9-42 名を封じられし霊峰一合目
―1―
『こちらに敵対する意志はない』
そうそう、まずは会話、会話。文明人は会話からだよな、うむ。
「シェンリュを……」
『聞いても良いだろうか?』
そう、会話、会話だよ。
「話すことはない。僕は仲間を売らない」
いやいや、そうじゃないからな。だから、何で、そうなるんだよ、ホント、面倒だなぁ。もう無視して進むか。
「待て! それ以上進むなら、僕も命を賭して抗わせてもらうことになる。シェンリュすまない……」
『マスター、ごめんですー』
分身体のゴールデンアクスで抑えつけていたドリアードが悲壮な表情を作る。いや、あの、これだと俺がまるで人質を取った悪者みたいじゃないか。いや、そうじゃなくてだな。
ローブの男とのにらみ合いが続く。
えーっと、俺は悪者でも敵でもないからな、とりあえずドリアードは解放しておくか。
『マスタぁぁー』
分身体から解放されたドリアードがローブの男の元へと走っていく。あ、走れるんだ。樹なのに凄いなぁ。
「何故、解放したんだよ」
『敵対する意志はない』
さっきからそう言っているじゃん。
ローブの男は何か迷うように長い棒を地面に叩き付け続ける。そして、そのまま鳥居の前へと歩き、そこに陣取る。えーっと、どういうことだってばよ。
ローブの男とのにらみ合いが続く。
まだ続く。
続く。
えーっと、これ、俺、こうして待っていないと駄目なのか? この冒険者の話しぶりから、仲間との合流を待っているんだよな? そいつらが来て、消えてくれたら俺らも進めるのかなぁ。
「むふー、他に道がないか、少し戻って探索してきますねー」
あ、シロネが逃げた。
「主殿、私も護衛として行ってきます」
あ、ミカンも逃げた。何だかなぁ、俺、この状況で14型と羽猫の3人で仲良く放置か。
俺もさー、こう、待ってあげるとかさ、大人だよなぁ。ま、力で押し通ったら、それはこいつらと同じになっちゃうからな。
ん? って、あれ?
冒険者同士ってさ、争いごと、禁止じゃないのか? 揉め事、NGだった気がするんだけどな。もしかして、上のランクの者は下のランクの者に教育的指導って事で攻撃出来るのか? そういえば、バーン君も初めて会った時、そんなことを言って、攻撃を仕掛けてきたような……。こいつも、それと同じ口かぁ。権力ってやーねー。
暇なので、残像を残して消える14型に一撃加えようゲームをして遊んでいると、鳥居の一つが輝きだした。
そして、金の毛皮を首に巻いた着流しにポニーテイルの男と神官服に坊主頭の男が現れた。おー、ローブのような神官服につるっとした頭だと、どこかのヤバイ筋の方みたいだなぁ。怖い、怖い。
「グエン、これはどうしたことです」
坊主頭が良く響く高い声で喋る。あのナリで、この声かよ……。
「ヒイロが正解だったよ。追いかけてくれ」
着流しのポニーテイル男が胸元から手を出し、顎に添える。
「ずいぶんと余裕がないじゃねえか。どうしたよ、あれか?」
「ああ、他の冒険者だよ」
着流しの男が糸のような目をこちらに向ける。
「ジャイアントクロウラーを操っている神聖国人か?」
「いや、あのジャイアントクロウラー、ああ見えて星獣様だよ。かなりの手練れだ」
「へぇ、そいつは凄い。星獣様は地を守ると聞いてたがよー、何処にも居なかったからなぁ。一手お手合わせ願いたいところだぜ」
着流しの男は胸元から出した手を交差させ、両腰に差している刀に手を乗せる。
「マサムネ、遊んでいる場合じゃない。いいから、行ってくれ。ホーリーホーリー、頼むよ」
『そうだよー、マサムネー、真面目にやれー』
マサムネと呼ばれた着流しの男は片方の目だけ大きく見開き、舌打ちする。
「グエン、テイムした魔獣はちゃんと飼い慣らしておけ。次に、そいつが呼び捨てにしたら、お前の魔獣でも斬るぞ」
「マサムネ、悪い。こいつも、声が届いているとは思わなかったんだよ。許してくれ」
「さあ、マサムネさん、遊んでいる場合じゃないですよ。ヒイロの後を追うのです」
坊主頭と着流しの男はヒイロと呼ばれていた蛮族が消えた鳥居に入っていく。うーむ、どう考えても、あの鳥居が正解ルートなんだろうな。8個ある鳥居のうち、一つが正解って感じか。となると、俺たちのパーティの方が先へ進まないように守っているのか?
うーむ、ここまで来て遠慮する必要もあるのか? シロネとミカンが戻ってきたら強行突破してみるか?
―2―
また鳥居が輝き、そこから水色の騎士鎧に包まれた女性と何処かで見たことのある森人族の女性が現れた。
「ゲルダ、やっとか」
ローブの男が安堵したかのように、大きく息を吐く。
「グエンさん、何度も言ってます、水騎士ゲルダですからね」
水色の騎士鎧の女性が腰を曲げ、指を突き出す。
「いや、ゲルダ、しかし、だよ。何故、この迷宮で有利になる赤騎士の鎧を脱いで、青い鎧なんだよ」
「もう、何度も言っているように、赤騎士は弟に譲ったんですー」
「いや、その、ゲルダ、神国では赤と青は対だってさ。青はいいのか?」
水色の騎士鎧の女性は指を振る。
「弟以外のことだから、そこはいいんです」
また何やら個性的な人が現れたな。これで、こいつらのパーティ全員か?
「ところでグエンさん、あの見るからにヤバそうな魔獣ちゃんは?」
「んんー、他の迷宮で見かけたジャイアントクロウラーの星獣様にそっくりですねー。やはり、複数個体が存在しているのですかねー」
また、それかッ!
って、クロアだよな。シロネの祖母のクロアだよな? お前、パーティを組まない主義じゃなかったのかよ。何で、こいつらと普通にパーティを組んでいるんだ?
『同一個体だ』
俺の天啓を受けたクロアは大きく驚き、それでも頷いていた。
「んんー、ええ、知っていました」
その反応、絶対、気付いていなかったよな? にしても、ちょうどシロネがいない時にクロアが現れるのかよ。
シロネもタイミングが悪いというか、何というか。まぁ、逆に会わない方がいいのかなぁ。