9-39 名を封じられし霊峰一合目
―1―
来た道を戻っていく。やれやれ、俺自身が、日数が限られているから急ぐべきだ、なーんて考えていたのになぁ、とんだ無駄足だったぜ。
『次は魔獣のいない場所を頼む』
「はいはい、むふー、次はそうしますねー」
シロネは大きなため息と共に先行する。お仕事ご苦労様です。
「マスター、検索が完了したのです。マスターの今回の思惑は敵の実力を把握して、今後の迷宮攻略をスムーズに進めようと考えてのことだったのです」
えーっと、お前、真面目に検索していたのかよ。って、そうそう、そうだよ。この迷宮の難易度を測る為に、だな。
「と言っておけば、マスターは、その通りだと追従するはずなのです」
14型が優雅なお辞儀をする。あ、あぶねぇ、こいつ罠を張りやがった。ホント、こいつは……。
「なるほど」
何故かミカンが腕を組み頷いていた。あ、あのー。ま、いっか。
森を進んでいく。お?
『シロネ、あの木、何か文字が彫られているように見えるが』
木陰に隠れていたシロネがこちらを振り返り、口元に指を添える。
「し、ですよー。むふー、周囲の魔獣に気付かれてしまいますよ」
あ、すいません。って、俺のは天啓だから、音を発しないぜ! 周囲に気付かれるかよッ!
『いや、音を発していないと思うのだが』
「むふー、あれは祝詞ですねー」
シロネは俺の天啓を無視する。お、お前、わざとか、わざとやっているのか。で、祝詞? 祝詞って何だよ。しかも、俺の異能言語理解スキルでも読み取れないって、本当に言葉なのか?
『祝詞?』
「神の言葉と聞いていますねー。むふー、こちらが正しい道順という目印かもしれません」
あ、そう。シロネでも言葉として読めるわけじゃないのか。まぁ、この世界って、神が本当にいるぽいからなぁ。まぁ、この祝詞ってのも、よーく見れば達筆な字で祝いって漢字に見えなくも――うん? この世界で漢字? いかん、そうだと思い始めたら、そうとしか見えなくなってきたぞ。
うーむ、漢字……。
―2―
さらに道を進み続けると森が開けた。
「むふー、麓に到着ですねー」
あ、そうなんだ。
ゴツゴツとした岩肌、まばらな木々、そして、こちらの進む先を限定させるかのような道として整えられた石畳……。
石畳の手前では赤い炎がチロチロとくすぶっていた。あれ? ここの炎は赤いんだ。って、もしかして、これが迷宮の入り口を塞ぐ炎か。えーっと、真面目にここが八大迷宮『名を封じられし霊峰』の入り口なのか。にしても、こんな感じなんだな。俺はてっきり雨期だけ入れるって聞いていたから、雨で炎が消えるとか、そんなイメージを持っていたけどさ、これだとさ、周期が合っているとか、そんな感じだよな。うーむ。
俺が当初考えていた、火属性吸収や消火してって方法は無理なのかもしれないなぁ。
山の麓に作られた石畳の道を進み続けると大きな広場に出た。
広場の入り口にはいつもの台座、そして、その奥に8色の鳥居が立っていた。鳥居の先は霧がかかったようにぼやけている。これがトリイ……って、本当に鳥居じゃん。
「むふー、ランちゃん、先客がいるようですねー」
シロネの言葉通り、その広場の片隅に大きなテントが作られていた。その横からは人がいるという証とでも言わんばかりに煙が立ち上っている。
『挨拶しておくべきか』
「むふー、そうですねー。あちらも冒険者でしょうから、揉めないように挨拶はしておくべきですねー」
と、その前に。台座に登録だけはしておかないとな。
俺が台座に触れると二つの画像が浮かび上がった。これで、良しっと。ん? これで雨期以外でも中に入れるんじゃないか? そうだよな? もう雨期とか気にする必要が無いよな。
って、あれ?
何で他の冒険者はそうしないんだ? こうすれば、雨期を待つ必要が無いよな? 何でだ?
他の冒険者は台座の存在を知らない? 使い方を知らない? いやいや、それはあり得ないだろ、だってさ、『名も無き王の墳墓』では使ってたじゃないか。どういうことだ? うーむ、謎だ。
ま、まぁ、順調に登録出来たんだから、次は、向こうで野営している冒険者に挨拶をしてくるか。まぁ、俺はAランク冒険者様だからな。上位冒険者として清く正しく礼儀を持って挨拶をしないとな!
俺たちが、ちょっとした宿泊施設みたいな大きさのテントへと近付くと、その影から女性の形をした樹が現れた。へ? 木彫りの人形? いや、樹自体が女性の形に成長した? 何だ? 新種の魔獣か?
『マスター、向こうから変なのが、くるですよー、多分、敵ですよー、魔獣ですよー』
な、この頭に響くのは念話か?
まずは鑑定だ。
【名前:シェンリュ】
【種族:ドリアード】
ドリアード? 『名も無き王の墳墓』の9階層で戦った魔獣か? それが何で、ここに、いや、さっきの念話、それに名前がある――まさか星獣か?
『まさか、星獣様?』
えーっと、様付けしないと通じないんだよな? なんだか、様付けで呼ぶのって照れるなぁ。
「むふー、ランちゃん。あれを何処からどう見たら星獣様に見えるんですかねー。自身が星獣様だから、冗談を言っているんですかねー」
へ? いや、でもさ、念話を使って話しかけてくるのが星獣なんじゃないか? 違うのか?
「あれは、あそこで野営している冒険者がテイムした魔獣だろうか」
ミカンが腰の刀に手をかける。いやいや、何故に臨戦態勢?
「むふー、でしょうねー。テイムした魔獣を仕掛けてくるとは敵意有りですかねー」
えーっと、そういうことなの?
2020年12月13日誤字修正
火属性吸収や消化して → 火属性吸収や消火して