦っている例の冒険者達が居た。おー、追いついたか。って、アレ? 同じ場所なのか? いや、俺はさ、てっきり転送されるエリアって、そのパーティごとにさ、別々になっていると思っていたんだよな。だから、何というか、こう、転送先で鉢合わせする事はないだろうって勝手に思っていたからさ、ちょっとびっくりというか、何というか。
にしても、レッサードラゴンの数が多いな。10や20じゃあ、きかないぞ。大丈夫なのか?
「ほう。いくら、この英雄であるヒイロ様と、その愉快な仲間達が殆どの魔獣を倒して進んだ後を追ってきたとはいえ、追いついてくるとはな。少しはやるということか」
何処かの部族が着ていそうな格好の男は腕を組んだまま、呟いていた。こいつ、この距離なら、聞こえないと思っているな? 俺にはちゃんと聞こえるんだよなぁ。
で、こいつは戦闘に参加しないのか? にしても、道中に魔獣の姿が少ない場所があったのは、こいつらが倒していたからだったのか。確かにな、同じ場所を通っているなら、その可能性もあるのか。
俺たちが戦場へと走っている間も、冒険者達の戦いは続く。数が数だからな、俺らも手伝うべきか。
ヒイロと名乗った偉そうな男は戦いに参加せず、ただ豪快に笑い続けている。そして、その横で狐耳の男がハープを奏で詩を詠っている。
にしても、こいつらのパーティって遠距離攻撃が出来そうなのが、弓を持った長身のおさげ髪の女性しかいないじゃん。レッサードラゴンは空を飛ぶんだぞ、大丈夫か?
レッサードラゴンが上空から燃える紫のブレスを吐き出す。弓を持ったおさげの女性が背面跳びでそれを回避する。そのまま、素早く弓に矢を番え、空中で矢を連射する。は、早い。しかし、そんな勢いでは、すぐに矢が尽きるぞ。
矢が尽きたおさげの女性が空中に手を伸ばす。そして周囲の魔素を集め、矢を精製する。こいつ《矢精製》スキル持ちか。ってことは、上位クラスの弓聖持ちかよ。
おさげの女性は精製した矢を3本とも弓に番え放つ。さらに続けて、矢を精製し、上空へと、その矢を放つ。上空の矢が無数の雨となってレッサードラゴンへと降り注ぐ。
矢の勢いに負け地面に落ちたレッサードラゴンの前に、着流しの男がふらりと駆け寄る。駆けているはずなのに、ふらりとしか表現できない動きだ。そして、両手に刀を持ち、そのまま叩き付ける。二刀流? 侍や将軍ではないのか? となると侍の派生クラス持ちか。
坊主頭の男は吹き付けるブレスの中、ニコニコと微笑み、レッサードラゴンへと歩き続ける。そして、手に持っている重そうな金属の箱をレッサードラゴンの頭に叩き付けていた。ブレス無効? それとも我慢強いだけなのか?
「準備が出来た、下がってくれ!」
長い棒を持ったローブの男が叫ぶ。
「現れ、その眼で敵を射貫け! エイトアイズ!」
ローブの男の言葉に合わせるように、空に、何も無い空間にヒビが入る。そして、そこから陽光が差し込み、何かが現れる。
それは多くの眼球が埋め込まれた球体だった。何だ、何だ? サイズは違うが、フミコンの本体みたいな、そんな異質な存在だな。
球体の眼から光線が放たれる。幾つもの光が、波が、周囲を蹂躙する。
多くのレッサードラゴンたちが光線に撃ち抜かれ、悲鳴を上げ、地に落ちていく。そして、そんなレッサードラゴンたちの背の上を、重そうな水色の金属鎧と長槍を持った女性が飛び跳ね、駆け上がっている。空から飛び交う光線を避け、レッサードラゴンから、レッサードラゴンへと飛び移り、その度に、長槍を振るって、竜を打ち殺していく。何で、あんな重そうな鎧でぴょんぴょん飛び跳ねられるんだよ。ここからでも見えるが、あの水色の騎士鎧の女性、笑っているよな? ニコニコと笑いながら飛び跳ねて、竜を打ち殺しているよな? 無茶苦茶だ。
俺たちが追いついた時には、レッサードラゴンの数は半分まで減っていた。や、やるねぇ。
腕を組んで豪快に笑っているヒイロという男が、視線を戦場へと向けたまま口を開く。
「見ているが良い。最強クラスの冒険者の実力を。まぁ、次元が違いすぎて参考にならないかもしれないがな! がっはっはっは」
で、こいつは何で戦闘に参加しないんだ?
―2―
「むふー、ランちゃん、どうするんですか?」
シロネは冒険者パーティの中にクロアが居る事に気付き、一瞬、息を飲むが、すぐに気持ちを切り替えたのか、俺に確認をとってくる。
そうだなぁ。
『シロネ、要らない短剣でも持っていないだろうか?』
「むふー、ランちゃん、冒険者は必要なものしか持ち歩きませんよ。それでもまぁ、これなら」
シロネから1本の短剣を受け取る。さすがに真銀製じゃないか。でも、割と高そうな短剣だ。
「投擲用の黒金の短剣ですねー」
「おい、お前達、何をするつもりか知らないが、邪魔だけはするなよ。ここはお前達が踏み込んで良い領域ではない」
馬鹿が何かを言っているが、俺は無視する事にした。
『シロネ、では、この短剣を使わせて貰うぞ』
さて、と。
――[クリエイトインゴット]――
黒金の短剣が姿を変え、金属の塊へと戻る。金属性の魔法も俺の足に黄金妃が居るから、ちゃんと発動するな。
「な! むふー、ランちゃん、いきなり、何をするんです!?」
そして、これを、と。
――《苦無精製》――
《忍具精製》スキルで苦無を作る。スキルは無事発動し、金属の塊から3本の投擲用の三角錐が作られる。うむ、周囲の魔素を使うよりも、金属を使った方が良いものが出来るからな。
『シロネ、これが《忍具精製》スキルだ。今回、作成したのは投げナイフのように使う苦無という忍具だ』
「な、な、な、な、むふー、ランちゃん!?」
そして、俺は苦無を自分の小さなまん丸お手々で持ち、そのまま投げ放つ。苦無は、狙い通り、まっすぐに飛び、レッサードラゴンの翼を撃ち抜く。
『シロネ、分かるか?』
「むふー、まっすぐ飛びましたねー」
『そうだ。これが《投術》スキルだ。慣れれば狙ったところに刺さるので面白いぞ』
「むふー、た、確かに弧を描かないのは癖がありそうですねー、ねー」
で、次だな。
もう一度、苦無の一つをまん丸お手々で持つ。
――《パワーストライク》――
そして、強力な力を加え、投げ放つ。轟音を立てて飛んだ苦無はレッサードラゴンの体を撃ち貫き、大きな風穴を開ける。そして、そのまま空の彼方へと消えていった。
「い、今のは?」
驚きからか、シロネの声が震えている。
『戦士の上位クラス、狂戦士のスキル《パワーストライク》で強化したものだ。スキルを組み合わせれば、なかなかに面白いだろう?』
「そ、そんなことが、むふー、そんな事が出来るのはランちゃんくらいですよー!」
そうかな? 俺以外にもサブクラスを持っている冒険者は居るだろうし、スキルの組み合わせは試していると思うんだけどな。例えば、俺の目の前で戦っているこいつら、とかな。その証拠に、俺がスキルを披露しても驚いている様子が無いもんな。偉そうな事を言うだけはあるってコトか。
さて、お次は、と。
――《雷迅》――
レッサードラゴンの塊に赤い雷が落ちる。
『シロネ、見えたか? あれは《忍術》スキルの一つ、《雷迅》だ』
「むふー、風属性ですか」
『そうだ。《忍術》スキルの良いところは、その属性の魔素が無いところでも発動出来るということだ』
「ランちゃん、もう驚きすぎて、いえ、そうですねー、実演してくれてありがとうですかねー」
シロネはよく分からない表情のまま固まっていた。
「主殿、我々も参戦するのですか?」
ミカンは刀に手をかけ、今にも駆け出しそうだ。いや、今のは、ちょっとした試しのお披露目だっただけだからな。
『いや、この者達だけで大丈夫そうだ。邪魔するのは悪いだろう』
俺が想定していた以上の腕前みたいだしな。